僕の生きる意味
すいません。投稿するのが遅くなってしまいました。
その分内容が盛りだくさんです!(一万字ちょいあります)
是非時間がある時にごゆっくりお読み下さい。
死因は交通事故。日曜日の夜に体調が悪化し、救急車に乗ったところ、酔っ払い運転のトラックとぶつかったらしい。クラスの前では「体調が悪化した」としか言っていなかったがおそらく病気のせいだろう。それについて、先生は何も言わなかった。
お通夜は火曜日に行われ、僕も参列した。クラス全員が参加し、彼女の死を嘆く声が多く聞こえた。特に凛さんは普段の様子からは想像もできないぐらい顔をグシャグシャにしていた。田中は特に何も言わず、ただ手を合わせるだけだった。そして僕との会話もなかった。
――――
僕は普段からあまり食べる方ではない。標準より少し少なめだろう。そのため、ご飯は基本的に腹八分目を満たすぐらいしか食べない。けれどもそれすらも多く感じるようになった。お腹が空いていない。得体の知れない何かが僕の胃の中をかき乱している。
絡まった釣り糸を捨てるように、少し残った朝昼兼用のご飯を台所に置いた。
そのまま二階に上がって本を読む。僕は基本的にミステリー小説を好んで読む。というかミステリー小説以外に興味が湧かない。それだけが僕を現実から連れ出してくれる。
けれども長くは続かず、数ページめくったところで本を閉じた。
何かが僕に取り憑いて離れない。頭からも。体からも。
その何かを分かろうとすればするほど、より強固に僕の体は締め付けられる。
何も考えたくなかった。無視できれば良かった。抑え込もうとすればその分押し返してくる。ゴムボールのように。
その時の僕には何か強い言霊が必要だった。必死にそれを探していた。だから僕はその言葉を見つけた時、思わず家を飛び出していた。制服に着替えて。
外に出るとどんよりとした空気が僕を包み込んだ。灰色一面の空は、今にも雨を降らしそうな雲で埋まっている。
飛び出したはいいものの、僕は何を持っていったら良いのか全然分からなかったため、とりあえずコンビニに入って小さな菓子折りを探した。コンビニにあるのかと不安だったがコンビニの広い守備範囲に助けられた。
僕はそれから足を進めた。桜の並木を抜けると学校が見えてくる。平日でもないのにこんな格好をして歩くのは桜の並木を暗く感じさせる。桜が咲いていないなのは当たり前だが、それ以上に何かが欠けていた。
公園にはやはりブランコが二つ並んでいる。一つは湿っていて、座れる様子ではなかった。
その後僕はあの日の記憶を頼りに、彼女の家へ向かった。思い返せば思い返すほど、悔恨の念に押し付けられる自分がいて、それを否定する自分もいた。そんなやりとりを俯瞰する第三者の自分がいて、その自分達を俯瞰する自分もいた。すべてが自分で、どれも自分ではないようだった。
そしてとうとう彼女の家の前に着いた。インターホンを押すのを渋りそうな自分を想像していたが、思いの外すんなりと手が動いた。
長く感じられた空白の後に「どなたですか?」と憔悴した声が聞こえてきた。「山崎さんのクラスメイトのものです」と答えると「分かりました」と短い返答が聞こえてインターホンが切れた。山崎さんと言えば、この家の全員に当たると気づいたが今更だと思って特に問題視はしなかった。少しするとドアが開き、やつれた様子の母らしき人が出てきた。
「この度はご愁傷様です。お線香をあげさせてもらいたくて来ました」
「あぁ、どうぞ入ってください」
「ありがとうございます」
特に言及もされずに家の中に招かれる。一度来たはずの玄関がやけに広く感じられる。廊下は閑散としていて冷たい。
前登った階段を通り過ぎて居間に通される。そこには茶色い木箱がある。そして中には彼女がいる。
自分で自分を抑えながら意識して腰を下ろす。一瞬正面を見るがすぐに目を背ける。
「これ......。つまらないものですが......」
菓子折りを渡す。
「あぁ。わざわざありがとうございます」
大切そうに受け取ってそのまま僕の隣へ座る。
そして僕も正面を向き、りんを鳴らして手を合わせる。
静寂に包まれた空間にりんの音がこだまし、時間の流れを僕に教える。
僕が顔をあげると同時に彼女の母は口を開く。
「『写真の子』幼いでしょ?」
「はい。確かにそう感じます。中学生の頃のものですか?」
「ええ、そうなの。最近のものはあまりなくて。でもいい写真でしょ?ふふ」
手を口にあてて頬をほころばせる。彼女と同じだ。
「はい......とても......」
なぜ中学生の頃のものかなんて聞くまでもないだろう。
