エピローグ
生命の泉。それは地下第七層の奥に存在した。
ロイとアリーナ、そしてエクスはその水を献上し、それを飲んだ王、そして后の病はたちどころに全快したのだった。
「これにて謁見は終わりじゃ」
と、王が口にするなり、控えていたアリーナがやおら立ち上がっては、弾かれたように動いた近衛騎士を始めとし、王や后、そして皆の注目を集めた。
「王様、お后様!」
「どうした、多少の無礼は許そう、そなたたちも武器を下ろせ」
「いえ、おとうさん、おかあさん! あたいは、あたいの本当の名はイーリス=レギーレ=オリーヴィア=ガストルン、この街の下町で乳母、アンナ=ポルトの手で育てられました! これがその証拠です!」
アリーナが見せたのは自分の首に提げた豪華なネックレスを外して近衛騎士に渡す。それは王家の紋章が刻まれた、ブルーサファイアとミスリル銀のネックレスだった。
ネックレスが王と、后の手に渡ると、二人は絶句した。
「まさか、まさか! いや、すまない我が娘よ……! おお、イーリス、おお、イーリス!! 迷信に踊らされた愚昧なる父を許してくれるか!?」
「イーリスや、良くぞ生きててくれて……! この愚かな母を許してくれて!?」
父王と母后は泣き崩れ、アリーナはただ、
「お父さん、お母さん、そう呼んでもいいですか? もしその願いが叶うなら、あたいはどんな褒美もいりません!」
と、こぼれる涙もそのままに訴えた。
親娘の抱擁。それは十五年ぶり、いや、アリーナが生まれて初めて抱きしめてもらった父母の温もりだったのである。
◇
「こちらです」
ロイは今までのアリーナとは見違えるような白のドレスを着こなしたアリーナとともに、侍女に案内されてソフィア姫の寝所に入る。
「お姉ちゃん……氷が解けたいまでも眠ったまま目を覚まさないの」
「ソフィア姫、ガストルンの黒百合」
「ねえロイ、眠り姫に一番効果がある薬って知ってる?」
と、いたずらっ子のようにアリーナ。
「いや、俺は知らない」
「それはね」と、アリーナはつま先立ってロイの唇を奪う。
「……愛する王子様のキス。覚えておいて?」アリーナはロイの耳元で囁くと、
「ん……」もう一度唇を奪った。
ロイがソフィアの冷え切った唇を奪う。
すると──。
「──騎士ロイ。ああ、これが夢なら覚めませんように──」
ソフィアは目覚めた。
その唇はもう、温かい。
◇
ロイは陽光溢れる宮城の露台で、見知った顔を見つけて胸をなでおろす。
「よう、伯爵閣下」
「止めてください、エクスさん」途端ににロイの顔が曲がった。
「結婚式は謹んで辞退させてもらうぜ? それくらい良いよな?」
「そんなこと言わないで下さい、俺の周りは王侯貴族ばかりで、話が合う人はエクスさん、いえ、エクス子爵くらいしかいないんですから!」
「その子爵っていうのはずしたら考えてやる」エクスは口の端を吊り上げて笑い、
「わかりました、エクスさん」ロイも承諾した。
「ははは。とは言え、駆け抜けたな、俺たち」
「はい。風のようでした」
「そうだな、風か。風の日はオーロラ、見えるかな?」
「必ず見えます、エクスさんが信じてさえいれば、そして、お酒を持っていけば、必ずガラムズさんが引き合わせてくれます」
「当たり前だ、当然のことを言うな、小僧」
「言いましたね、エクスさん!?」
「なにおう!? 久しぶりにやるか。殴り合いの喧嘩でも」
「いいですね、結婚式の余興にして構いませんか?」
「いいぜ? そういうことなら顔、出してやるよ」
「負けませんからね?」
「あ? 俺が勝つに決まってんだろ!?」
楽士の唄が竪琴の調べに乗って流れてくる。勇ましい旋律とともにそれは聞こえてきた。
「ここに唄いますのは勇者ロイの勲しにして、魔王討滅の物語。さぁ、老いも若きもお聞き召しませ、
ここに勇者、現れ出でたり。だが勇者、その力、未だ眠りたもう。
勇者は募る、共に行く仲間を募る。
一人は慧眼の賢者、賢者は勇者の力を見抜きたる。
一人は賢者の無二の恋人、魔導士は勇者の愛を見抜きたる。
一人は戦の神の神官戦士、戦の神の司祭は勇者の印を見抜きたる。
一人は森の者、勇者に命拾われし彼女は勇者の心を見抜きたる。
かくて五人は迷宮に挑む。其は大迷宮、魔王アスタリーゼの手になる魔宮なり。
五人は行かん、死地へと赴かん。
今こそ行かん、五人で死地へと赴かん
今こそ勇者、ガストルンの魔宮へと赴かん
拙き唄にて、お耳汚し」
後の世に、ガストルンの騎士、勇者ロイの勲しで広く知られることになる唄である。
END




