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姫さま、狩りをする

 雪の降り積もる森の中に犬の鳴き声がこだまします。犬たちが駆けて行き、獲物を追い詰めて行きました。


 そして一発の銃声が轟きます。その銃声と共に放たれた銃弾は犬に追い立てられた鹿に当たり、雪の白い地面に生彩な赤い色を撒き散らしました。


「ロニー、もう一匹は左だ!」


「はい! 分かりました、アランさん!」


 ロニーが返事を終えた瞬間には彼の方角にもう一匹、追い立てられた鹿が現れます。鹿はこちらの姿に驚いたのか一瞬固まってそのつぶらな瞳で見ていました。しかしロニーはその姿に惑わされること無く、その瞬間を逃すこと無く発砲。見事その鹿を撃ち抜きました。


「終わりました、アランさん」


 ロニーが手に持った猟銃のボルトハンドルを引いて次弾の準備をしながら言います。


(……これが狩猟なのね。貴族のスポーツなんて聞いていたけど……やっぱり野蛮ね)


 そんなロニーの傍らでこの狩りの様子を見ていたパティがそう思いました。パティは今まで狩猟を見たことがありません。彼女に話しかけてくる貴族の男性たちは皆スポーツとして狩りを楽しみ、そこで取った獲物の自慢をしてきた事を思い出します。パティとしてはあまり興味のそそらない話であり、そしてその行為はとても野蛮なものだと認識していました。


(ロニーは平気なのね……)


 仕留めた鹿に何の怯みもなく近づいていくロニーの背がどこか違って見えました。家でパティを撫でようとしては吠えられて困った笑みを浮かべていた彼と、今の彼が同一人物だという事にパティは若干ながら驚きを隠せません。


 パティは鹿の哀れな姿とその場に充満する血の匂いにそれ以上近づけません。しばらく何やら作業をしているロニーから離れた所でその姿を見ていました。


『なぁなぁパティ! 今のオレの動き見ていたカ!』


 するとトビーが走り寄って来ました。どこか自慢するようにしており、しっぽを千切れんばかりに振っています。


『ええ、見ていたわ。他の犬より若干動きがのろまだったわね』


『うそダ!? オレすごく頑張っていたゾー!』


 パティの言葉にしっぽをだらんと落としてトビーが落ち込みます。


『む~パティは狩りをしたことないから、オレの動きの凄さが分からないだけなんダ!』


 そう言ってトビーは仲間の元に走り去って行きました。


(まったく何なのよあの犬は……)


 暇だからついてきましたが、狩りの残酷さと犬の相手をするならば家に居たほうがマシだったとパティは思い始めています。


「……パティ? どうしたの?」


 そんなパティを見て心配したようにロニーが話しかけます。ですがパティは少し機嫌が悪い様でそっぽを向きました。


「ロニー、行くぞ」


「あ、はい! パティ行くよ?」


 ロニーに促されてパティは仕方なく足を動かしました。



「……やっぱりそいつは猟犬には向かんな」


「どうしてですか、アランさん?」


「獲物に興味を示してない。死体の鹿に怖がっている。これが赤ん坊ならまだなんとかなったがな……いや、それ以前にこいつはオオカミなのにコレなら今までどうしていたんだ?」


 次の場所までの移動中にアランとロニーがそんな会話をしています。そしてアランがロニーの後ろを歩くパティを見ながら言いました。


「こいつ狩りが出来ないから群れから追い出されたのだろう。そして一匹オオカミになったが狩りが出来なくてお前に拾われたと、そんなところか」


 アランがパティを見てそう推測したようですが……


(……残念ながら違うわ。わたしは人間よ、アラン)


 オオカミにされてしまった人間などと誰が気づきましょうか?


「なるほど。だから僕の元を離れないのか……」


 ロニーがアランの言葉に納得したように頷きます。でもどこかまだ全てを納得しているようではありません。


「どっちにしろこいつに狩りは無理だ。新米のトビーにすら出来ることをこいつはきっと出来ない」


 そうアランがはっきりと言いました。すると――


(トビーに出来てわたしに出来ないですって?)


 トビーに出来てパティにはできない。そう言われたのが癪に障ったのか、パティがわなわなと体を震えさせながら思います。


(犬が出来ることを人間であるわたしができないわけないじゃない!!)


