19.建国
私の元々の目的と目標を考えれば、これは願っていたことだ。奇跡的な速度と圧倒的な驚愕の合わせ技で意識を手放しそうになるが、このチャンスを逃すような真似など、死んでもしたくない。商人の娘として、夢のためにも、絶対に。
その上で言わせてほしい。相手は本当に人間ですか? 絶対に遭遇してはいけない凶暴凶悪な野生動物とかじゃない? 違う? そういうのと対峙したような感覚なんですケド!?
「フム。どこかで見たことありそうだ。確か、クラファイドのところの」
「は、はい。その通りにございます」
声を掛けられた。しかも知られている。心臓が早鐘のように打ち鳴っている。もうすでに私の心臓は複数個犠牲となっているのに、今日はまだ記録を更新し続けるらしい。私は今日を生きて帰れる気がしない。もう1回言わせてほしい。私は今日を生きて帰れる気がしない。
手足が震える。隠し通せているか? く~~、事前に御手洗いへ行っていなければ、もっと悲惨な情景となっていただろう。
「彼の商会には鍛錬器具を用意してもらったことがある。礼を言わせてもらおう」
「い、いえ。そのような勿体なきお言葉、私奴にではなく、実際に用意した父バルドムや職人にされるべきです。私奴は何もしておりません故」
若干声が裏返った。恥辱に顔を赤くする。礼で頭を下げていてよかった。見られずに済んでいる。
上擦ったのは仕方ないだろ。アナスタシア様が怖いんだよ! アルドラ様があまり怖くないから、ちょっと期待していたけど、駄目だ。怖い。怖すぎる。
「耳が赤いな。別段上擦ったことを気にする必要はない。騎士団長も時折上擦る」
「ひゃい!?」
見られていたし分かられていた。思いがけず知れた騎士団長と同じってことは誉れだね。ヤッタゼ、こんちきちょう!
「先程から怯えているようだが、何を怯えている、ベルモット」
「え、そ、そんな、怯えてなど」
目が潤んできた。怯えるだろ、普通。理屈とか理論とかどうでもいい。だって本能だもん、これ。
それだけで人を殺せそうな視線。その恐怖を遥か超える威圧を放つオーラ。
しかし、これを乗り越えなければ、夢は叶わない。頑張れ、私! 負けるな、私!
「まぁ、よい。おい、アルドラ。やるぞ」
「え、あ、うっす」
なぜアルドラ様はそこまで気安く接せれるのでしょうか。王族だからでは説明がつかない距離だ。言葉遣いが明らかに親友の距離感。
というか、さっきまで果実水飲んでいて話聞いてなかったな!?
マナやレレイラもどうして眠そうにうつらうつら出来るのか。怖くないの? このプレッシャーだよ?
そもそもやるって何? 何をするおつもりですか!?
「ベルモットも来なよ」
「ハイ」
困惑し、混乱する頭で、何も分からず返事した。
△▼△▼△▼△▼△▼
「コッ!?」
アナスタシア様は背中を反りながら地に頭をおつけになっている。空気を求めて口をパクパクさせている。
しかし、すぐに深呼吸をし、立ち上がりました。倒れてからおよそ8秒だったでしょう。
アナスタシア様は自身の掌底で軽くこめかみをトントンと叩き、すぐに構え直しました。アナスタシア様は間髪を入れずに組み付きました。しかし、すぐに投げられてしまった。
私も少しだけ格闘を習っていた。商人の娘がなぜと思うかもしれないが、要は護身術と逃走術。商売をしていれば必ずと言っていいほど現れる荒っぽい客への対処用だ。
私には才能がほとんどなく、今では辞めてしまったが。
その上で、私には見えなかった。アルドラ様がいかにしてアナスタシア様をお投げになっているのか。
「う~~ん。指で挟んでるのかな」
マナ様がスコープをお覗きになりながら仰います。そのスコープを通せば、速い世界も知覚できるのでしょうか。商売の匂いがする。
「ここまで受け身が難しいのは初めてだ」
「緩めます?」
「怒るぞ?」
17度目の投げ。アナスタシア様は顔から落ちられました。お顔に土をお付けになりながら決死の特攻をなさいます。それも投げられました。
「投げ、は、苦手、だった、のでは?」
「打撃に比べれば苦手ですよ?」
苦手って何だっけ?
「日が傾いてきましたし、今日はもう止めときましょうか」
「仕方あるまい。次こそは必ず」
怖くないのだろうか。こんなにポンポン第2王女様を遠慮なく投げ飛ばして。普通なら極刑ものだ。
「一応投げ中心にしてみましたけど、どうでした?」
「受け身ばかりが上手くなっていく」
「いいじゃないですか。怪我しませんよ」
「次は打撃系だな」
「じゃあ、もう少し鍛えてきてもらって」
アルドラ様が私の方に向かって歩き始めます。アナスタシア様との中点あたりで止まり、振り返ります。
「そう言えばアナスタシア様」
「ん? どうした?」
「国を興してみたいんだよね、小さくてもいいから」
「村にしておけ。聞かなかったことにしてやる」
空気が凍った。間違いなく私は死を意識した。しかし、それはアルドラ様には効かなかったようで、ただニヘラとお笑いになりました。
「じゃあ、村でもつくって国と言い張ります」
「本物の国となった途端、私と敵対することを努々忘れるな」
「アナスタシア様は立場上不参加ということで、まぁ、しょうがないね。じゃあ、僕ら4人で頑張るぞ~~」
「え!?」
「ひっそりやれよ」
いつの間にか巻き込まれていた。なぜ!?
「というわけで、銭勘定はよろしくね、ベルモット財務大臣!」
この公爵令嬢は、いったい何を言っているんだ!?
私は目を輝かせ、胸を弾ませながら、心の中で突っ込んだ。