表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/20

予兆

 ジョシュアがギラガサギの羽を整えていると、つまらなさそうにエンプライが言った。

「使い魔は連中には効かないって言っただろ」

 確かにそうだが、ジョシュアにとってギラガサギは特別だった。

「それはそれ、これはこれ、ですよ」

 目的のためには不要なことかもしれないが、しかしひとつの目標を追うだけでは人生に潤いがなくなってしまう。それはとてもつまらないことだ。

「そんなものか……」

 あまり関心はなさそうだったが、つまらないのでジョシュアは会話を掘り下げてみることにした。

「師匠はどうだったんですか? 最初の使い魔と契約した時。はしゃいだりしなかったんですか?」

 誰だって最初は初めてだ。特別な思い入れだってあるだろう。

「最初の使い魔なぁ……まあ、そうだな……」

 彼女は言いかけてから、いやと取り消した。

「私は昔から天才だったからな。使い魔一匹程度ではしゃいだりはしなかったな」

 確かに彼女がはしゃいでいる姿と言うのはなかなか想像できないのだが。

「またすぐそうやって誤魔化す……」

 ジョシュアが言うと、不意にエンプライは額に汗を浮かべ眉をピクリと震わす。果たして焦る要素が今の会話の中に存在していただろうか。もしかすると、図星でも突いてしまったのかもしれない。実は最初の使い魔でおおはしゃぎしていたのを、ジョシュアに見抜かれたのかと誤解したとか。

 少しは人間らしいところもあるのだな、とジョシュアは勝手に納得した。

「今なにか失礼なことを考えていなかったか……?」

 今度はジョシュアがビクリと肩を動かす。彼女に読心魔法は扱えなかったはずだ。小さく息を吐き、適当に誤魔化す。

「やだなーそんなこと考えるわけないじゃないですかー」

「ならいいんだが」

 他人に無頓着なように見えて、時々妙に鋭いところがある。

 心のなかで安堵の息を吐いていると、エンプライは眉をひそめて腕を組む。

「しかしな、私の弟子がその程度の使い魔で満足してると思われるのは癪だな」

 そう言ったエンプライは魔法道具入れをガサゴソと漁る。相当奥にしまっていたらしく最終的には中身をひっくり返していた。

「あったあった。これだ」

 そう言って渡されたのはなにやら高級そうなレザーの首輪だ。よく見ると装飾が使役の首輪に似ているが色が違う。これは黒だ。

「最上級の使役の首輪だ。ヒノワグマの血で染めたアルビノナーガの革とコダイザメの鱗で削ったランシカースの骨で作られている」

 聞きなれない単語の連続だったが、気になった点はひとつだった。

「最上級? そんなのあったんですか」

「魔物使いなら常識だぞ……まあ教えてないから知らないのは許してやる」

 怒っているというよりは呆れているような表情。確かに自分は今まで魔物使いについて自分から学ぼうと思ったことはなかった。もっとも、もう魔物使いを目指しているわけではないので今から勉強しても仕方がないのだが。

 まあ、不勉強なのは反省すべき点だろう。

「これを使えば今のお前でもダースワイバーンぐらいなら使役できる。純粋な魔族まで行くとまだまだ厳しいだろうがな」

 ダースワイバーンと言えば、群れでかかれば一国すら攻め落とせるとまで言われる魔物だ。それだけ強力な首輪でも使役できない魔族の恐ろしさが窺える。

「これで僕は何を使役すればいいんでしょう?」

 言ってから、自分でもまずいと思った。エンプライに依存しすぎている。それは当然彼女も気づいたようで、窘めるようにこう言った。

「それは自分で決めろ。まあなんだ、やるならどこまでも上を目指せということだ。私の弟子で居たいならな」

「……わかりました!」

 ようやく自覚したのだが、今までは彼女の指示を待ってばかりだった。確かに彼女の教えを乞い続けていればそれなりに優秀な魔道士になれるだろう。しかしそれだけでは駄目だ。

 先日の一連の出来事を経て、ジョシュアの中ではある確信が産まれていた。

 なにをしたいのか、それは自分で決めるべきだ。

 わからないことを教えてもらうことは大事だが、誰かにすべてを教えてもらってもそれは劣化コピーにしかならない。

 自分は一体何者になりたいのか。

 エンプライの劣化コピーになりたいのか?

 それは違う。

 優秀な魔法使いになって、ギガンテスサキバスを倒して、それで――

 ……それから先のことは、まだ決まっていないけれど。

「……ありがとうございます」

 いろいろな意味を込めてジョシュアが礼を告げると、彼女は一歩退いて言った。

「なんだ。妙に謙虚だな」

 気味の悪いものでも見たかのようなエンプライに、ジョシュアは内心でほくそ笑む。

 師匠、あなたの知らない間に、弟子はひとつ成長しているんですよ。

 いつか絶対に、あなたを越えてみせます。

 いつか、必ず。



 それからしばらくしたある日のこと。

 馬車の掃除をしていると、あることに気づいた。

 屋根の上にポツリと立っている煙突部分――実際に煙は出ないただの装飾である――に、見覚えのある首輪が巻き付いているのだ。

 これは……使役の首輪だろうか?

 かなりの時が経っているらしくボロボロなうえにデザインも若干違うので確証は持てない。しかし使役の首輪にもデザイン違いがあるらしいことは先日知ったばかりのこと。これも違うランクの使役の首輪だろう。

 しかしなぜこんなところにこんなものが?

 エンプライに訊ねようかとも思ったが、結局屋根から足を滑らせて落下した衝撃で忘れてしまうのだった。

用語解説:使役の首輪

使い魔の使役に使われる魔法道具。

一本一本が職人の手作りで精製されており、素材や職人の腕によって性能が大きく左右される。

……というのが一昔前の話。

最近は工場(動力は蒸気機関)で大量生産されたものが多く流通しており、職人製のものは一部の高級品に限定されている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