 そう、パティは人間なのです。人間は犬よりも優れている存在です。そして彼女は人間の中でも上に立つ選ばれた存在でした。それなのに犬のトビーよりも下に見られている事に彼女のプライドが許せる訳がありません。


(いいわよ! やってやろうじゃない! 猟犬を! 見てなさいよ……わたしがトビーより上だってはっきりさせてやるわ!)


「パ、パティ? どうしたの?」


 毛を逆立たせてうなり声を上げながら怒りに震えるパティの様子に、ロニーが驚いていました。










『なぁオマエ、なんでここに居るんダ?』


 雪を被った木々が立ち並び、白い地面を進む度にズボリズボリと足を雪に取られます。そんな場所で次の獲物を探しているトビーの隣には先ほど居なかったパティが居ました。


『パティ、オマエも狩りするのカ?』


『ええ、もちろんよ』


『でもパティは狩りをしたことないんだロ?』


『そうよ。でもあなたに出来てわたしに出来ないことはないわ!』


 そう言ってパティはどこか胸を張りつつ言います。トビーは本当かな? と首を傾げていました。


『まぁいいヤ。パティ、さっきも言ったけどオレの父ちゃんや先輩達が今先行していル。匂いが薄いけど近くに獲物がいるのが分かるよナ?』


『……ええ。なんだが獣臭いわね』


 パティが鼻を上に向けてクンクンと匂いをかぎます。風に乗って積雪の匂いに混じってどこかから生き物の匂いがしました。


『シカの匂いだよ。もしかしてシカだって分からなかったのカ?』


『な、なわけないじゃない! 鹿よ! これは鹿の匂いね!』


『……まぁとにかく、もうすぐこっちに獲物がやってくル。こっちに来たらオレたちも獲物を追いたててるんダ。そしてご主人様の所まで連れて行く、分かったナ?』


『言われなくても分かってるわよ!』


 そうした所で先ほどから聞こえていた犬の鳴き声が徐々に大きくなってきます。それと同時に何かが雪の上をかける音も。


『見えタ! オレたちも行くゾ!』


 トビーが走りだすとそれに続いてパティも走り出しました。


 追いたてられてやってきたのは立派な角を持った一匹のオス鹿でした。パティよりも大きく、力強い走りを見せており、追いつくのがやっとの所です。なんとか犬たちは連携を取りながらその鹿をアラン達の方角に追いたてようとし、あと少しの所まで来ました。


『あ、ヤベー!』


 しかしその鹿は方向転換を急にし犬の包囲網を突破してしまいました。丁度トビーの所を。


『まったく! 何をやっているのよ!』


 このままでは逃げてしまうでしょう。そう思ったパティはあらん限りの走りを見せてその鹿の前に出ることができました。


「グルルルル!!」


『逃がさないわよ!!』


 うなり声を上げて全身で威嚇し、鹿を逃さぬように立ちふさがります。自分よりも大きな体を持つ鹿と対面する恐怖もあったでしょう。ですが今のパティは相手が熊であっても、立ちふさがりそうな気迫があります。その気迫に押されたのか、鹿が後ずさりして別の方角に進みます。しかしそちらの方角は――


 パンッという乾いた発砲音が辺りに響きました。その音と共に鹿が倒れていく姿。


(終わったのかしら?)


 鹿に近づきましたが、血を流しながら痙攣する姿を見てパティは目をそらしました。そうしているとその場に続々と他の者達が集まってきます。


『パティ! オマエ凄いな! あんな早く動けるなんテ!』


 一番にやってきたのはトビーでした。先ほどのパティの俊敏な動きを見て興奮したのか、その場でぴょんぴょん跳ねながら彼女を褒めます。


『あら、あれくらいわたしには当たり前よ。それよりもトビー! あなたはもう少し早く動けないの? 鹿が逃げたのはあなたのせいよ!』


『ウウ……それはごめんだヨ……』


 トビーはそう言われて落ち込んだのかしっぽも頭も下がります。トビーとやり取りしているとアランとロニーがやって来ました。


「パティ! 見ていたよ! すごいよ君は!」


 ロニーはパティを見つけるなり満面の笑みで走り寄って来ました。そして彼女が逃げる前に捕まえるとこれでもかと言うくらいに撫で回します。


「よくやった! パティ!」


(ちょっと止めなさい! いい加減に放しなさい! この無礼者おおおおお!)