「実は今日、お金を返しに来たんです」
「お金?」
「はい。文化祭の時に彼女に奢ってもらって......それを返そうと......」
鞄から財布を探す。
「あなた......もしかして......輝生......君......?」
「え?あ、はい。そうですけど......。どうして僕の名前を?」
「やっぱり......あなただったのね......良かった......来てくれて......」
安堵の表情と少し潤んだ瞳の様子が目に入る。
「それはどういう......」
「あの子が言ってたの......。私のことを知ってくれているクラスメイトが一人いるって......。その人は一見何事にも無関心に見えるけれど本当は私のことをちゃんと見てくれている人だって......彼はいつか何かしらを理由にして折り合いをつけてくれる......だからその時が来たらあれを渡してって......。輝生君に......」
「あれって一体......」
「あぁ、そうね。とって来るわ」
顔を隠すようにして扉を閉める。階段を上がる音が聞こえる。
彼女がそんなことを言っていたなんて思いもよらなかった。目線を正面に戻して仏壇を見る。そこまで大きくない仏壇は、貰ったであろう花やお供物で埋まっている。
こんなに貰っても彼女一人で食べきれないだろうに......。
空しい思考が頭をよぎる。色鮮やかな花たちが多く供えられているがそれも当たり前のように感じられる。供えられてこその花だ。仏花だ。そのセンターを飾る存在に目を向けようかと煩悶を繰り返していた矢先、足音が聞こえてきたため僕は救われた。そのままできる限り何も考えずに、線香の匂いが漂う部屋で待ち続けた。虚を見ていた。そして扉が開いた。
「これです......。これをあなたにと......」
「これは......日記......ですか?」
一言一言を意識して話す。
「そう......。あの子が書いたもの......。是非読んで......」
「読ませていただきます......」
日記に手を伸ばす。思っていたより重い表紙は、僕の手を鈍らせる。
3月24日
正直どうでもよくなった。頭の中がずっとぐるぐるしていて、もう何も考えたくなくなった。一年......?365日......?なんかさ、言葉にならないわ。どうせ死ぬなら何か生きてた証拠でも残してみようかな。ちょっとぐらい爪痕をのこしてやろう。後々有名になったりして。そんなことを考えながら今、これを書き始めた。気が向くことがあったらこれからも書くかも。
これまでの彼女からは想像もできないような様子を字は語っている。
4月8日
今日から学校が始まる。けれども私はなんのために学校へ行くのだろう。勉強なんかしたって何の役にもたたない。将来のため?上等だ......的なことを考えていたけど、私はまだ学校に行かないといけないみたい。面白い人に出会ったかも。私をおかしくさせる人。まさかこんな人がクラスメイトになるなんて、神様は意地悪だ。なんかテンションあがっちゃって、明日一緒にお昼ご飯食べに行こって言ったけどちょっと迷惑だったかな。
4月9日
あの人に余命について言っちゃった......。なるようになれってやつ?彼は以外と優しいみたい。表向きは私のこと全然興味なさそうだけどちゃんと見てくれてる。
4月13日
今日は委員決めをした。どれにもはいる気はなかったけど、彼が図書委員になったから私もなってあげた。私が立候補した時の彼の顔。まあ他の人がなるよりはいいでしょ。
4月15日
今日は高校で初めて友達と遊びに行った!プリクラとったりオシャレなカフェに行ったり、なんか高校生って感じ。人生って感じ。
5月11日
今日から校外学習。修学旅行には行けないから実質これが修学旅行か。なんか悪いことでもしてみようか。
5月11日(夜)
彼と二人でホテルを抜け出して海に行った。彼はいやそうだったけど、押したら来てくれた。ちょっと申し訳なかったかな。服も濡らしちゃったし。
海では彼の秘密について問い詰めちゃった。ごめんなさい。どうしても君の口から聞きたかった。そして彼の余命についても。ごめんなさい。少し無責任でした。こんなとこで謝ってもか......。
5月12日
今日は正直あんまりだった。なんせ私だけ自転車じゃなくて歩きだったし。そんなん言ってところでどうしようもないか。
5月20日
今日はいろいろあった。彼に私のこと話したし。書きたいこといろいろあるけれど一言にしとく。
あずきアイス美味しかった。(ちょっと適当すぎるか?)
