貝の首飾り
ハンモックの上で朝早く目覚めた後に、砂浜近くの森で祐樹はある作業をしていた。
足元には植物の繊維を乾かして編んだ紐と、見繕ってきた貝殻の数々が転がっている。果たして何をする気なのだろうか?
「祐樹、何してるの?」
「あ…ごめん、ちょっと今は手が離せないんだ。少しあっち行ってくれる?」
「……はぁーい」
ミナは唇を尖らせて、家の方に走っていった。そんな彼女の後姿を見て祐樹は心の中で謝罪する。
(ごめんよ。君に今これを見られるわけには行かないんだ)
祐樹はそのまま作業を続ける。「ある物」を作る為に…
此処に来て時間だけはいっぱいあった。何もしなければただ無駄に長い暇でしかないのだが、
何かに取り組むとなると、途端にあっという間に時間は過ぎてしまう。
大学のサークルで無駄に駄弁っていた時も時間は過ぎていった。しかし、それとは違い今は有意義に使えていると胸を張れる。
だからこそ、それをミナの為に使いたかった。南国の空と海と彼女の笑顔で自分の心は癒されたのだから。
(こう見えても、図工工作だけは得意だったんだ!)
彼は作業に没頭していった。日は徐々に下っていき、いつの間にか真っ赤な夕焼けが当たり一帯を覆っていた。
それと同時に彼の作業も終わっていて、ミナが待つ簡素な住処へ帰還しようとしていたがその必要は無かった。
「遅いよ祐樹…今まで何やってたの? ご飯できちゃった」
いつの間にかミナは祐樹の後ろに立っていた。半日近くも家に戻らなければ迎えに来て当然なのかもしれない。
手間が省けた。それに遮蔽物の存在しないこの島の夕日は綺麗なのだ。物を渡すには絶好のシチュエーションである。
だが、口を開くには勇気がいた。彼女は祐樹から見ても途方もない美しさを誇っていたからである。
「どうしたの? 祐樹」
「・・・・・これ。つまらない物だけど…僕からのプレゼントだよ」
祐樹は貝殻の首飾りを彼女に見せた。それを手にとって大き目の眼を更に丸く広げるミナ。
それを彼女の首にかけてやる。海水で洗った貝に穴を開け繊維を結んだ紐を通しただけだが不思議とミナに似合っている。
瑪瑙色の肌に純白の貝殻は程よくマッチしており、彼女をまるで南国の姫君のように引き立てている。
「祐樹・・・・これを、わたしに?」
「僕は…」
「えっ、何? 聞こえないよ!」
胸の中でずっと考えていた言葉を祐樹は中々言う事が出来ない。急かすように聞き返すミナ。
だから少し声を大きくして祐樹は言う事にした。この島に居るのは自分と彼女だけであり、
それを見て囃し立てたり、噂を流布するような低俗な連中は存在しない。思いっきり思いを告げることが出来る。
「僕はずっと居るよッ! 君の傍から離れたりしない!」
「本当…? 祐樹、ゼッタイだよっ! ずっとここに居るって約束して!」
「ああ、大丈夫さ。僕は此処で生きていくと決めた」
「祐樹……」
うっとりとした様子で、ミナは祐樹から渡された片割れの貝の首飾りに口づけをする。
まるで彼そのもののように大事にプレゼントを貰って喜ぶ彼女は、恋する乙女のようだと祐樹は思った。
それを見て、彼は彼女から離れないと誓う。後々に訪れる結末も知らぬままに・・・・・・・
「なんだろう此処は?」
木の実を探しに森の奥地に入ったときの事だった。いつもより森の奥地に入っていたときの事
それは木で作られたニスも塗ってないようなみすぼらしい小屋で、半分腐りかけていた
正直に言うと今にも崩れてしまいそうで入りたくは無かった。しかし、何時の時代も好奇心と共にあるのが人間というもので
僅かながら、この小屋を覗きたいという気持ちが芽生えていた。しかし森の中に入ってくる光は陰りがあって
もうすぐ日暮れが近い事を知らせていた。あまり奥に入りすぎたのだろう
此処を探検するのはまた別の機会でいいかもしれない。遭難してしまっては元も子もない
「まぁ、今日一日中探したものな」
祐樹はもう帰る事にを決めた。何より彼女を心配させるわけにはいかない
もう決めたのだ。此処の生活は都会のそれよりも快適でわずらわしい人間関係に振り回される事もなく
自己中心的で低俗かつ幼稚な者達の顔色を伺ったり、ご機嫌取りに奔走する事は無い
確かにコンクリートとアスファルトに囲まれ機能化された人の巣より、この島は原始的で不便ではある
夕方に湧く虫や少し暑すぎる日差し、そしてたまに魚が取れなかったりする事はあったものの
青く、宝石のような海、突き抜けるような青空、そして緑色の自然…幼き頃の彼が理想としていた穏やかな生活が此処にあった
就職の為にわざわざ走り回ったり、会社に入って社畜として死ぬまでこき使われる心配や
公約を破り、国民を裏切り続ける政治家の不祥事にイライラする事も…そして、上がり続ける税金に未来を憂う事も無いのだ
ストレスを感じない、あのミナが言うように自然と共にずっと暮らす事も悪くない
ここに住んでいるのは二人だけ。金銭による損得は発生せず、二人だけ故に誰もミナと祐樹の間に割ってはいる者もいない
あの時のように裏切られる事も自分が裏切る必要もないだろう
ならば、悩む事も無い。一生を此処でミナと共に過ごすのだ…そう、死んで骨になるまで―――――
「小屋…」
「そうだよ。君は何か知らないのかい?」
例の小屋のことが気になったので、夕食の時に彼女に尋ねた
昔からこの無人島に住んでいるミナならば、あそこの地理も熟知していると見込んでの事だった。しかし…
「…知らない」
彼女は何故か頑なな表情を作った。まるで嫌な知らせを耳にしたように形のよい眉を顰めながら
それが気になる。本当に小屋のことを知らないのならばそんな顔をするはずがないのだ
明らかにミナは何か知っているのだろう。それを明らかにしたくないだけで
「とにかく、その場所には行かないで。…お願い」
「どうしてなんだい? 何か使える道具があるかもしれない。それに、」
「あんな場所に言って何になるというの!」
彼女の剣幕に引いてしまう祐樹。陽気で優しい彼女だったが逆鱗に触れてしまったようだ
それからミナは黙って不機嫌になってしまう。一体何が悪かったのだろうか?
とりあえず謝っておかなければいけないと思った。原因が自分にあるのならばそうする事で許して貰えるはずだから
「わかった。あそこには行かないよ」
好奇心はあるものの、ミナとの関係を悪くするわけにはいかず祐樹はそういって笑いかけた。
「ありがとう。嬉しい!」
(ミナ、君は一体・・・)
ぱっと顔を輝かせた彼女が口付けを求める。祐樹は軽くミナの唇を噛みつつも、じっくり味わいながらさっきの事は忘れるように努めた
成熟前の少女の体を押し倒しながら服を脱がせていく、彼女は祐樹に見せ付けるように取って置きの笑顔を咲かせ彼の体を抱きしめる
まるで花のような香りを漂わせる彼女に対して、祐樹は微かに不信感を持つのだがミナが深く自分の唇を求めてきた頃には
そんな些細な事など途方の先に消え去ってしまっていた




