139 ユイカ
『・・・ソラ、本当に結花って子が何者か知らないのか?』
『RAID学園の結花は、な』
『どうゆう意味だ?』
『・・・・・・・・・』
ワルプルギスの夜は、転生前の世界では、魔女が精霊と契約して、魔族の力を高める日だった。
魔女は力が強いほど、より強い精霊を召喚できる。
ワルプルギスの夜、闇の力が高まって、倒れたルーナを守っていた少女は、確か『ユイカ』という名前だった。彼女はワルプルギスの夜では、中心となっていた少女だったが・・・。
まさか、な。
『遅いぞ。ヴァイス』
ヴァイスと同い年くらいの見た目の少女が、腕を組んで頬を膨らませていた。
『悪い。これで、全員集まったな』
『そうじゃの』
闘技場上空に24人の死の神が集結し、円になって地上を見つめていた。
バトルフィールド内では氷と水のバトルがぶつかり合い、飛び散る氷に観客が興奮していた。ギルドから叫ぶような応援の声が聞こえる。
『この一大事に誰も気づいていないとは。地上の者は馬鹿だな』
『仕方ない。地獄を感じたことないのだから』
全ての死の神の手には武器が握られ、足元には各々のルーンの魔法陣が展開されている。
ヴァイスが指定する位置につくと、魔法陣が浮き上がった。
『久しいな。元気だったか?』
一つ飛ばして隣にいたラダムが声をかけてきた。
『ラダム・・・』
『おぉ、プレイヤーが闇の王になるとは、面白いことをしてくれたのぉ。長いこと死の神をやっているがこんなの初めてじゃ』
ラダムが皺の多い目を細める。
『・・・ルーナ、久しぶりじゃの。お前さんの遺体は綺麗に埋葬した。武器をきちんと保管していたこと、礼を言ってくれんかの』
『え・・・私・・・』
ルーナが戸惑いながら、剣を握りしめていた。
『そうか。今はルーナの記憶がないのか。まったく、厄介な呪いをかけたものだ』
『ラダム爺、そんな話はいいから。今は・・・』
ヴァイスが振り返った時だった。
ズズ・・・ズズズズズズ・・・
「な!?」
「おかしくないか? この闘技場」
闘技場内の中には、異変に気付いた者もいるようだった。
『来るぞ』
スッ
「!?」
「なんだ? 何があった」
闘技場内が闇に呑まれる。
会場内が混乱していたが、何かの演出を疑う者もいるようだった。
ビービービービー
ガッシャーン ガシャン ガッシャン
警報音が鳴り響く。ドローンのカメラはバタバタと落ちていった。
『異常を検知しました。直ちにバトルを中止し・・・』
バチンッ
闘技場にいたAIロボットが停止する。えまとりまも消えた。
モニターが切れて真っ暗になった。魔導士たちが、一斉に光を灯す。
「どど、どうしたんだ? エラーか?」
「何か、異様な者を感じる。逃げられる者は外へ!」
「いや、ここから出られない。体が鉛のように重くなって・・・」
体力と魔力のない者から、動けなくなっていた。
「なんだ? これはどうなってる!?」
発狂するように叫ぶ者もいた。
『どこから来るかわからないが、出現した瞬間、開始の合図を出す』
ヴァイスが冷静に円の中央に立ち、剣を地上に向けていた。
ドーンッ
バトルフィールドが真っ二つに割れた。
闘技場の上空が一瞬光り、地面がせり上がってくる。
ドドドドドッドドドド・・・・
『ヴァイス、大丈夫なのか?』
『こんなの初めてだけど、一応この中では、俺が一番の古株だからさ。なんとかするよ』
ヴァイスが剣を両手に持って、刃先を地上に向ける。
『・・・完全体になったところを、閉じ込める。いいね』
『了解』
『・・・・・・・・・・・』
空気が張り詰める。
足元のルーンが点滅していた。
頭の中に、死の神の役目が入ってくる。
― 奴を死の神が召喚する檻に閉じ込めて、地獄に引きずり戻す ―
魔鬼は黒い靄のような者からどんどん変化していった。
形を持ち、獣のような顔になったり、人間のような顔になったりして、移ろいでいる。
あれが魔鬼か。地獄でしか肉体を持てない、悪魔。
「結花!!」
結花が魔鬼の前にいるのが見えた。
後ろにRAID学園の生徒が、虚ろなまま魔鬼の後ろに2列に並んでいるのが見える。
50人くらいはいるだろうか。
「蒼空、あれは・・・」
「おそらくRAID学園でいなくなった生徒たちだろう。結花が呼んだのか?」
「・・・・・・」
なんのために・・・。本当にあれは、俺の知っている結花なのか?