6月1日
今日は定期検診。どうせ死ぬのに今更何を診るってんだよ。(特に異常なし)
6月13日
中間テスト死んだ。(特に数学)まあいずれにせよ死ぬか。
6月24日
今日から文化祭の準備が始まる。みんなで楽しく準備をしていたのに雰囲気を壊してしまった。ごめん、凛ちゃん。ごめん、クラスのみんな。そして彼。まさか来てくれるとは思わなかった。ちょっと泣いたのバレてたかな?
6月25日
余命が半分になった。
6月26日
そんな顔をされたら言えなかった。嘘をついてごめん。
文化祭楽しかった。ちょっと嫉妬しちゃったけど。一緒にまわってくれてありがとう。オレンジジュースおいしかった。
お昼ご飯ごめんね。私のわがままを聞いてくれて。
7月20日
やっと期末テスト終わった。いろんな意味で。まあ終わったのはテストだけでいい。今から夏休み始まるし。あんまり予定ないけど彼に聞いてみようかな。
7月27日
彼から夏祭りに行くという言質をとった。メッセージのやりとりだと相手が何考えてるか分からないからむずい。
8月6日
定期検診。ノーコメント。
8月15日
宿題終わらん。やらないでいいか?
8月20日
夏祭り。
彼に感謝。ありがとう。
私が消えたら彼は綺麗って言ってくれるのかな。
9月7日
今日は彼と初めてお昼ごはんを一緒に食べた。外では何回か一緒に食べたけど学校だとなんか新鮮な感じ。あと来週の日曜日遊びに行く。それ目指して学校頑張ろう。
9月20日(朝)
やばい。少し寝坊した。ちょっと昨日の夜寝付けなくって......なんて言い訳書いてないで行かないと。また夜に書きます。んじゃ。
そのページを最後に僕は日記を閉じた。
喉の奥が痒くなる。
溢れてきそうな何かを体の中に押し返す。
「実はもう一つあるんです」
僕を静かに見守り続けてくれていた彼女の母は言う。
「もう......一つ......?」
「はい。どちらかと言うとあの子はこっちを見せたかったのかもしれません」
そう言って数枚の紙を見せてくれる。
「これは......」
彼女直筆の長い文が僕の目を縫い止める。
「はい。あの子の遺書です」
「見ても......いいですか......?」
「ええ、もちろん」
僕はその紙たちを丁寧に受け取る。
そして恐る恐る文字を追う。
遺書
拝啓
この遺書を読んでくれた方達へ
まず最初に、死んでもなお私のことを気にかけてくれてありがとう。感謝の気持ちしかありません。
私からの本当に最後のお願いです。まだ私に少しでも時間を分けて頂けるなら、どうかこの遺書を最後まで読んであげてください。よろしくお願いします。
敬具
最初はクラスのみんなへ、
一緒のクラスになって一年も経ってないけれど、今まで楽しいクラスを作ってくれてありがとう。校外学習とか文化祭とかどれも最高の行事でした。こんな形でお別れを言って、急にいなくなるのはずるいことだけどごめんね。私がいなくなってもいいクラスを作ってください。
凛ちゃんへ、
二年生になってから私と決して短くはない時間を過ごしてくれてありがとう。
凛ちゃんとはいろんな所に遊びに行ったよね。
カフェとかゲームセンターとか。欲しいぬいぐるみがとれなくてめっちゃお金使っちゃったよね(笑)。一回喧嘩しちゃったけど。(その節はごめんね)
もうプチトマトもあげれなくなっちゃった(笑)。
どれを思い返しても楽しかった思い出ばかりで、私は嬉しいです。これからも一緒に遊んだり、笑ったりして楽しい思い出を作れないことはとても残念だけれど、これまでのことを何よりも大切にしたいと私は思います。
あー、まだまだ凛ちゃんと話したいなぁー。
まあこれ以上書いちゃうと止まらないし、これぐらいにしておきます。あ、あと田中君とは末長く(笑)
