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ミナの誘惑


夜の砂場を煌々と照らす、焚き火の炎がオレンジ色に揺らめいている

その火は薪をくべる度に燃え上がり、闇色の海面に淡い陽炎を揺らめかせていた

まるでそれは人魂の様に思えて、祐樹はぼうっと気の抜けた表情で見つめていた

今の彼はもし自分が死んでいたら、今もこうして憂鬱に襲われる事もなかったろうと考えていたが


「ねぇ、あなたって本土から来たんでしょう? どんな所なの?」


「ええと…何から説明したらいいのかな?」


彼女は本当に不思議だった。話してみると本土を訪れた事が無いのだと言う

親はどうしているのか? 何故こんな場所に一人で住んでいるのだろうか? 学校などには行っていたのか?

泡の様に浮上するいくつもの疑問。しかし明確に意思を以ってそれを聞き出すことは出来なかった

何故だか分らないがそれは聞いてはいけない、触れるべきではない質問だと本能が行っている


「あまり良い所じゃないよ。人が多すぎるし、息が詰まるんだ。何処に行っても車が多いしね」


「そのジドウシャって乗った事ある? 車輪が四つ付いた馬車の事」


自動車、崖、裏切り、そして彼女の歪んだ笑み―――――――

一気にあの時の記憶がフラッシュバックする。今はかなり落ち着いているとは言え、早々思い出したいものではない


「…あまり良いものではないよ。うるさいし、中古でも無駄にお金がかかって持つのも大変なんだ

それにそのせいで毎年大勢の人が死ぬ……ごめん。それについてはもう…あまり話したくないよ・・・・・」


「ふーん、あまり面白くなさそう。一度乗ってみたかったのに…」


「…免許を取れれば乗れると思うよ。まぁ、乗っても交通事故で死ぬ可能性もあるけど」


行ってから陰気に笑う祐樹。そうだ、生きていていいことなんて殆ど無かった


「あなたって…何か辛そう」


「君に話すのは筋違いかもしれない。僕は…裏切られてきたんだ」


「ごめんなさい。何か余計な事聞いちゃって…」


ミナは悲しそうな顔をして謝ってきた。ふと彼は思った

こうして誰かに謝られたのはもしかして初めてなんじゃないだろうかと…


「別にいいんだ。僕の人生なんて、所詮こんな物なんだから」


祐樹は自虐するように笑みを浮かべ、砂浜に寝転がって夜空を見上げる

夏の夜天に煌く無数の星が綺麗で映り、それを見て思うのだ

あの恒星の一つ一つが地球と同じくらいのサイズだとしたら自分はどれほどちっぽけなのだろうと

胸のうちは相変わらず陰鬱な色が濃かったが、ミナに打ち明けた事で幾分かは気分が楽になったような気がした







水深が膝までの浅瀬ならともかく、潜らないといけない深さの場所で漁をするというのは至難の業だろう

海中で目を開けていても、ゴーグルや水中眼鏡などを着用しない限りは水中がクリアに映る事は無く

必然的に肉眼に頼る事になり、ぼやけた視界の中で漁を行う事になる。今回、前述した道具は都合良く用意されていない

じっと、気配を殺し文字通り息を潜めて獲物が来るのを待つ。数十秒ごとに水面に出て酸素を補充しなければならず

水面に顔を出す為に動くとたちまち魚たちは逃げてしまう。じっと息を潜め、耐え忍び…辛抱強く待つ事が何よりも大事なのだ


(………)


黒い影が数匹、岩陰の中から出てきた。それほど大きくもないが稚魚ではない

ゆっくりと、岩になったように近づく。余計な事は考えない、何故なら脳が無駄な酸素を消費してしまうから


(…今だ!)


