138 死の神ルーナ
「中野結花?」
「あぁ、どこにいったんだ?」
「ん? ハンス様の知り合いですか?」
ヒナが首を傾げる。
「RAID学園の生徒だ。一緒にいたこと、覚えてないのか?」
「えっと、私は具合悪くなって、休憩した後、ここでハンス様を待っていましたが・・・んー、名簿にもいませんけど。誰かと間違っていませんか?」
ヒナがRAID学園の生徒の名簿を表示する。
検索していたが、中野結花の名前は出てこなかった。
「ハンスー」
グレンが体を伸ばしながら、こちらを見上げた。
「せっかく、さっきのバトルの興奮を伝えようと思ったのに、誰の話してるんだよ。僕も実はこっそりハンスに投票しててさ、そりゃ、正体がバレたらまずいのわかってるけど、エキシビジョンマッチで見たいのは・・・」
「グレン、お前も覚えていないのか? ここにいただろ?」
「え、何言ってるんだよ。僕たちは、ヒナと二人でここにいたんだ。ハンスが中々戻ってこなくてさ。いきなりエキシビジョンマッチ始まったから、トイレ行く時間無くなっちゃったよ」
「ハンス様・・・何かのゲームと混同してるとかじゃないでしょうか?」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
ヒナとグレンが顔を見合わせてきょとんとしていた。
結花の存在が消されてるようだな。
「ハンス、ここにいたのか」
ハルトとユウマがドラゴン族の少年を連れてこちらに歩いてくる。
「ギルドの子が、ハンスに会いたいって。さっきのバトル見て、ファンになったんだと。な・・・」
「はい!」
緊張しながら、ハルトの後ろに隠れていた。
「ん? 君はRAID学園の生徒か?」
「はじめまして。私、朝倉ヒナです」
ヒナがすっと立ち上がってお辞儀をする。
「ハンスとは・・・そうですね。『アラヘルム』付近のモンスターを倒してるときに知り合ったので・・・」
「・・・お前らと俺が出会ったのは水のフィールドだったよな?」
「そうだね。君と、グレンが2人で・・・ん?」
「RAID学園の中野結花がいたのを覚えてるか?」
「いや・・・」
ユウマが顎に手を当てる。
「自分の記憶がちぐはぐだな。俺は、ハンスと話していた気がするんだが、ハンスはこっちの世界の人間だ。わざわざRAID学園の話をするか?」
「俺もハンスと話してた覚えがあるんだけど、どう考えても変だよな。水のフィールドは、3人でしか通過できないのに、ハンスとグレンと、もう一人が誰だった?」
「もしかして、結花って子に関する記憶が消されたのか?」
「ま、ま、待ってください。ちょっと、情報を整理しますね」
ヒナが画面をスクロールして、何かを打ち込んでいた。
ズズ・・・・
「!!」
顔を上げると、闘技場の上空に、死の神が集まってきていた。
結花が魔鬼を召喚する可能性が高まっているのか?