ズズ・・ズズズズ・・・
闘技場はいつの間にか、荒れ地になっていた。AIロボットたちやモニターなど、命を持たない者はすべて消えている。
キャアァァアァァァァァァ
うわあぁぁぁっぁぁぁ
地獄の匂いは、地上の者にもわかるようだった。
「死にたくない。死にたくない」
「元の世界に、戻らせてくれ。戻らせて・・・あぁ・・・」
「誰か、セーブポイントを知らないか?」
「落ち着け。慌てても、もう、手遅れだ」
「何があってこんな・・・・」
観客席がパニック状態になっているのが見えた。地獄は迫っている・・・が、おそらく、まだだ。
魔鬼が完全となるとき、地獄が訪れるのだろう。
ヴァイスがじっと、魔鬼を見つめている。
魔鬼は獣の顔、人間の顔を繰り返し、形を変えながら膨らんでいた。
『今だ!』
ヴァイスが合図を出す。
突然、死の神の武器が光り、空中にルーン文字が浮かんだ。
― 天から与えられし、審判に逆らう者、
ここにあるべからず。
所有、力、門、信号、旅、開始、パートナー、光、破壊、束縛、休止、収穫、防御、秘密、保護、完全、戦士、成長、動き、事故、流れ、豊穣、分離、変革
24のルーンを使用し、ここで封印する ―
カッ
魔鬼がいるせり上がった場所ごと、銀色の檻に覆われた。
結花が動じないまま、魔鬼の隣に立っている。
『・・・・一応、檻は完成した』
『すべてが地獄に引きずり込む、最悪の事態は免れたな』
所有のルーンを持つ青年が弓矢を下ろして、汗をぬぐった。
『ヴァイス、少し結花と話してくる』
『ソラ! 待てって』
真っすぐ檻の外へ飛んでいった。
魔鬼は近づくほど、おどろおどろしい力を感じる。
檻の中にいるにもかかわらず、全く力が衰えていない。
『結花!!!』
「蒼空・・・君?」
結花がふと顔を上げる。後ろにいるRAID学園の生徒は、何も反応が無かった。
目は開いていたが、今起きていることに関心が無いようだった。
『どうして、お前がこんな・・・・・』
「ワルプルギスの夜まで、待てなかった」
『は?』
結花が檻に触れる。
パアァン
「びっくりさせて、すみません。蒼空君」
『!』
檻が弾けた。
『なぜだ!? 魔法は完ぺきだったはず!!』
ヴァイスの戸惑う声が聞こえた。
― 死の神のルーンは25。1つルーンが足りない ―
『!!』
魔鬼の唸るような声が、頭の中に直接入ってくる。
『・・・なぜ・・・それを?』
『空白のルーン・・・死の神に空白のルーンなんて存在しない。我々24つのルーンが全てだ』
他の死の神がヴァイスの横についた。
『ヴァイス、あいつの言ってることはおかしい。もう一度檻を・・・』
『駄目だ・・・効かないんだ・・・空白のルーンの死の神はいたんだよ。別の世界ではね』
『別の世界?』
『・・・・・・・・』
ヴァイスが血走った目で、魔鬼を睨みつける。
『計算不足だった。まさか、彼女が・・・』
魔鬼がどんどん膨れ上がり、顔がなくなった。
あばら骨が浮き上がり、ただれたような尻尾を地面に下ろす。
魔鬼の体内から、女性の悲鳴と男性のうめき声が交互に聞こえた。
「見ろよ! あれ」
「何が起きてるんだ!」
『助けなきゃ。あの子たちを』
『ハナ!!』
死の神の一人が、ぱっと抜け出して、一部の観客席のほうへ向かう。
『結花、お前・・・』
「魔鬼、地獄の門を、開いて」
結花の言葉に、魔鬼が尻尾を振る。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
巨大な門が出現した。飛んで、結花から離れる。
『蒼空、これは・・・』
『地獄は初めて見る。深雪、このことはクリエイター・・・いや、パパは知ってるのか?』
『聞いたことない・・・地獄の存在なんて・・・』
深雪が呆然としながら、顔を上げていた。
『何の魔法も使えない。ルーンさえ光らなくなっちゃった』
『あぁ』
これが、地獄の門。闇の力が使えないのがよくわかった。
力を入れても、溶けていくような感覚だ。
額に汗が滲む。
『ここは地獄になる』
ヴァイスが、できる限りの者たちを、ここから出すように、死の神に指示していた。
勢いよく飛んで、プレイヤーたちを引っ張り上げているのが見える。
ゴオォォォォォ
魔鬼が両手を広げると、地獄の門が開かれた。
ケルベロスの鳴く声が響く。
ドクン ドクン ドクン ドクン
血が流れるように、あたり一面が赤黒く染まっていく。
闘技場が地獄へと変わっていくのがわかった。




