森に隠された湖
俺たちは、あの後リーゼ達と別れると、宿へと戻っていく。その後は、特に何をするでもなく俺は、コンのブラッシングをしっかりと念入りにおこなうと眠りに就いたのだ。
リーゼへの依頼の要請とニーナちゃんと出会った日も過ぎ去り、俺とコンの異世界生活は、六日目を迎えた。
俺たちは、朝目覚めると、朝食もそこそこに昨日リーゼと待ち合わせをした場所へと向かっていく。
「確か街の出口近くにある噴水の前って言ってたっけ」
「こゃ……」
「ん? コン、起きたのか?」
コンの声が聞こえてきた気がした俺は、肩の上にいるはずのコンの方を向く。コンは、俺が宿を出たときと変わらず、器用にも肩の上ですやすやと眠っている。おそらく、さっきの声は、俺の言葉に反応したものではなく、寝言のようなものだったのだろう。
俺は、コンを起こさないようにゆっくりと歩みを進めていったのだ。
俺たちが、待ち合わせの場所へと辿り着くとそこにはまだリーゼたちの姿はなかった。どうやら、少しばかり早く着いてしまったようだ。俺は噴水の外壁にもたれかかるようにして、リーゼを待つ。
「ユーゴさーん!」
リーゼの声が聞こえてきた方へと振り向くと、こちらに向かって走ってきているリーゼの姿が見える。その横には、スラちゃんがぴょんぴょんと跳ねながらリーゼについていっている姿が見えたのだ。
「はぁはぁ、ユーゴさんすみません。お待たせしました」
「俺もさっき来たところだから大丈夫だよ」
リーゼは、俺の言葉を聞いて少しホッとしたようで、息を整えながらも徐々に笑顔が戻ってきたのだ。
「それでは、ユーゴさん。さっそく、一つ目の素材を集めに行きましょう!」
「よし、リーゼ行こうか! コン、外に出るからそろそろ起きてくれよ」
「……こゃ? こゃーん」
俺の言葉で目を覚ましたコンは、まだ眠たいのか小さなあくびをしている。そんなコンの頭を俺は優しく撫でていく。コンは、とても気持ちよさそうな顔を浮かべている。
「こゃ!」
どうやらコンの目は、完全に覚めたようで、元気いっぱいに俺の肩を飛び出して街の外へと走っていったのだ。俺たちも急いでコンの後を追いかけて町の外へと出ていく。
「リーゼ! そういえば、どこまで素材を集めに行くんだ?」
「はい。最初は、街の近くにある森の中の湖で一つ目の素材を集めに行こうと思います」
どうやら俺とコンが二回ほど依頼で訪れた森に向かうようだ。今回の依頼でもあの森に行くことになるとは、もしかしたら何かしらの縁があるのかもしれない。
「それにしても、あそこの森って湖があったんだね」
「そうなんですよ。多分ほとんどの方は知らないんじゃないかと思います。神聖な場所ですからね。そんな場所ですので、ユーゴさん、私から離れないようについてきてくださいね」
「わかったよ」
俺は、一度コンを呼び戻して俺の頭の上に乗せると、リーゼと共に森の中へと入っていったのだ。
リーゼ先導のもと、俺は森の中を進んでいく。道順はかなり複雑になっていて、一回ではとても覚えられそうにない。正直、リーゼがいなければ、すぐに迷ってしまうだろう。途中で好奇心からか、飛び出していきそうになったコンを必死で止めたのは、正解だったかもしれない。
「ユーゴさん。もうすぐで目的の湖へと着くのですが、少しお願いがあります」
リーゼは、一度足を止めると、後ろにいる俺のほうへと振り返り、まっすぐに俺の目を見つめてくる。
「うん。なにかな?」
「実は、これから行く場所を見たことは、誰にも言わないでほしいのです。それと、その場所にあるもの……依頼に必要な素材以外は、持ち帰らないでほしいのです」
リーゼは、どこか不安そうな顔で、俺の答えを待っている。そんなリーゼに対する俺の答えは、ただ一つしかないだろう。
「わかったよ。誰にも言わないし、必要な素材以外は、持ち帰らないよ」
俺は、リーゼにそう微笑みかけたのだ。
俺の答えを聞いたリーゼは、驚いたような表情を浮かべている。
「ユーゴさん。その理由はお聞きにならないのですか?」
「気にならないわけじゃないけど、リーゼがそうするなということは、きっと大事な場所だろうからね。もし、ほかにも何かあれば、教えてくれたら、その通りにするよ」
「ユーゴさん……。ありがとうございます!」
リーゼは、満面の笑みを浮かべたのだ。
「ユーゴさん、一度そこで止まってください」
引き続き森の中を彼女に続いて歩いていると、突然ストップをかけられる。俺は、その場で足を止めると、すぐ隣にリーゼがやってきて、俺の右手をやさしく取ってきたのだ。
「ユーゴさん。目的の湖は目前なのですが、私に触れていないと入れませんので、お手をお借りしますね。コンちゃんもユーゴさんにしっかりつかまっててくださいね。それでは、行きます!」
リーゼは、合図を出すとゆっくりと足を前に出していく。俺もそんなリーゼに合わせる形で前へと足を出す。俺とリーゼが足を合わせて一歩、二歩、三歩と進むと周りの風景が、一気に変わったのだ。先ほどまでは、高い木々があちらこちらに生い茂っていたのが、周りには足元ほどまでしかない綺麗で様々な花々が咲き誇る花畑と大きな湖が広がっていたのだ。
「すごい……!」
「こゃあ!」
俺は、その風景に思わず言葉がもれる。先ほどの一瞬にして変わったこともそうだが、目の前にある景色に感動したのだ。それは、どうやらコンも一緒だったようで、目をキラキラとさせながら周りを見渡している。気が付いたら飛び出していきそうだ。
「ふふっ。ユーゴさん、ここすごくきれいですよね! 今は、出てきていませんけど、実はコンちゃんのようなもふもふさんたちがたくさんいるんですよ!」
「えっ? そうなのか。それはぜひ見てみたいなぁ」
「きっと、後でいっぱい見れますよ。ですので、ユーゴさん、先に湖のほうまで行きましょ」
「あっ、そうだったね。ごめん。それじゃ行こうか!」
リーゼは、ニコニコと微笑みながら、ゆっくりと湖に向けて歩いていく。なんだかとても楽しそうだ。俺もリーゼの横に並びながら湖へと足を進める。
俺たちが湖までたどり着くと、リーゼは俺とつないでいた手を離すと、鞄の中を何やら探し始めた。目的のものはすぐに見つかったようで、リーゼは何かを取り出すと、それを湖の中へと投げ入れたのだ。その直後、水面上にいくつも泡がブクブクと出始めたかと思うと、そこから淡い青色の身体をした何かがゆっくりと出てきたのであった。




