Sea you
どれほどの時間が経っただろう。
彼女と過ごす時間が心地よかったからだろうか、危うく本来の目的を見失うところだった。
俺は本当にこの退屈を終わらせたいのだろうか。
今になってほんの少し、決意が揺らぐ自分がいる。
「俺はそろそろいきます。」
彼女がハッと息を呑んだのがわかった。
「タクミさん、ひとつ聞いてもいいですか。」
心臓がうるさい。
「今日、どうして逃避行をしようと思ったんですか。」
俺は何も言えなかった。
彼女は構わず淡々と続けた。
「私、大切な人を殺してしまったことがあるんです。」
とんでもないことを聞いてしまったと思ったが、遮ることは出来なかった。
しかしその内容は、お世辞にも彼女に非があるとは思えなかった。
無責任な正義感で、大切な人を自殺に追い込んだと感じているようだが、俺からすればそこまで熱意を持って生きて欲しいと思われるだけありがたい話だった。
横を見ると、真っ直ぐと海を見つめる彼女がいた。
「勝手に話を進めてごめんなさい。ただ何となくタクミさんがあの頃の彼と重なってしまって。」
大当たりだ。
まさに俺は今日を最期にしようと思っていたのだから。
「ナナさんは、何の為に生きていますか。」
「意味なんてないですよ。目の前にある地獄とただただ、向き合う日々です。」
じゃあ何故生きることを選択できるんだろうか。
俺にはどうしても理解ができなかった。
彼女がこう続けた。
「人生それほどいいことばかりでは無いとか、生きていること自体が幸せなんだとか。そんな言葉でありふれた世の中で真っ当な目的を持つことの方が不自然なんですよ、きっと。」
全くその通りだと思った。
世の中は美談で溢れている。
現実から目を背けるための、乾いた美談ばかりが。
「それでも今こうして海を見ている。私が生きるべき理由には到底及びませんが、何も無いよりは幾分かマシだなと思うんです。」
そう言って彼女は煙草に火をつけた。
なんだ、紙煙草も持っていたんだ。
「最期に1本どうです?」
「そうですね。せっかくならいただきます。」
この瞬間、俺は初めて煙草を口にした。
彼女がくれた煙草は、ほのかにバニラの香りがした。
「止めないんですか?」
思わず聞いてしまった。
俺はどの立場で口を開いているんだ。
煙を吐き、上を見た彼女が
「正論が、すべてにおいて正しいことなんてないでしょう。それと同じで、誰かにとっての正義は時に誰かを深く追い詰める武器になるんです。」
「今、私が生きることを押し付けたとして、タクミさんは救われますか。」
そう放った。
彼女の声は、震えていた。
「俺は、ずっと生きる意味を探し続けていました。でも何も無かった。だからもういいかなと、そう思ったんです。」
でも。
「でも、生きることに真っ当な理由を探す方が難しいんですよね。先生。」
彼女が目を見開き、こちらを向いた。
そして微笑み、こう言った。
「そうですよ。先生には分かります。」
煙草の火が消えた。
互いにもう交わす言葉はない。
ただ、最後に一つだけ。
「また、会いましょう。」




