143 状況整理
「クリエイターがデバッグの感覚で、自分たちの作ったゲームに入ることは珍しいことじゃない。あ、デバッグってのはテスト的な感覚で・・・」
「わかってる。俺も一応、RAID学園でその辺は習ってるからな」
「あぁ、そうだよね。僕は今、クリエイターが使うデバッグモードのアバターに切り替えたんだ」
グレンが『アラヘルム』の樹に寄りかかりながら話す。
デバッグモードのアバターと言われても、今までのグレンの体と何も変わりないように見えた。
「僕が制作に携わったのは、主にアポロン王国の街並み、キャラのステータス調整だよ。まぁ、作ったというだけで、彼らの行動は制限していない。それぞれが自由に動けるようにしたくてね」
モニターにアポロン王国を映しながら説明する。
ガラス細工の店や、香水のような小瓶、防具や武器の並ぶ、砂漠を連想させるような王国だった。城下町のステージには、タブラッカなどの楽器が置かれていた。
「アポロン王国から少しだけ離れた小さな街で靴磨きをしてたんだ。たまに、アポロン王国から来た人たちを見たり、プレイヤーを見たり、酒場を覗いたり、一部クリエイターみたいに表には出なかった」
「お前らと、あいつ・・・『リーネスの馬車』のマスターは違うのか?」
「一応、同じ会社だけど、方針は全然違う。あっちは、この世界にシナリオを作ってユーザーを増やしたいんだ。僕たちは、この世界にシナリオなんていらないって思ってる」
ただ・・・と深刻な表情を浮かべた。
「・・・今回結花が地獄へ引きずり込む悪魔の召喚したことは、誰も予測していなかったことだ。この世界に地獄なんてないと思っていたから、どうしてできたのか、今回現れた悪魔は誰が作ったのか、疑問を上げればキリがない」
「・・・・・・・・」
「僕と同じ考えだったクリエイターも、ジルと同じ考えになる者も出てくるかもしれない。シナリオ通り、安全なプレイ環境を作るべきじゃないかってさ」
モニターを閉じた。
「今回は大量のプレイヤーが巻き込まれたから。ねぇ、ソラ・・・」
「ん?」
「地獄は・・・・結花が召喚した悪魔が連れて行った地獄は、どんな世界だったんだ・・・・?」
額に汗を滲ませながら、こちらを見る。
「実は地獄だけど、そこまで変な世界じゃないとか・・・」
「そうだな。普通の奴らは、発狂してたよ。自分の肉体を掻きむしって悲鳴を上げている者もいた。俺と深雪は、RAID学園の生徒だから、結花の契約通りこっちに転移してどな」
「っ・・・・・・・」
「ヴァイスは、地獄に触れて戻ってきた者の様子を見て、殺したほうが楽になれるんじゃないかって言ってた。俺たちがこっちに来る瞬間、連れてこられた者たちに悪魔が群がるのが見えた。断末魔が今でも耳に残ってるな」
言葉を失っていた。
「運営側がこのままサービス停止する可能性もあるのか? お前らが、この世界を閉じるという選択肢も・・・」
「いや、『イーグルブレスの指輪』はプレイヤーの魂とアバターを同期しているんだ。絶対にそんなこと、できないよ」
『何をごちゃごちゃ話してるのです?』
シズが猫耳を触りながら近づいてきた。
「あ・・・あぁ、死の神か」
「見えるのか?」
「このデバッグモードのアバターだとね。普段は見えないけど」
グレンが耳を触りながら言う。
『この人は?』
「えっと、僕はモブキャラだよ。ほら、元々霊感があって、死の神が見えるんだ」
『ふうん。変わった人もいるですね』
グレンの適当な嘘を、シズが興味なさそうに流していた。
『RAID学園の生徒の回復、終わったです。結界は明日まで解きません。地獄を思い出して発狂されたら困るので』
杖を仕舞って伸びをする。
『では、私は疲れたので休みますです。ヴァイスが来たら休憩中って言ってくださいです。死の神の仕事は、明日まで休暇をもらうです』
「あぁ」
ふわぁと、あくびをして、『アラヘルム』の樹に上っていく。
少し上がった太い木の枝で、猫のようにうずくまって眠っていた。
「死の神は個性的だね。この事態に動じないとは」
「あいつが特殊なだけかもしれないけどな。とりあえず、RAID学園の生徒たちを見てくる」
「あ、僕も行くよ」
