姫さま、怒られる
「パティ、ありがとうね」
ロニーが仕留めたカモを咥えて持ってきたパティを労いました。
(ふん! わたしが直々持ってきてあげたからもっと褒めなさいよ! いやそれよりも……)
「分かった分かった――はい、お疲れ様」
吠えてせがむパティにロニーは何かを投げました。それはジャーキーでした。
(これよこれ!)
それを宙で見事に口で取ったパティは美味しそうに食べます。そしてぺろりとすぐに食べきりました。
(どうせならもっと欲しいのに……)
パティがく~んと鳴いて物欲しそうにロニーを見上げますが……
「ダメだよ。次の時にあげるから」
ロニーは若干渡そうか迷った様子ですが結局くれませんでした。
(ロニーのいじわる! もう! 仕方ないわね……次の獲物はどこかしら)
パティは辺りの匂いを嗅ぎながら新たな獲物を探しに走り出します。もちろんジャーキーの為に。
パティは今ロニーと共に狩りをしています。パティは猟犬の仕事を立派にこなしていました。それでいいのでしょうか、お姫様と聞きたいくらいにです。
そして今日の狩りは早めに切り上げる事になりました。というのも一日に狩っていい獲物の上限に達したのです。まだ日の高い内に、パティとロニーは今日の成果を持って家に帰りました。
お昼ご飯を食べ、暖炉の前でパティはお昼寝をしています。その傍らではロニーがロッキンチェアに乗り、読書をしています。お昼下がりののどかな時間が流れて――いるはずでした。
「ロニー! 居るかー!」
扉を叩く音と共に男の声が聞こえてきます。その音によってパティは眠りを妨げられ、不機嫌気味に扉を見ました。先ほど聞こえてきた男の声は聞き覚えがありません。一体誰がパティの眠りを妨げたのでしょうか?
「オーリスじゃないか。久しぶりだね」
扉を開けるなり、現れた男性にロニーは親しく話しかけました。家に入ってきたのはロニーと同じ年くらいの青年です。ですが着ている服は庶民のそれではなく、貴族の服のようでシルクハットがよく似合います。杖を持ちさながら都会の紳士の雰囲気が出ており、この小さな村ではまず見かけません。
「元気にしていたか、ロニー。相変わらず君は古けた格好がお似合いだね」
「はは、君も相変わらずだね。とりあえずお茶でも出すよ」
「君の所のお茶は高級ではないだろうがいただくよ」
雪を被った外套を脱いでオーリスはテーブルの席に行こうとします。
(何よあいつ。感じ悪いわね……)
パティが警戒しながらオーリスを見ていると、彼もパティの存在に気づいたようで目が会いました。
「……えっ!? 犬!? いいやオオカミ!? なんでここに!?」
「あ、大丈夫だよ。オオカミだけど人間に危害を加えな――」
「たとえ危害を加えなくても俺が犬を嫌いだって事知ってるだろ!?」
「あ……そういえばそうだったね」
オーリスはパティから壁に引っ付くくらいに離れられる限り離れます。
「こっちくんなよ! しっし!」
(何よ! そこまで怖がらなくてもいいじゃない! あとわたしは犬じゃなくてオオカミよ! オオカミ!)
「うわー吠えるな! これだから犬は! 恐ろしい!」
ありえないほど取り乱すオーリスとそんな彼の態度が気に食わないパティ。その二人を収めるのにロニーが苦労していました。
「ふーん。森でオオカミを拾ったねぇ……」
なんとか落ち着きを取り戻したオーリスは紅茶を飲みつつ、ロニーと話しをしています。そんなオーリスをパティは気になるのか見ていました。どこかで見たことがあるようです。
(……オーリス……オーリス。あぁ! 思い出したわ! 確かこの辺境伯の息子ね!)
パティはやっと記憶の底から思い出しました。このオーリスは今パティの村がある領地を管理する辺境伯の息子だと気が付きます。このルプルス王国内でも有名な貴族の一族。そしてその息子、オーリスはパティの婚約者候補にも上がるほどです。
王宮内でのパーティでもパティは何度も顔を合わせており、ダンスを踊ったこともありました。ですが思い出すのに時間がかかったのは、パティが興味を示さなかったこともあるでしょうが、王宮を離れた暮らしが長く続いた事も影響しているでしょう。
「でも野生にしては色々と疑問でね。だからきっとどこかで飼われていたと思うんだ。でも、警察に聞きに行ったんだけどそういう届け出はなくてね……。ねぇオーリス、貴族の知り合いでオオカミを飼っていたという話を聞いたことはないかい?」
そんなオーリスとロニーが知り合いだという事にパティは驚きました。ロニーは一市民に変わりありません。そんな彼が一体どうして貴族のオーリスと知り合いなのでしょうか。
「……確かに貴族の中には変わった動物を飼う人もいるが……白いオオカミを飼っているという噂は聞いたことないね」
「そっか……」
ロニーが残念そうに言います。ですがどこか安心しているように見えました。
「それにしても、オーリス。君はどうしてここに来たんだい? 狩猟?」
「その通りさ」
どうやらオーリスはここへ狩猟をしに来たようです。貴族の間では狩猟はスポーツなので、その縁でロニーと知り合ったとしても不思議ではないでしょう。
「ちょっと王都が騒がしくてね、ほら最近新聞でも話題になってるだろ? パトリシア様がおおやけに姿を現さないから、どこもかしこもその話題ばっかりで……」
(……そんなに騒ぎになっているのね)
その騒ぎの張本人であるパティが複雑そうにその話を聞いていました。パティは今だオオカミの姿のままです。一向に戻る気配もありません。
(まったく……わたしはいつまでこのままなのかしら。まさか一生戻らないの?)
