144 ゲーマーズ・ハイ
― 生きたまま、設定にないはずの地獄に連れていかれた ―
外の世界では、まだ起こったことが広まっていないらしい。
ゲーム途中で切れたのは、ただの、通信エラーだと説明しているようだ。
「運営はパニックだよ。僕も呼び出されたり呼び出されなかったり、めちゃくちゃだ。僕が携わった部分なんて、『アラヘルム』全然関係ないのに」
「だろうな」
「元の世界に、戻らせないって。プレイヤーが開発者が想定していない地獄に行ってしまいました、なんて広まったらどうなるかわからないからね」
グレンが何度かモニターを出して、やり取りしていたが、数時間前からずっと放置している。
画面にソースコードのような文字列が流れていくのが見えた。
「まぁ、僕はこっちの世界のほうが好きだし、このままずっとここにいてもいいんだけどね」
「呑気だな」
「呑気じゃなきゃ、モブキャラとして入り込んだりしないよ」
クリエイターや、死の神にかろうじて助けられた者たちがドタバタしているを、遠くから眺めていた。たまに、地獄に触れて発狂した者の叫び声が響いていた。
『アラヘルム』は祭りの後のようだった。
AIロボットやドローンさえ、どこにも存在しない。
『アラヘルム』の樹だけが変わらず、堂々と葉を揺らしていた。
「グレンはここにいていいのか? ジルたちと同じ、このゲームの運営側なんだろ?」
「別に、どこにいたって同じだよ。僕は地獄なんて作ってないし、誰かが作っていたとも聞いていない。行く手段だって、わかるはずがないんだから」
屋根の上で、空を眺めながら言う。
たまに、耳に触れて何かのコードを送るような仕草をしていた。
「ソラこそ、ここにいていいの?」
「ん?」
「だって、闇の王討伐だとか、新帝を決めるだとか、祭りは終わったんだ。ソラが死者の国『リムヘル』に帰ったって、誰も追いかけないよ」
足を伸ばした。
「AIロボットを管理する余裕も無いんだから」
「まぁ・・・俺にも色々あるんだよ」
『リーネスの馬車』のギルドのある建物を見つめる。
深雪は『リーネスの馬車』のギルドマスター、ジルに連れていかれてから、一度戻ってきたものの、どこか落ち着かない様子だった。
記憶を操作された様子はないが、地獄に行った者たちが気になるようだ。
「RAID学園の生徒がいるから?」
「まぁ、そんなところだ。結花がいつ、こんな契約をしたのかも気になってるんだよ」
「なんか、心当たりでもあるの?」
「・・・・・・」
顎に手を当てる。
「・・・俺は、この『イーグルブレスの指輪』の前のゲームで、闇の王だった記憶があるんだ。思い出したと言ったほうが正しいな。ユグドラシルの樹を中心とした、天界と魔界の記憶だ」
「・・・・・・」
グレンが少し驚いたような表情をしていた。
「俺はプレイヤーに殺されたんだ。確かに死んで・・・転生したら、近未来指定都市TOKYOのRAID学園の生徒になっていた。結花も同じ世界にいたのを覚えてる。元々、ワルプルギスの夜の中心となる魔女だったから、魔鬼を呼べたんだろうな」
「・・・・僕はこの前の作品は、クリエイターとしてゲームに携わってるわけじゃないからわからないけど・・・」
「?」
グレンが一呼吸ついて、緊張しているのが伝わってきた。
「サービス終了後、他のゲームに行けなかった者たちは、どうなったか。消滅させる前に、少しだけ、覗いたことがあるんだよ」
一羽のカラスが飛び立っていく。
「顔のない、悪魔のような者たちが飛び交っていた。彼らが、天界で正義を唱えていた者たちの魂を吸い取っていたんだ。思わず画面を閉じて、なかったことにしちゃったけどさ、もしかして、ソラの見た地獄と似てたりする?」
「そうだな。たぶん、似たような世界だろう」
俺も地獄の全てを見たわけじゃないが・・・。
「ククククク」
突然、グレンが頭を抱えて、笑いだす。
