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秘密

 「何にしよっかなー。あー!この辛味チキンセットとか美味しそう、これにしよっと。君はどうする?」

僕は黙ったまま真剣な眼差しで彼女を見ていた。

「もーそんなに怖い顔しないの!ほら、何が食べたいの?お腹空いたでしょ?君も辛い物が好きだから私と一緒のでどう?」

メニューをこちらに向けながら楽しそうに喋りかけてくる彼女を無視して僕はオムライスを注文した。

「あれ?辛い物好きじゃなかったっけ。それとも私とお揃いのやつを食べるのに対して意識しちゃったとか?ふふふふ」

どうしてそんなに楽しそうなのだろうか。

「もうそのくだりは飽きた。そんなことよりも先に君の言っていた秘密について教えてくれないか?」

「えーどうしよっかなー、やっぱ面倒くさくなってきたなー」

「帰るぞ?」

「どうせ帰らないでしょ?ただ言ってるだけ」

「いいや、帰る」

「だって今日も来てくれたじゃん」

「これはたまたま偶然」

「いーや君は何を言おうが来てたね。私には分かる、全部お見通しだよ」

どうしたものかと考えているうちに料理が運ばれてきたため仕方なく食べ始めた。彼女は大きなチキンに勢いよくかぶりついて、辛いだのなんだのヒーヒー言いながら食べていた。そして時々こちらを見ながら「ちょっとだけ食べる?」「本当にいらないの?」と聞いてきたが丁重にお断りしておいた。それにしてもこの食べっぷり、やはり病気を患っているようではなさそうだ。しかしながら不気味で恐ろしい数字の主張から目を背けるのは難しそうだ。何回見ても得体の知れない恐ろしさがある。


「あーお腹いっぱい」

そう言いながら紅茶を飲んでいる彼女を見ながらどうやって話を切り出そうかと悩んでいると、意外にも彼女の方から切り出してきた。


「君ってさ、趣味とか好きなことある?」

「え?いや特にない」

「あれ?そうなの?小説とかいつも読んでるじゃん」

「あれは仕方なくだ。することもやりたいこともないからね」

「そっかー......。私と同じか」

「え?なんて?」

ボソッと言ったため聞き取れなかった。

「ううん、独り言。まあそれは置いといて、君は何か将来の夢とかあるの?」

「は?何急に」

「なんとなく気になったから」

「なんでそんなことお前に話さないといけないんだよ」

少し声が大きくなる。

「そんなことを聞きに来たんだったらもう帰るぞ?」

威圧を被せた声で言う。


「私さ、実は余命宣告されててね?長くても一年って言われてるんだ」

一瞬息が止まりそうになった。時空が歪み出すのを感じる。ぐにゃっと曲がりそうになる視界の奥で、僕の中の何かが暴れ出すのを必死に抑えながら意識をして呼吸をする。禍々しく気味の悪い数字がより一層目を引く様になる。どうにかして目を逸らそうとするが、珍しく深刻な表情をする彼女から目が離せない。目で見て分かっていたはずの物が言葉となり、こんなにも強力な言霊に変わるとは。これには一生慣れることはなさそうだ。

「ふーんそうなんだ」

なんとか冷静にそう答えるのが精一杯だった。まだ僕の中の何かは治らず、必死に押さえつけようとしている。

「君はいつも冷静だね。クラスメイトの余命が一年だって知ったのに。もはや恐ろしいよ」

「そんなこともない。さっき余命について話すって言っていたからその可能性も考慮していただけ。僕に限ったことじゃない。普通のことだ」

「そっかー。それはそれで残念だけどな。もっと悲しんでくれた方が私としては嬉しいし。君は悲しくならないの?」

「まったくならないって言ったら嘘になるが、悪いがそこまでだな。なにせ昨日の今日だ。君の距離感の方が僕からしたらよっぽど恐ろしいね。そもそもなんでそんなに大切なことを今、僕に話すんだ?もっと仲のいい友達やちゃんと分かり合ってくれるやつらに話した方が間違いなくいい。そっちの方がよっぽど合理的だ」

「うーん、そうだなークラスメイトには誰にも話してないからねぇ。あっ、たった今君には話したけど」

そう言って彼女はニコッと笑う。よくもそんな呑気な表情ができるもんだ。一年後には死んでいるっていうのに。手元にあるコーヒーカップをクルクル回して、中で暴れているコーヒーを眺めながら聞いた。