パティは元の人間に戻ることを諦めていません。きっと王宮では父親である国王も母親も心配していることでしょう。両親に会いたいという思いもありました。
「そっか、それは大変だったね」
ふと会話をするロニーを見ます。ロニーはとても楽しそうにオーリスと話をしていました。
(……元の姿に戻ったら、わたしもロニーと話ができるかしら? あぁでもその前にロニーはわたしだって気づいてくれるかしら?)
どこか願うようにパティがロニーを見ていると、その視線に気づいたのかロニーがこちらを向きます。
「どうしたんだい、パティ? もしかして寂しかった?」
そう言ってロニーが手招きするので、パティは暖炉の前から移動してロニーの座る椅子の所まで行きました。
「パティ? そいつの名前はパティっていうのか? お前にしてはまともなネーミングだな」
(……それについては同意するわ、オーリス)
オーリスの言葉に思わず頷くパティ。ロニーのネーミングセンスが悪いのは周知のことのようです。
「僕としてはもっといい名前を付けてあげようと思ったんだけど……パティ自身がこれがいいって言ったんだ」
「へぇ~……ん? 犬が喋ったのか?」
「あぁごめん、違うよ。パティが新聞に載っていたパトリシア様を指していたんだ。だからこの名前がいいのかなって僕が思ったんだ」
「なるほどね……確かにこいつパトリシア様と同じ髪色と目の色だし、合ってるな」
ロニーの手を避けているパティを見て、若干距離を取りながらオーリスが言います。
「そうなのかい?」
「あぁ、そうだ。実物を目の前で見たことある俺が言うんだからな!」
「そうなんだ。良かったねパティ、絶世の美女と同じなんだって」
(同じもなにもその絶世の美女がわたしよ!)
そんな事実、パティ以外の者は知りようがありませんでした。そしてロニーが何故か褒めるように頭を撫でてきます。パティは逃れようと思いましたが、ロニーに人間の姿を褒められたので大人しく撫でられることにしました。ロニーはとても嬉しそうです。
「……まぁ絶世の美女だな。性格は最悪だけど」
その言葉にパティは反応します。一気に毛が逆立ちました。
「オーリス。いくらここには僕しかいないとはいえ、パトリシア様の事をそう言っては――」
正確にはその本人が居ます。ですがオーリスが気づくはずがありません。
「俺はあのワガママ姫の事苦手だからね。親は結婚を勧めてくるけど、正直願い下げだ」
「もっと会話をしてみたらどうだい? 意外と気があうかもしれないよ?」
「そりゃないな。第一、俺にはシンシアちゃんがいる! パトリシア様より可愛いくて仕方ないシンシアがいるから無理だな!」
(わたしよりも可愛いですって……!?)
今までここまでパティを貶める事を言った人はいたでしょうか? いや何よりも他の女性と比較し、自分が可愛さで劣るなどありえないはずです。
(許せない! 大っ嫌いね! 今すぐに牢に閉じ込めてやりたいくらいに!)
「うわっなんだ!? こっちくんな!」
「ぱ、パティ!?」
パティが思わずオーリスに飛びかかりました。寸前でオーリスは椅子から立ち上がり回避します。
「パティ! 落ち着いて! どうしたんだい?」
またオーリスに飛びかかろうとするパティを、ロニーは押さえつけて落ち着くように声をかけますが、パティは聞いていません。
(放しなさい! ロニー!)
「なんて犬だ! 人間を襲うなんて! ロニー、飼い主のくせにちゃんと躾けてないのか!?」
「ごめん、オーリス。いつもはこんな風にならないのに……」
ロニーが何を言ってもパティはオーリスに向かって吠えることを止めませんでした。オーリスはそんなパティから逃れるように扉に向かって走ります。
「まったく不愉快な犬だな! 俺はもうこれで失礼するよ!」
「あ、待ってくれ、オーリス!」
オーリスは外套を手に扉を乱暴に閉めて帰って行きました。
「…………」
オーリスがいなくなりパティは吠えるのを止めます。しばらく静かな時間が流れた後に、ロニーが声を張り上げて言いました。
「パティ、君はなんてことをしてくれたんだ! 彼は辺境伯の息子なんだよ!」
(ロ、ロニー?)