また凛ちゃんと楽しく話せるように先に待っています。(早く話したいからって私を追わないでね?笑)
幸せな時間を作ってくれて本当にありがとう。
これからも凛ちゃんが幸せに過ごせますように。
家族へ、
まず最初にたくさんご迷惑をおかけしました。そしてまた迷惑をかけてすいません。
私が生まれてから約16年間、ここまで育ててくれてありがとう。たくさん笑って、たくさん泣いて、たくさん怒られて、たくさん甘えて。
振り返ってみると本当に充実した16年間だったなぁとしみじみと感じます。
大人になって親孝行したり、恩返しすることも出来なくなってしまいました。そしてどこかに旅行に行って楽しい思い出を作ったり、食卓で笑い合うことも叶わなくなりました。
けれども私は今、今までの人生を振り返っても後悔はありません。確かに与えられた時間は人よりもちょっと短かったけれど、それも私の人生です。
ここまで私がこんなにも素敵な人生を送ることが出来たのは、紛れもない家族のおかげです。どんなに辛い時でも、家族が私を支えてくれました。
お父さん、お母さん、ありがとう。
私が学校へ行けなくなった時に強くあたっちゃったり、わがまま言ったり、たくさん迷惑をかけて心配させたと思います。
どんなに気持ちが落ち込んでいても私には笑顔を向けてくれたり、私の気を組んでそっとしておいてくれたり。
そんな些細な気遣いが私を助けてくれました。ありがとう。
私はこの家族が大好きです。この気持ちはずっと変わりません。もし生まれ変われるなら、またこの家族で時間を過ごしたいです。
本当に16年間ありがとう。
私が最初になっちゃったけど、いってきます。
最後にK君へ、(本番では名前を書く)
遺書って何書くの?って私はここ最近ずっと考えていました。君はクラスメイトだけどもっと特別な存在。でも家族とはまた違う。じゃあ恋人?それも違うよね。そういう人には何を書けばいいんだろうって。
そうこう考えた結果、私はこの遺書を君への「御礼」として君に贈りたい。
正直ね、私に生きる意味なんてなかった。中学校ではいじめられていて、上げ果ての句、高校二年生で余命一年を宣告された。(もう知ってるから書かなくていいかも)
もうなんかどうでも良くなった。愛すべき自分なんていなかった。もはや自分なんていなかった。
そんな中、始業式の日に君を見つけた。始めは驚いた。まさか人の余命を見ることができるなんて。けれども私はそれよりも、「君自身」に驚かされた。君は「超」がつくほど人が嫌いで、自分軸が強い。何事にも動じず軸がしっかりしている。私みたいに軸がブレブレじゃなくてちゃんと自分がいる、そんな気がした。私はそれが羨ましかった。だから私は君と関わることにした。
それからというもの君とはいろんな所に行ったよね。
レストラン、海、公園、家、花火大会......(これから行く所も付け加える)
そして一緒に時間を過ごす中で、より一層君について知ることができた。
例えば辛いのが好きって言ってたけど実はオムライスが好きなこととか、アイスの好きな味はあずきとか(笑)
まあ冗談は置いといて、私はそれにともなって少しずつ自分の価値観が変わってきた気がした。
「価値観」って書くとちょっと抽象的だから具体的に言うと、私の「目標」かな。
君との時間を過ごすことで君は私の目標になった。
それが次第に変化していって私の「生きる意味」になった。
私は君みたいな人になりたいっていう強い思い。あと一年で死ぬのにって関係なくね。
だから私は君にお礼が言いたい。
私の目標になってくれてありがとう。
私の希望となってくれてありがとう。
私の生きる意味になってくれてありがとう。と心からの感謝の気持ちを込めて。
君はさ、自分のことを大したことないとかしょうもないって思ってるかもしれないけれどそんなことはないよ?