銛の射程に魚が入り、一気にそれを陰に向かって突き出す

渾身の一撃。浅瀬の底の砂ごと貫くように一気に銛を突き出した

今日だけで百十数回近く行われてきた一連の動作は体力の衰えもあるが、慣れと経験で洗練され鋭さを増している

その一連の努力が実ったようだ。銛の先端には串刺しになった獲物がぴくぴくと断末魔の痙攣を繰り返していた

漁を始めて、ようやく三日目にして魚を取った。そのことに対する達成感と感動を味わいながら

彼は一気に水面へと顔を出して肺に空気を溜め込む。一仕事終えた後の酸素補充はとても気分良く感じられた


「おーい、取ったぞぉー!!!」


晴れやかな気分のまま祐樹は即席の銛を掲げて、串刺しにした魚を戦利品のように掲げてみせる

灼熱の日差しが体を焼くが、水に濡れた今ではそれもまた気持ちが良い。すっきりとした開放感に祐樹は雄たけびを上げた


「すごいすごーい! それも、まぁまぁ大きいよ!」


ミナが予想以上に驚いていたので、祐樹は思わず得意げに胸を張った

小学校の頃に良くスイミングスクールに通っていたのだが、そのときの経験が生きて面目躍如と言うわけだ


「まぁ、初めてにしては上出来…かな?」


日焼けで健康的な黒い上半身を晒した彼は、当初の少し神経質で根暗だった祐樹とは思えないほどに生命力に満ちているように見える

何かをやる時間だけは有り余っていた為に、彼はあの後でいろいろな事に挑戦したのだ

流木を使って火を起こしたり、櫓を作ったり、木の間にハンモックをぶら下げたり、この日の漁の為に作戦を練ったり道具を用意したり…

最初は慣れない事で失敗ばかりだった。そのため何回か挫折し、投げ出しそうになった事もあったが


その度に今現在、祐樹と水の掛け合いっこで子供のようにはしゃいでいるミナが励まして奮起させてくれたのだ

此処に来て何日経ったかは覚えていないが、多分は一ヶ月くらいなのかもしれない

思わず熱中して時間を忘れてしまう。例えるならそれほどまでに今の生活は充実し、素晴らしいひと時だったと言えよう

この無人島での生活はしがらみや法律に縛られない、真の自由を満喫できるのだから


「おーい、ハハッ。待てよう!」


「やーよ、捕まえたかったら捕まえてごらん!」


ミナが両腕で水を掬い、祐樹にかけてきたので負けじと彼女に水を浴びせる。

歓声を上げながら、ミナは砂浜を駆け出し、祐樹はそれを追いかける。白い砂地に二人分の足跡が刻まれていった

太陽の下ではしゃぎながら、白い砂浜を駆ける二人の姿はまるで世の穢れを知らない小さな子供だった








「なぁ、君ってどうしてご飯食べないんだ?」


「あまりおなかが減らないから。かな? それに太るのも嫌だし」


「でも、あんまり食べないっていうのはちょっと…僕は一緒に食べてたし」


思い浮かんだのは彼を裏切って心中を試みた『彼女』の事だった

結果的に悲劇を招いたとは言え、彼女とはそれなりに親しかったつもりで今となっては恨む気持ちは無い

一生付き合っていく覚悟もしていた。最後の瞬間まで…結果は醜い裏切りで返ってきたが


「ねぇ…今、誰か女の人の事を考えなかった?」


「え?」


動揺して声が出てしまう。今まさに彼が思い浮かべていたのはまさにそのことだったのだ


「あなたの事を裏切って捨てた女なんでしょう。何でそんな人のこと考えているの?」


「それは…何で君が?」


心を読まれた事に動揺する彼に見せ付けるように、ミナはゾッとするほど妖艶な笑みを浮かべた

吸い付きそうな浅黒い肌と、やけに艶やかで形の良い唇が塗れた様に部屋の明かりを反射し怪しい輝きを宿す

祐樹の耳元に顔を寄せて囁いてくる、妙な快感が首を指すようにゾクゾクと這い回ってくるようだが

その反面、恐怖感を覚えてしまう。一体・・・彼女の正体は何者なのだろうか?


「悪い女の人の事なんて忘れちゃってさ、此処で一生過ごそうよ…」


「僕は…」


「祐輝。好きだよ・・・」


ミナが祐樹に押し付けた唇の感触は柔らかくて、彼も衝動に飲み込まれるようにそれを吸った

そしてそのまま押し倒してしまう。されるがままの彼女は慈母のような微笑さえ浮かべていて、その二面性が恐ろしい

少女のように明るくて活発な彼女の純粋さと、妖婦のように色気と女の情動を漂わせるミナ・・・・・一体どちらの彼女が本当の姿なのだろう?

祐樹は彼女の服や下着を脱がしていった。瑪瑙色の肌を見たときに浮かんだ頭の端に明滅した微かな疑問


(この子の唇は何でこんなにも甘いのだろう…?)


「余計な事は考えないで…あなたはその身を委ねて此処の生活を楽しめばそれでいいのよ。ふふ……」


先ほど感じた違和感は熱に浮かされた頭の中で生殖本能に押しつぶされていく

まるで頭だけ正常な思考を与えられたまま、肉体を意のままに操られて自由が利かないようだった

ミナの女らしい体を存分に味わっている中で祐樹は考えていたが、思考も獣のような本能が徐々に圧倒していった

快楽に脳が塗りつぶされている中、思考の片隅でで彼は考える。彼女は一体何が目的なのだろうか?

今は考えても埒が明かない。もう、どうでもよくミナさえいればどうでも良いと祐樹は結論に至る

そうして、二人は夜明けまで互いの体を求めるように交わったのだ

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