いつもの優しい声ではありません。ロニーの声はとても怖い声でした。見上げてロニーの表情を見てみると、怒っている様子です。
(わたし……ロニーを怒らせちゃった……?)
ロニーの怒っている所をパティは初めて見ました。その原因が自分であるということに気づきショックを受けます。
「と言ってもパティには分からないよね……」
ロニーは冷静に戻ったかと思うと、そう呟いて立ち上がります。静かにパティから離れ、暖炉のロッキングチェアに腰を掛けました。パティも付いていこうとしますが、雰囲気からとてもロニーに近づけません。
(何よ……オーリスなんてたかが辺境伯の息子じゃない)
たかが辺境伯。そう言えるのはこの国の姫であるパティだけです。ロニーは爵位もない庶民であるとパティは気付きました。そして、今自分はその辺境伯の息子に何をしたでしょうか? 一歩間違えば怪我をさせていたでしょう。その責任はパティはもちろんの事、その飼い主であるロニーにも問われることになります。
(わたし……わたし……なんてことをしてしまったのかしら……)
今までパティは自分の行動が他人に与える影響を考えたことはありませんでした。考える必要などないと思っていたのです。ですが今の自分は王女という身分ではなく、ただのロニーに飼われる猟犬に過ぎません。
(……ロニー)
パティはゆっくりとロニーに近づきます。彼は顔に手を当て俯いており、近づいてきたパティに気づきません。パティはもう一度小さく鳴いて、肘掛けに置かれたロニーの腕の服を引っ張りました。
「……パティ?」
やっと気づいたのか、ロニーがこちらを向きます。
(その……ごめんなさいロニー。わたしのせいであなたの立場を危うくしてしまったわ……)
パティは人間の言葉を話せません。どうにかしてロニーに謝罪の気持ちを伝えようと、鳴き声で、仕草で伝えようとします。
「…………謝っているのかい、パティ?」
そんなパティをロニーは驚いたように見ます。ロニーはどうやらパティが状況を理解しているということに驚いたようです。どこまでパティが理解しているのかロニーには分かりませんでしたが、安心するように言いました。
「大丈夫だよ、オーリスはああ見えて優しいからね。きっと許してくれると思う。明日謝罪しに行くつもりなんだけど、パティも来てくれるかい?」
「ガウ」
(ええ、もちろんよ)
パティははっきりと答えます。そんなパティをロニーは優しく撫でてあげるのでした。
「失礼、誰か居ないのでしょうか!」
その時、扉を叩く音が聞こえてきます。ロニーはパティを撫でるのを止め、扉に向かいます。開かれた扉から夕日が差し込みました。その向こうには警官の制服を着込んだ男性が二人。まさかオーリスが指示を出してロニーを捕らえに来たのかとパティは思い、警戒を強めます。
「突然の訪問を失礼します。実は現在とある事件の調査をしておりまして、捜査のご協力をして欲しいのです」
「協力ですか? 構いませんけど」
どうやら違うようです。パティもそしてロニーもどこか安心していました。ロニーの方はパティの飼い主の件と思ったのでしょう。
「では、少しだけお宅を見てもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
警官に外で待つように言われて、ロニーは出ます。それに従うようにパティも警官とすれ違うように外にでました。その時、警官が驚くようにパティを見ていましたが、すぐに職務に戻って行きます。
「なんだろうね? 事件って?」
(さぁ……分からないわ)
ロニーが部屋を見て回る警官を不思議そうに見ていました。しばらくして警官二人が戻ってきます。
「終わりました。ご協力に感謝します」
「いえ。その……一体どうしてこんな事を?」
「それは……申し訳ありませんが言えない決まりなのです」
「そうですか。すみません引き止めてしまって」
警官二人はロニーに頭を下げてから立ち去っていきます。パティが気になるのかその背を見ていました。すると――
「……やっぱりいませんね、姫殿下」
「本当だな。まったくどこに行ってしまわれたのか……」
二人の会話がパティの耳に届いてきました。ちなみにロニーには聞こえていないようです。
(……あの人達、わたしを探していたのね)
パティは思わず、彼らの元に行こうとしますが……
「パティ、早く家に入ろう。いつまでも外じゃ寒いよ?」
足が止まりました。振り返るとロニーが扉の内側でパティが来るのを待っています。パティはもう一度小道の方角を見ました。遠くにまだ警官の背が見えます。あの人達に付いて行けば、パティは王宮に帰れるかもしれません。
(……いいえ、今行ってもあの人達はわたしだって気づいてくれないわ)
そう思ったパティはロニーの声に従い家に戻りました。
――家に戻ったのは自分がまだオオカミだから。理由はそれだけではない事をパティは気づいていましたが、見て見ぬふりをしたのでした……。