君は君の生きる意味を見つければいい。
自分の幸せは自分で決めればいい。
君は変わった。あの日、席に座って本を読んでいた君とは違う。
だからきっと大丈夫。
これからも君が、かけがえのない存在であれますように。
君が君だけの人生を歩めますように。
それだけを心から願って、私からの遺書とさせていただきます。
そういえば私の家に来てトランプした時のこと覚えてる?先に謝っとくけどその節はごめんね?その時に私が「君はなんで私の名前をよんでくれないの?」って聞いたよね。あれさ、ちょっとだけ「そんなことある?」って思っちゃったんだよね。でも今だったらその気持ちが分かる気がする。やっぱりさ名前ってその人そのものなんだよ。名前を呼ぶってその人を自分の中に人として生かすことじゃん?だから君はずっと私の名前を呼んでくれなかったんでしょ?
だからさ、せめて最後ぐらい。たとえ私がいなくなっても呼んで欲しい。君が私を心の中で生かしてくれるなら......。(ここ後で全部消すかも)
山崎春華
「春......華......」
絞り出したような声が喉を通る。
「あの子の名前を......呼んであげて......」
「春華......春華あぁぁぁぁぁ!」
僕の中で張り詰めていた糸が切れたようだった。
一瞬にして僕の視界は歪み、水滴が頬を伝った。
僕はただがむしゃらに泣いた。
大声をあげて、名前を叫んで、訳が分からないまま泣き続けた。
自分を俯瞰できる自分なんてとっくに崩れて砕け散っていた。
そこにはただ、彼女の死を悼んで泣き叫ぶ自分しかいなかった。
泣いて、叫んで、喚いて。
ようやく冷静になれた時には出る涙も無くなっていた。
すっと出されたティッシュに感謝しながら鼻をかむ。
彼女のお母さんはずっと僕のことを見守ってくれていた。赤い目を潤ませながら。
「ありがとうございます。そしてすいません。取り乱してしまって」
がらがらになった自分の声に少し驚く。
「いや、いいの。泣いてくれてあの子も嬉しいと思うわ」
「そう......ですか......」
仏壇へ目を向ける。
けれども不思議と嫌な感じはしない。
ただそこに写る彼女が......春華の顔がよく見えた。
そしてそれは僕の心を空しく、ほんのりと温かくさせる。
「この子はね......本当に元気な子だった......。明るくて......優しくて......誰に対しても分け隔てなく接していた。あの頃は本当に良かった......」
遠い目をする彼女のお母さんに、悲しみの色はあまり見えない。
「中学生の時......でしたよね......」
「そうね......最初の方は普段通りだったけれど段々と家での口数が減ったいった......。流石に何かおかしいと思って問い詰めてみたらまさかあんなことだったとわね......。あの子も私のことを気遣うようにしててなかなか言わなかったの......。もっと早い段階で気づけていたら何か変わってたかもしれないのにね......」
僕はただ黙って話を聞くしかなかった。
「それからは大変だった......いや、私が大変って言ったらだめね。本当にしんどかったのはあの子なのに......。それからあの子は学校を休んで家から出る回数も少なくなった。家族で出かけることも無くなった。けれども高校には行くって決めていたの。もう一回やり直すって。我ながら強い子だと思うわ。だけどそれすらもまともに叶わなくなった......。あなたも知っている通りね......」
「はい......」
「それからというものまたあの子は追い詰められていた。絶望して......夜に泣いていたのも数回じゃなかった......。もう本当にあの子を救ってあげることは出来ないんだって何度も無力感にさらされた......」