「病気......なのか?」

「うん、そうだよ。逆に病気以外他に何かある?デスゲームじゃあるまいし」

「いや、君の様子を見ていたらとてもそんな風には思えなくてね。今の君は活力に満ちている。とても余命一年の病気を患っている様には見えない」

「ふふふ、そうでしょ。実際に私は元気だからね。自分でも自分の病気を疑っているぐらいだよ」

確かにそうだと思う。何回言っても足りないが本当に余命一年とは思い難い。いや、もしかしたらそう信じたいだけなのかもしれない。病気なんて医者の間違えで実際はなんの問題もありませんでした、なんて言葉を少しでも期待してしまっているのか。けれども何回見ても数字には変化がない。それどころかこっちも元気百倍であり、悍ましい雰囲気はより一層増している。分かっていることだ、その数字が示す値が絶対的だということは。何をどう考えても煮え切らない感情を流し込むようにコーヒーをあおった。

「もー!すっかり黙り込んじゃってー。あーあ、こんなお通夜みたいな雰囲気にするつもりなんかなかったのになー。どうせ一年後にはちゃんとしたお通夜も行われるだろうに。君はちゃんと参列してね?」

彼女はもう自分の紅茶を飲み干したようだ。退屈そうに外を眺めている。

「最後に一つ聞かせてくれ。なんで君は余命のことを僕に話したんだ?さっきも言ったが僕に話すのは理に合わない」

「うーん、そうだなー。なんとなく君には話しておいた方がいいかなって思っただけ。君は口が固そうだし誰にも話しそうにないからね。私はもとよりクラスメイトには誰にも余命について話すつもりはないの。だってなんか特別扱いされるの嫌でしょ?ちゃんと本音で喋りたいって言うか、形作られた友達と話すのは嫌なの。ずるい女だっていうのは分かってるんだけどね?最後はちゃんと話そうと思ってる」

「そうか......」

僕に話した理由はともかく彼女なりにしっかりと考えているようだ。こんな様子とは裏腹に。

「さっ、そろそろ出ようか。私はお通夜に参列したくてもできないし」

「冗談だとしてもよくそんなことが言えるな」

僕はまだ彼女の頭の上が恐ろしい。見たくもない。

「もう慣れたもんだよ。それにあと一年しか時間がないからね。逆に言いたいことは全部言っとかないと後悔するでしょ?」

「まあそうかもね」

お代は割り勘で店を出た。個々で見たら僕の方が少し高かったため多く払おうとしたら、「話に付き合ってくれたお礼」と言われたため確かにそうだと思い、結局割り勘となった。学校の前に着くまでは何気ない学校のことを話していた。成績とか先生について、それに将来の夢についても話した。ただ本当に他愛もない会話だったので何を話したかはほとんど覚えていない。そんなうちに桜の並木に到着した。

「桜って本当に綺麗だよね。私と桜、どっちが綺麗?」

笑顔で桜の木に寄っていくが僕は待たずに先へ歩いて行く。そして一瞬だけ後ろを振り向いて言う。

「......さくら」

「えーそっかー、結構いい勝負出来たと思うんだけどな」

僕は無視して前を歩いて行く。そのうち走って追いかけてくるだろうと思っていたが、なかなか来ない。仕方なく後ろを向いて立ち止まると、呑気に桜を見ながら歩いている姿が見えた。なんてマイペースなやつだろう。そう思いながら彼女を見ていると、こちらに気づいた彼女は小走りでこちらへ向かってきた。待っていると「ごめんごめん、ありがとう」と言われたが、何も言うことなくまた歩き出した。学校の前に着くと彼女は言った。

「じゃあ今日はありがとうね、自分のわがままに付き合ってくれて。また一緒にどっか行こ?じゃあねっ」

どうやらわがままだったということは自覚していたらしい。僕はうん、とだけいい彼女を見送った。曲がり角に行って後ろを振り向くと彼女がとびっきりの笑顔でこちらを見てきた。その顔はとても美しく、尊い物だった。僕はなにも言わず、前を向いて歩き出しながら思った。美しい?どうかしている。彼女と過ごすとどうしてもテンションが崩れてしまう。そうだ、彼女を美しいと思ったのは、きっとこの夕日のせいだ。さんさんと僕たちを照らし続ける夕日が悪い。しかし皮肉なことに照らされたのは彼女の顔だけではない。頭の上に居候している不穏な数字もだ。輝きは僕にとっては眩しすぎる。これもすべて夕日が悪い。もうどうでもいい。そう思いながら、がんがんと僕の顔を照らす悪いやつの方へ歩いて行った。

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