死の神の間に、緊張が走っているのが伝わってくる。
「悪い。少し空ける。調べておいてくれ」
「あ、ハンス様」
ユウマが何か聞きたそうにしていたが、無視して階段を駆け上がった。
中心にいたヴァイスと目が合う。
ザッ
「ヴァイス・・・」
『ソラ、いきなりで悪いんだけど、かなりまずいことになってるんだ』
瞬きをする間もなく、横に立っていた。
『中野結花が、魔鬼を召喚する確率が高まっている』
剣の刃先を見ながら言う。
『テイワズのルーンを持つ死の神として、手を貸してほしい』
「死の神の剣じゃなきゃ止められないのか? 闇の力を使うこともできるが・・・」
『おそらく、魔鬼には、闇も通じない。地獄の悪魔だからね』
手袋を脱いで、ポケットに仕舞った。
『死の神の剣は魂を狩る道具、冥界とこちらの世界を繋ぐ道具なんだ。魔鬼が地獄から現れれば、死の神しか通用しない。俺たちは、絶対にアレを止めなきゃいけない』
ヴァイスのこめかみから汗が伝っていた。
「・・・わかった。状況はどうなっている?」
『ソラたちがエキシビジョンマッチをしている間に、何かが切り替わった。彼女はどこにいるんだ? さっきから探してるんだけど見つからないんだよ。地獄の香りだけが、この闘技場内を漂っている』
言われてみると、岩の溶けたような匂いがした。
「ここにいる者たちは、彼女に関する記憶を消されてるんだ。おそらく、主要キャラになれないと判断されたRAID学園の生徒がいく場所にいる」
『マジか。その場所がわからないってオチね』
「あぁ、探してるんだけどな。いきなり、結花が消えると思わなかった」
ワアァァァァァア
Aグループのトーナメントが再開したようだ。
『リーネスの馬車』と『ノアの箱舟』からプレイヤー同士の戦闘をしていた。
『呑気でいいよね。あいつら、このゲームに入ったために、全員まとめて地獄に行くかもしれないのに』
「想像もできないんだろ。プレイヤーたちのいる世界は、病気でもしない限り、日常的に死が近づくことは無いからな」
『ふうん。死の神の仕事も楽そうだね。そっちに転職したいくらいだ』
ヴァイスが深く息を吐いていた。
「ねぇ、蒼空。今、話してた地獄ってどうゆうこと?」
「!」
「ごめん、少しだけ聞いちゃった。盗み聞きするつもりなかったんだけど・・・結花のこと聞こうと思って・・・」
深雪が申し訳なさそうに、髪を耳にかけた。
『よかった。君のことも探してたんだよ』
「私?」
ヴァイスが死の神の剣を後ろにやって、深雪に近づいていく。
『深雪、君はまだ秘密のルーンを持つ死の神だ』
「え?」
一歩前に出て、深雪を見上げる。
『君の魂に、死の神だったルーナが残っているはずだ。力を貸してほしい。もし、魔鬼が完全な状態で召喚されるなら、死の神の持つ24のルーンがなければ使えない魔法を使う。それで収められるか・・・・』
「ルーナが・・・・?」
深雪がこちらを見た。
手をかざして、テイワズのルーンが刻まれた死の神の剣を出す。
『結花が魔鬼を召喚する可能性が高まっているらしい。どこにいるかわからないが、もし召喚されれば、この闘技場にいる者が全員、地獄に連れていかれることになる』
「・・・地獄・・・・・全員?」
『そうだ。魂の重さを量ることなく、連れていかれるとのことだ』
「っ・・・・・!?」
手を握りしめていた。
「そんな、ここにはたくさんの種族が集まっているのに、全員地獄だなんて」
『・・・ルーナ、君が23人目の死の神として選ばれたときのことを思い出したよ。最初は魂を狩ることに抵抗があったことも・・・』
長い瞬きをしながら言う。
『君は、もう覚えていないのかもしれないけどね。まぁ、今は思い出話をしている余裕はない』
「?」
『死の神ルーナは一度死んだ。秘密のルーンの席は空いたままだ。でも、君がまだ秘密のルーンを持っているから、ルーンが他の者を選ばない』
ヴァイスが何かを詠唱すると、死の神ルーナの持っていた剣が現れた。
刃には秘密のルーンが刻まれている。
『ラダムが回収した君の武器だ』
「私の・・・・・・」
カッ
深雪が手に取ると、青く光り輝いた。白銀の髪がふわっと浮く。
ルーナの武器はすぐに、深雪の魔力に馴染んでいた。秘密のルーン文字が光っている。
『やっぱり・・・』
ズズズズズ・・・・
『!?!?!?』
背筋が凍り付くような感覚があった。
結花が、魔鬼を召喚しようとしたときのような・・・。
『まずい・・・どこから来てもおかしくないな。時間が無い。2人とも、ついてきてくれ』
ヴァイスが地面を蹴って、死の神たちのいる中央に飛んでいく。
『深雪、死の神の力は使いこなせそうか?』
『大丈夫。不思議なんだけど、体が覚えてるみたい』
地面を蹴って、飛び上がる。死の神の本や天秤を出して、確認していた。
ルーナと変わりが無かった。
『・・・・・・・・』
肉のただれたような、焦げ臭いにおいが充満している。
何かが、迫ってきているのが、はっきりとわかった。