俯いて下を向いている。涙を堪えている様にも見える。
「そんな時にあなたが......輝生君が現れてくれた......」
目が合う。逸そうにも逸せない。
「あなたが現れてくれたおかげであの子は救われたの......。口数も少しずつ増えてきて、学校のことも話す様になってくれた。沈黙に呑まれていた食卓に笑顔が咲くようになったの......。だから......本当にありがとう。私たちに笑顔をくれて......春華に生きる意味を与えてくれて......」
ハンカチで覆う顔と体が小刻みに震えている。
「そんな......僕だって彼女に生きる意味をもらいました......。感謝したいのは僕の方です......。彼女が居てくれたからこそ僕は変わることができたんです......。だから......僕の方こそお礼を言いたいです......ありがとう......と......」
その言葉を噛み締めるほど胸が苦しくなる。
そして喉の奥が痒くなる。
「そう......それは良かった......」
そう言ってにこりと笑うその顔はまさに彼女そのものだった。
今までの彼女の様子が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
あるはずのない水滴が、また頬を伝った。
どんよりとしていた空は少し明るくなっている。
秋を知らせる風がドアを通り抜ける。
「だいぶ涼しくなったわね」
「そうですね。前まで暑かったのに」
「今日はありがとうね。わざわざ来てくれて」
「こちらこそいろいろとお世話になりました」
丁寧にお辞儀をする。
「ふふ、またたまには来てあげて?あの子もきっと喜ぶわ」
「はい。またお伺いします。それでは......これで......」
「あ!そうだ」
「どうしました?」
ちょいちょいと手招きしてくる。それに応えるように顔を寄せる。
「あんまり大きい声じゃ言えないけどさ、輝生君って人の余命見えるんだよね?」
なんで知っているんだ?と一瞬思ったが日記や遺書に書いたことに気付く。
「はい。そうですけど」
「あんまり他人には言わないほうがいいよね?」
「はい。出来れば知られたくないです」
「分かったわ。遺書とか他の人にも見せると思うからその時には気をつけるようにするね」
「ああ、なるほど。ありがとうございます」
そこまで頭が回っていなかった。ありがたい。
「あ、それとね。もう一つ」
「はい、何ですか?」
「......私って余命何年?」
「え?それは......」
恐る恐る頭の上に目を向ける。
「ふふふっ。ごめんごめん。冗談言っちゃった」
「あ、冗談ですか。ちょっと安心しました」
胸を撫で下ろす。
「ふふっ。ごめんね。もう大丈夫。引き留めてごめん」
「あ、はい。それでは......これで失礼します......」
「うん。じゃあまた来てね」
手を振っていたため軽い会釈だけ済ませて帰路に着く。後ろは振り向かない。
真っ直ぐ続く道にはまだ水たまりが少し見受けられ、地面も湿っている。
雲の隙間から顔を出す太陽はとても綺麗で、輝いている。
まるで道を照らしてくれているかのようだった。
「太陽はあんまり好きじゃなかったんだけどなぁ。輝かしいし。輝生って名前だけど君の方が輝いて見えるよ。どちらかというと僕の方が華みたいだなぁ。太陽を見て育つ華って感じがする」
角を曲がると当たり前のように桜の並木が見えてくる。
『桜って本当に綺麗だよね。私と桜、どっちが綺麗?』
「......いや、やっぱり華は君じゃないと駄目だなぁ」
そうも思った。
* * * * * *
「今日から気温が上がり、長袖一枚でも十分過ごしやすい気温です。一日を通して寒暖差が少ないので......」
今日は暖かそうだからブレザーはいらないかも。
そんなことを思いながら小さくなったパンを口の中に押し込む。