 結局ロニーが放すまでパティは撫で回されました。


「ねぇアランさん。パティは猟犬に向いてますよね?」


 ぐったりとしたパティを放した後、ロニーはアランの前に向き直ります。パティも耳は立ててその会話を聞いていました。


「……まだ分からん。だがまぁ……狩りは出来ないという訳ではなさそうだな」


(そうよ! だからトビーよりも上よ! これでわたしの凄さが分かったかしらアラン!)


 アランの言葉にパティは地面に伏せながらも、嬉しそうにしっぽを振ります。


『なんかよく分かんないけド、パティ褒められたんだな! オレもご主人様に褒められるように頑張らないト!』


 トビーは落ち込んでいたのも束の間、すぐに元気を取り戻すとそう吠えていました。






 狩りが終わった後、アランの家で夕飯をご馳走になる事になりました。その家に行く前に今日の収穫をである肉を村の人々に配ります。その肉の代わりに村人たちからはチーズや卵などを頂いているようです。ちなみに村人たちはパティを見て少し驚きましたが、ロニーが飼っていると聞いて安心したのか、とても友好的に接してくれました。


 小さな家がぽつりぽつりと立つ小さな村の背景を見つつ進んでいくと、一軒の家に付きました。この村では良く見る木でできたログハウスです。ロニーの家もこれと同じような感じでした。


「今日は良くやった。たくさん食べろよ」


 その家の庭先で、アランは犬たちに餌を与えました。その餌の分はもちろんパティにもありましたが彼女は食べません。


『パティ? 食べないのカ?』


『……食べたいけどこのままじゃ食べれないのよ』


 目の前に置かれたのは生肉です。今日の狩りで取れた鹿肉でしょう。ですがパティは今だ生肉を食べていないので、食べられません。


「あ、アランさんすみません。パティは焼かれた肉しか食べれないみたいで……」


「なんだそれは? 変わってるな」


 アランは生肉食べようとしないパティを不思議そうに見た後、生肉を焼きに家へと入って行きました。




 パティ達の食事が終わった後は人間たちの食事が始まりました。アランの家でロニーはアランとその家族である奥さんと一緒に食事を取っていました。


(……ああいいなぁ。わたしも久しぶりに人間の食事がしたいわ)


 そんな彼らをパティは遠巻きに見ていました。パティも家の中に居り、暖炉の前に陣取っています。


「パティちゃんもふもふ! もふもふー!」


 その横で一足先に食事を終えたアランの娘に撫で回されながら。


(ええい! 煩わしいお子様ね! いい加減にしないと噛むわよ!)


「もふもふー! 綺麗! パティちゃん可愛くてすごく綺麗!!」


(……仕方ないわね。もうちょっとだけよ?)


 一瞬だけ牙をむき出しにしかけたパティでしたが、それもすぐに収めてされるがままになりました。ちょろいオオカミさんです。


「……パティちゃん?」


 テーブルで食事をしていたロニーが少女の声に暖炉の前を向きました。


「そういえばパティって性別どっちだったかなぁ……?」


(えっまさかロニー、あなたわたしの性別知らなかったの!?)


 ロニーが考えこむ仕草をして、パティが慌ててロニーを見ます。


「女の子? でも昼間はすごく動いていたし……男の子かな?」


「メスだ。てっきり知っているとばかり思っていたぞ?」


 アランが疑いもなく言います。どうやらアランは分かっていたようです。


「あ、そうですか。そっか女の子か……」


 ふむふむと言った風にロニーはパティを見つめました。


「……それにしても不思議なオオカミだな」


 アランが酒の入った木のジョッキをあおった後、同じくパティの方を見ながら言います。


「狩りはできるかと思えば焼いた肉しか食わねえ……野生じゃまず暮らしていけない。こいつはどこかで飼われていたんじゃないか? これだけ人間に慣れきっているしな」


 アランが確信を得たようにいいました。その言葉にロニーも頷きます。


「やっぱりアランさんもそう思いますか。これだけ綺麗なオオカミですし……きっとどこかの貴族にでも飼われていたんでしょう」


「だろうな。こいつを探してるかもしれないから、明日警察の所に行って聞いてこい」


「……そうですね」


 そうして二人はまた雑談に興じていきます。ですがどこかロニー浮かない顔でした……。








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