141 空白(未知)のルーン
『闘技場で地獄に触れた者たちは、死の神ができる限り運んだ。度合いに寄るけど、元に戻るまで1日2日ってとこかな。すぐに応急処置したし、軽傷だから、湧き水の近くで休んでもらってるよ』
「プレイヤーで助かった者はいるのか?」
『10人にも満たないくらいだね。死の神のリストに名前は一人も書かれていない。ただ、生きたまま地獄に連れていかれたんだ』
「・・・・・・・・・」
『アラヘルム』の樹の木陰に、死の神が集まっていた。
RAID学園の生徒たちは、無表情のまま、保護のルーンを持つシズの結界の中にいる。
記憶を呼び覚ます、復旧の魔法をかけているのだという。
『ここにいるRAID学園の生徒たちは、結花が地獄から転移させた人たちだって。他の生徒はギルドの酒場のあった場所にいるはずだよ』
「ヒナは助かってるんだろ?」
『もちろん、俺が真っ先に助けた。ヒナさんと・・・あの、誰だっけ。グレンとかいう奴もついでにね。あれ? さっきまでここにいたんだけどな』
「そうか」
ヴァイスが深雪をそっと、木の根の傍に下ろした。
『ヒナさんが地獄に行かなくてよかったよ。闘技場にいたRAID学園の生徒で地獄に連れていかれた人たちも、ここにいる人たちと同時に戻ってきたんだけど、廃人みたいになっててさ』
「命は助かったのか?」
『一応ね・・・でも、『アラヘルム』の樹の力を借りても難しいくらいダメージを負っている。今はラダムに預けてるけど、このまま殺したほうが楽なんじゃないかって。彼らの魂には、まだ地獄が残ってるんだ』
深雪に、ふわっとローブをかけ直す。
「蒼空!」
はっとして、振り返る。
「蒼空、なのか? RAID学園中等学部2年の」
「あぁ、お前が助けてくれたのか?」
「!」
いきなり、2人のRAID学園の生徒が話しかけてきた。
見知らぬ顔だったが、2人とも高等学部の学年章を襟元につけている。
「お前ら・・・・」
『触らないでです』
結界に近づこうとすると、シズが猫耳をピンと立てながら杖を立てた。
『今、記憶を取り戻してる途中です。触ると、記憶がぶれるです』
『シズはこれでも、死者の記憶を巻き取るのが得意なんだ。ま、彼らは死んでないけど、任せて大丈夫だよ』
「・・・あぁ」
シズが黒い杖を回すと、結界が強化されていた。
なぜ、結花はRAID学園の生徒を救おうとしたのだろう。
無関係の者まで、地獄に引きずり込んでまで。
『ソラ、ワルプルギスの夜・・・って知ってる?』
ヴァイスが『アラヘルム』の樹に触れながら言う。
「この世界の仕組みは知らない。俺の転生前の世界では、魔女が精霊と戯れて契約し、魔族が力を高めるための行事だった。闇の力を高める、魔族には欠かせないものだったな」
『なるほどね。まぁ、その後の世界は知らないか』
「?」
ヴァイスが長い瞬きをした。
『俺も昔、ユグドラシルの樹の世界にいたんだよ』
「!?」
『最初は、死の神を一人でやっていたんだ。ひたすら魂を狩っていくっていう単純作業をね。だから、天界の者でも魔界の者でも、プレイヤーでもない。完全に独立した、死の神だ』
「は? じゃあ・・・」
ヴァイスがにやりと笑う。
『死の神として、闇の王アイン=ダアトの魂を狩ったのは俺だよ』
「・・・・・・・・!?」
『覚えてないだろう。君の魂は、思っていた以上に美しくてね、天国にも地獄にもいかずに、混沌の中へと帰っていった。溶けるようにさ。よく覚えているよ』
黒いガラス玉のようなものを出して、指で突いた。
『その後の世界を知りたい?』
「魔族は壊滅したんだろう? 俺もプレイヤーとして、『ユグドラシルの扉』ってゲームには入ったことあるから、何となくわかってる。魔界は存在しなかったからな」
『というか、『ユグドラシルの扉』のゲームになる前に、あのゲームは一度サービス終了してるんだよ』
「サービス終了?」
『そう、終了」
あっさりと頷く。
「闇の王が敗れて、天界の使者ルーナは裁判にかけられた。闇に与する者が処刑されたんだ。しばらく、世界は破壊と延命を繰り返しながら、何とかやってたけど、最期はあっけなかった』
「・・・・・・・・」
さぁっと風が吹く。
RAID学園の生徒の結界に、葉が落ちていくのが見えた。
『プレイヤーがどんどん減っていき、ついに、ゲーム自体がサービス終了になったんだと。闇の王がいなくなった時点で、プレイヤー側もやる気がなくなったんだろうね』
淡々と話していたが、言葉の節々に怒りを感じられた。
『サービス終了後の世界は・・・そうだな。人がよく消えたかな。次のゲームで使いたいキャラは、クリエイターに声をかけられた。俺もその一人だよ。選ばれなかった者は、世界ごと消去するって聞いてた』
黒い球を24個に分ける。
『人気が無いゲームに対して、人間は残酷だね。中の人はその世界で生きてるのにさ』
「じゃあ、俺がプレイした『ユグドラシルの扉』はなんなんだ? あのゲームをやった限りだと、人々の生活はあったように見えたが」
『さぁ、あくまで風の噂だけど、近未来指定都市TOKYOの人間が何らかの目的で、一時的に復旧させたんじゃないかって。心当たりとかないの? 君のほうが詳しいはずだろう?』
「・・・・・・・・・」
腕を組む。
『ユグドラシルの扉』は『イーグルブレスの指輪』の前にやらされたゲームだった。
ギルドにあるクエストをこなし、スコアを上げていく、普通のゲームだ。
ユグドラシルの樹は変わらずあったが、天界と魔界の争いはなく、ダンジョンの攻略が中心だった。
ダンジョンの攻略・・・。
俺の記憶が何か、抜けているのか?