そのまま立ち上がり、テレビを消して身支度をする。始業式は持ち物が少ないため肩が痛くならなくて済む。軽いリュックを背負って家を出る。ちゃんと仏壇にまで聞こえるように声を残した。
春の優しい陽気がそっと僕を包み込む。
冬には見られなかった色鮮やかな華たちや、鳥の鳴き声が春の訪れを感じさせる。
いい季節になったもんだ。
意気揚揚と学校への道を進んでいく。するとようやく桜の並木にたどり着いた。
目の前には一面桃色の桜の木々が広がっている。
立ち止まってその美しさに感嘆する。
「綺麗だ......」
思わず声に出てしまう。気づいた時には遅かった。
「なー!綺麗だよな。分かるぜ」
軽く肩をどつかれる。
「あっ、田中じゃん。久しぶり。元気してた?」
照れを隠すように少し大きい声で言う。
「よう。もちろんずっと元気満々」
「それは何より」
「輝生も元気そうだな」
「まあね。君よりはだけど」
「何か悩んでんの?」
「いや、これが通常モード」
「ははっ、じゃあ仕方ない」
僕はあれから田中と自然に話せる仲になった。いや正確に言うと、話せるようになるまで頑張った。今まで友達を作ろうとしてこなかった僕にとって誰かに話しかけたり会話を続けることは至難の技だったけれど、なんとかここまでたどり着いた。最初はぎこちなかった会話も今では冗談混じりに話せている。
「ふと思ったんだけどさ」
「ん?どうした?」
「輝生って一年前に比べてめっちゃ変わったよな」
「え?そう?」
「うん。一年前まで全然話そうとしなかったし、ずっと一人でいたのに今では普通に話せてるじゃん」
こいつも人の考えていることが分かるのか?と一瞬思ったが流石になさそうなので無視する。
「そうかな〜。まあ確かにそうかもね」
出来るだけ何もなかったかのように答える。
「何か自分の中で変わったことでもあったの?」
「そうだなー......」
言うか一瞬躊躇う。けれども言わない理由もない。
「自分に生きる意味が出来たから......かな......」
「えぇ?そんな壮大な話?ちなみに君の生きる意味とは......」
「......内緒」
「えぇ〜いいじゃんちょっとぐらい。言って減るもんじゃないし」
「流石に言えないかな〜」
「一生のお願い!」
「一生のお願いっていうのは死ぬ間際しか通用しないんだよ。残念ながら」
「そんなの人間いつ死ぬか分からないでしょ」
ちらっと上を見る。
「まあ君はまだ大丈夫だよ。きっとね」
「何を根拠にしてんの?」
「感」
「感?はぁ」
明らかに落胆している。
仕方ないなぁ。
「あー......凛さんいるけどいいの?下向いてて」
「え?まじで?どこ?」
食いつきがいい。
「ほら、あそこ」
「うわ、ほんとだ。ちょっと行ってくるわ......。ってかなんでお前が知ってんの?」
怪訝そうにこちらを見てくる。そういえば僕が知ってるのはおかしいのか。
「僕はなんでも知ってるんだよ」
ちょっとだけドヤ顔をする。
「はぁ。まあいいや。あとで問い詰める」
そうとだけ言い残すと早足で向こうへ去って行った。
僕はまた一人で歩く。
すると一枚の桜の華びらが目の前を落ちていった。
「君の生きる意味とは?」
それはもう決まっている。
君が僕に与えてくれた。
立ち止まってさくらを眺める。
僕の生きる意味とは......。
『君とさくらを見たい』
完
この度は「君とさくらを見たい」を読んで下さりありがとうございます。執筆を始めてから早くも半年が経ちました。最後まで読んでいただいた皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。
この作品を読んで感じたことや疑問に思ったことがあれば是非コメントをしてください!どんな些細なことでも大歓迎です!