息をついて、結花が連れてきたRAID学園の生徒たちが横たわる場所に向かう。
グレンが駆け足で、後ろからついてきた。
生徒たちは、傷一つ無くなっていた。すぅっと、穏やかな寝息を立てたまま、近づいても起きる様子はない。
「結花は、RAID学園から消えたこいつらを戻すために、地獄から悪魔を呼び出した」
結界は近づくと、水の波紋のように揺れていた。
「RAID学園か・・・彼らが主要キャラになれないと判断された者たち・・・」
「結花も途中で消えただろう?」
「・・・そうだね。データベースから、結花の名前は一時的に消えた」
グレンが屈んで、手前に横たわる生徒を見つめる。
「僕もこのデバッグモードのアバターにしてから気づいたことだ。一緒にいたはずなのに、全くわからなかった。中の人たちって、こうゆう感覚なんだね」
風が『アラヘルム』の樹を大きく揺らした。
「RAID学園はさ、主要キャラを育成する学園として、近未来指定都市TOKYOに作られた。ヒーローでもヒロインでも、悪役でも、キャラが立って、人気が出そうだったらなんでもいいって聞いてるよ」
「結花は・・・ここにいる奴らは、不要になったってことか」
「・・・不要というか、メンテナンスが入る予定だったんだろうね。次現れたときは、主要キャラになれるように、ステータスとかいじるつもりだったんだろう」
言いにくそうに話しながら、その場に座り込んだ。
「RAID学園は、どのゲームでも活躍できるキャラを作ることが目的なんだ。天路蒼空や、水瀬深雪をはじめ、どこに行ってもファンができるようなキャラを作成する・・・ってさ」
「何のために?」
「僕らのいる世界から見て・・・推しを育成するって言えばいいのかな。僕らの世界は、あまり治安が良くないんだ。暗いし、イジメや犯罪も多くなってきたし。だから、国民にとって絶対的な憧れ、推しみたいなのが必・・・」
グレンが急に話を止めた。
スッ
「ソラ様・・・・」
「深優」
振り返ると、深優が立っていた。
50人以上のRAID学園の生徒たちを見て、唖然としていた。
「どうゆうことです? 何があったのです?」
「どうしてここにいることがわかった? お前らは確か祠で・・・」
「それは・・・・」
「テイアが、フリージアを拷問して無理矢理吐かせたのです」
ゴウンッ
足元が軽く振動する。
テイアが鉄球を地面に置いた。鎖からは、エルフ族の血の匂いがした。
「彼女はティターン神族を馬鹿にしすぎです。なので、半分意識を失わせて、聞き出しました。永久封印なんて、バカバカしいのです」
鼻息を荒くしていた。
それにしても・・・と、周囲を見渡す。
「確かここでは、闇の王を討伐するための新帝を選出する、闘技場があると聞いていましたが、更地ではないですか。ここには、ティターン神族のゴーダン様もいると聞いていたのに、騙されたのでしょうか」
「話せば長くなる」
テイアがぐぐっと顔を近づけてくる。
「テイアはゴーダン様を探しているのです。闘技場は無くてもいいのです。ゴーダン様はどこかわかりますか?」
「ゴーダンなら地獄に連れていかれたよ」
「!」
ヴァイスが死の神の道具を仕舞って、近づいてきた。
「死の神ヴァイスがどうしてここに?」
「いろいろあってね。今、確認してきたところによると神々まで、地獄に落とされている。ティターン神族はもちろん、天候の神ユピテルもね」
「ど、ど、どうゆうことですか? ゴーダン様が地獄だなんて、そんなことしていません。何かの間違いじゃありませんか?」
テイアが鉄球の鎖をぎゅっと両手で握りしめていた。
「ゴーダン様は神です。神が地獄に落ちるなんて」
「いや、事実だ。死の神のリストに書かれず、魂は捌かれず、生きたまま地獄に連れていかれた」
「え・・・そんな、な、何かの間違いじゃ・・・」
「結花が、魔鬼を召喚したんだ。闘技場ごと、地獄へ引きずり込んだ。助かったのは、ここにいる数十人だ」
「!?」
テイアが一歩下がる。唇をわなわなさせながら、目を潤ませていた。
「・・・・・・・」
深優が口を薄く開いたまま、視線を逸らした。
ヴァイスが爪が食い込むくらいに拳を握りしめながら、まだ眠り続けるRAID学園の生徒のほうを見つめていた。