「あぁ・・・そんなところに、何万人ものプレイヤーの魂を送り込んだんだ。戻れないどころか、地獄にいる。このゲームはサービス停止・・・いや、むしろ、サービス停止なんてしたら、彼らは一生助けられないか。僕らどうするんだろうな」
グレンが天を仰いで、他人事のように話していた。
「あー、駄目だ。僕、麻痺してる。感覚がおかしくなってる」
「・・・・?」
「これが、世界に入るってことか。僕が作ったのに、僕の知らないところがあって・・・駄目だ。面白すぎて、地獄に行った人たちのことまで考えられない。ゲームって最高すぎる」
自分の手を見つめて、狂ったように笑いをこらえていた。
別人と話しているようだった。
いや、これが、本来のグレンなのだろうか。
トンッ
『ねぇ』
ヴァイスがテイアを引っ張って、鉄球を掴んでいた。
「ひっく・・・ひっく・・・」
『ソラ。テイアが自分で死のうとするんだよ。ちょっと、預かっててくれ』
「俺に面倒なこと押し付けるなって」
テイアが目をごしごし擦る。
「テイアは死んで、ゴーダン様に会いに行きたいのです!」
『だから、君はまだリストにないから、死なれたら困るんだって。俺、色々やらなきゃいけないことがあるんだ』
ゴウン
『じゃ、よろしく。一応、死なせないようにね』
ヴァイスが鉄球を投げてきた。逃げるように、飛んでいく。
「ったく・・・」
「離すのです。テイアは、テイアは・・・」
「ただでさえ、大変なことになってるんだからごたごた騒ぐなよ。ティターン神族の末の妹なんだろ?」
「そそそ、そうです。テイアは誇り高き、ティターン神族の末の妹・・・自ら、命を絶ったりしないのです」
鼻水を垂らしながら、呼吸を整えていた。
単純な奴だよな。テイアって。
「ソラ様」
深優が蝶のように飛んで、屋根に足をつけた。
真っ白なスカートがふわっと揺れる。
「RAID学園の生徒が目を覚ましたようです。誰かが状況の説明をする必要があるのですが、水瀬深雪はパパといるので、ソラ様にお願いするようにと」
白銀の髪を耳にかける。
「私が出ると、混乱するので、変装します」
「RAID学園の先生たちはいないのかよ」
「先生たちは皆、結花が地獄に連れて行きましたから」
「!?」
深優が淡々とした口調で言う。
「・・・・近未来都市TOKYOから、ここに入っているプレイヤーの中で、RAID学園の生徒以外に、地獄に行かなかった者はいるのか?」
「パパが確認していますが・・・」
「いないと思うよ。それは、さっき情報として回ってきた」
グレンが耳に手を当てて、ゴーグルを出す。
「貴方は・・・・」
「グレンは『イーグルブレスの指輪』のクリエイターだ」
「うん、今、もう一度見てみたけど、生き残りリストに載っていない。地獄に行ったのは確実だね」
目を丸くする深優を無視して、グレンが話を続ける。
「近未来指定都市TOKYOのプレイヤーで生き残ってるのは、結花の契約で守られたRAID学園の生徒だけだ。RAID学園の生徒は、誰一人として欠けることなくここにいるみたいだね。メンテで消された者も、全員戻ってきている」
「・・・・・・・・・・」
「近未来指定都市TOKYOの人間たちと友好関係を築いてきた、運営側の人たちも連絡がつかなくなってるんだって。もう、さっきからアラームが鳴って、うるさいから切ってたんだ」
ため息をついて、ゴーグルを外した。
ジジっという電子音が響いていた。
地獄から戻ってくる直前、結花が申し訳なさそうにほほ笑んでいたのを思い出していた。俺に、何を求めていたんだろう。
「あれ・・・私たち・・・ゲームの中で? 天路蒼空くんに会いたくて・・・」
RAID学園の生徒たちが目覚めたのは、ちょうど月が沈みかけた頃だった。
一人の生徒が周りに横たわる生徒を見て、青ざめていた。俺がいることにも気づいていないようだ。
「みんな? どうしたの? あれ? 私、どうしたのかな・・・」
不安で泣き出すと、深優が変装したままそっと頭を撫でていた。