フィールドは確か、炎、氷、風、地、雷、闇、光の7つあり、それぞれのダンジョンを攻略していくものだった。
闇のダンジョンを攻略した時点で、俺はRAID学園含めたすべてのプレイヤーの中で、トップのスコアを叩き出した。
後は配信のために、リスナーからリクエストのあった他のフィールドをうろうろしていただけだったが・・・。
ダンジョンに何があったのかは、ほとんど覚えていない。
『ま、そんな感じで、こっちに転移してきたんだ。死の神は1人じゃ足りないから、増やしてもらってね。だって、一人であんな人数捌ききれないって』
分かれていた黒い球をパンッと割った。
破片が、『アラヘルム』の樹に当たって消えていく。
「また死の神になるなんて、物好きだな」
『ソラだって、闇の王になってるだろ? 運命は変えられても、宿命は変えられない』
「まぁ・・・そうだな」
ヴァイスが天を仰ぎながら、体を伸ばした。
『この世界は、ユグドラシルの樹の世界と通じている。一本の樹は『アラヘルム』の樹と『リムへル』の樹に分かれた。闇と光・・・登場人物を変えて、同じことを繰り返すんじゃないかって思ってたけど、どうやら違うらしいね』
「・・・・・・・・」
『・・・俺が、あの悪魔を封じられたなかった責任は大きい』
横たわるRAID学園の生徒たちを見ながら、奥歯を噛む。
「どうして空白のルーンのことを知らなかったんだ?」
『知らなかったわけじゃない・・・空白のルーンは未知のルーン。しばらくは俺と2人で魂を狩っていた。まさか、前の世界から引き継いでると思わなかったんだ・・・まだ、切れていないなんて・・・』
ザザッ
「蒼空様!!!!」
ヒナの甲高い声が聞こえた。手を振りながら駆け寄ってくる。
後ろにはぜぇぜぇしながら追いかけてくる、グレンが見えた。
「ご無事だったのですね! さすが蒼空様です」
『じゃあ、俺はいったんこれで。死の神の連中と、少し会話しなきゃいけないからね』
「待てって、ヴァイス」
飛ぼうとしたヴァイスを引き留める。
「誰だ? 空白のルーンを持つのは・・・」
『・・・ヒスイだ』
「!?」
『・・・・・・・』
ヒナのほうを一瞬だけ見てから、マントを後ろにやって飛んでいった。
俺は自分がプレイヤーに敗れた後の世界を知らなかった。ヒナが?
「あれ? どうしましたか? なんか重要な・・・」
「いや、それより、よく2人とも無事だったな」
「ぶ、ぶ、無事じゃないって! 僕は、置いて行かれそうになったんだから」
グレンが真っ青になりながら言う。
腰に差していた剣はどこかに行ってしまったらしく、靴は片方脱げていた。
「ひどいですよ。あからさまにヒナしか助けないって感じで、僕、必死にしがみついてきたんだ。地獄に行くところだったって。地獄なんて・・・き、聞いてる?」
「あー、蒼空様は、ちゃんと聞いてますよ。私もちゃんと聞いてますから」
「そう? でも、こうやって文句を言えるだけ、まだよかったんだけどさ」
グレンの文句を流し聞きながら、結界の中に横たわるRAID学園の生徒を眺めていた。




