136 闘技場の端っこ
「そう。主要キャラね・・・」
「あぁ、基準はわからないが、このトーナメントで選考されているらしいな」
「ゲームを動かす、人気のあるキャラ。選考漏れしたら、どうなるのかな。今、集められてる子たちは・・・どこかにいるはずなのに」
「というか、俺があの合図に気づかなかったらどうするつもりだったんだよ」
闘技場の観客席の端のほうで、深雪と話していた。
「すぐ、気づいたからいいようなものの・・・」
席に戻るなり、顔を上げると、深雪が配信中に俺に向かって手で暗号を作っているのに気付いた。
指定された待ち合わせの位置を表したもので、転生前にユグドラシルの樹の地下で、”ヒトガタ”との会話に使用していた指文字だった。
「やってみたかったの。気づくかなーって」
「配信中にやったら、他の奴らだって変に思うだろうが」
「ふふ、よかった。蒼空も、やっぱり覚えててくれたんだ。配信は大丈夫。私、指を動かす癖があるから、あれがまさか意味を持つなんて思わないよ」
手を伸ばして、指を動かす。ユグドラシルの木を表す形を作っていた。
「懐かしいな。”ヒトガタ”のみんな、どうしてるのかな?」
「ん? そういえば、記憶が戻ったのか?」
「断片的だけど、思い出してきた。闇の王と違うゲームにいたときのこと。記憶装置に、ちゃんと書き留めてるから、もう忘れない」
水晶のような記憶装置を出して、大切そうに撫でていた。
ワアァァァァ
『テンペスト』の魔族と、プレイヤーのバトルは、魔族が勝利したらしい。
意外な展開だったのか、会場内に動揺が走っている。
「・・・深雪も転生したのか?」
「私はたぶん、転生したわけじゃないの。ルーナのまま、こっちのゲームに移ったんだと思う。"パパ"のお気に入りのキャラクターだから」
それより、と少し周りを見渡した。
「RAID学園に行ってみない?」
「え?」
「今の私たちなら、あの学園が何だったのかって冷静に判断できるんじゃないかって。プレイヤーから聞いたの。RAID学園は、普通の学校とは違うって」
「・・・RAID学園に、生徒はいるのか?」
「みんな『アラヘルム』に来てると思う。闇の王になった蒼空を倒すためにって、招集がかかったから。少しだけなら、抜けられると思うの。Bグループのバトルが始まったら・・・」
「いや、俺はここから離れられないんだ。ほら・・・」
「?」
闘技場の観客席の上のほうに視線を向ける。
「あの中に、死の神がいる」
「!?」
観客に紛れて、ヴァイスたちと同じ気配を持つ青年が鎌を持っているのが見えた。ディランに剣を渡した、門のルーンを持つ少女も隣に座っている。
おそらくもっといるのだろう。
ヴァイスの言った通り、本能で集まってきているようだな。
「俺と一人を抜いた22の死の神が集まってきてるんだ。結花が魔鬼を召喚するのを止めるためだ」
「よ、よかった。魂を狩りに来たわけじゃないのね」
「いや、あれは、地獄から現れて地獄へ連れていく悪魔だと話していた。魂を狩ることよりも、もっと恐ろしいことになる」
「っ・・・・魂を量る天秤が無いってこと?」
「そうだ」
深雪の顔色が変わった。
「結花は相変わらずだし、召喚するとは思えないけどな。万が一のことを考えて、俺も準備しておくつもりだ」
闇の力を使えば、何とか封じられるかもしれない。
ヴァイスの表情を見るに、一筋縄ではいかなようだが・・・。
「そっか。じゃあ、私、RAID学園行ってみる」
「え?」
「大丈夫、ちゃんと配信してるし、”パパ”も賛成してくれると思う。誰もいなくなったRAID学園って、リスナーも気になってると思うし、私なら危険もないでしょ? クリエイターに選ばれた、主要キャラだもの」
深雪がぱっと立ち上がって、ほほ笑んだ。
「消えたRAID学園の生徒たちがどこに行ったのか、何か手がかりがあるかもしれないから」
バチッ バチッ
ザアァー
「!」
突然、滝のような雨が降り出した。ギルドの魔導士たちが、慌てて雨よけのバリアを張っている。
「わーすごい雨。少し濡れちゃった」
「この雨は・・・・」
「僕だよ」
「わっ!?」
振り返ると虹色の瞳を持つ少年、天候の神ユピテルがこちらを覗き込んでいた。
「え、君は確かBグループの予選通過者で・・・」
「シュタインって名前で登録した。探したんだ、闇の王、僕を殺してほしいと。死にたいんだ、僕は」
「いや、いきなり何を・・・」
「シュタイン? シュタイン、シュタイン・・・・あ!」
深雪がぽんと思い出したような表情をした。
「ユグドラシルの木の地下にいた”ヒトガタ”の子だよね?」
「え?」
ユピテルが拍子抜けしたような表情をする。
「天候の神として転生したんだ。すごいね、綺麗な瞳だからすぐにわかったよ」
「え・・・”ヒトガタ”?」
「そう。私、会ったことあるんだよ。まだ形になっていない君に」
「・・いや・・・でも、僕は知らないし・・・・」
深雪が嬉しそうにすると、ユピテルがたじろいでいた。
「ユピテル、さっきはどうして深優の体力を奪ったんだ?」
「・・・・奪うつもりはなかった。彼女が思ったよりも、弱すぎたんだ。本当は祠に入ったときに、僕の命を奪うようにお願いしようと思っていたんだけど、結局探すことになってしまった」
「俺はお前の命を奪うつもりはない。他を当たってくれ」
「頼む、僕を殺すことができるのは闇の王だけだ。絶対的な闇の力で僕の魂を闇に落としてほしいんだ」
両肩に手を置いて揺さぶられた。
「僕を殺してくれ。死にたいんだ」
「だから・・・」
「お、お、落ち着いて。だって、せっかく転生したのに死ぬなんて」
深雪が深呼吸を促しながら、ユピテルをなだめている。”ヒトガタ”のときの名残なのか、深雪の言うことは聞くようだ。
「・・・・・・・・・」
ユピテルの言う通り、深優が弱っていたのは確かだ。
俺と結花はこっちに転移させられてしまったが、テイアと深優は無事だろうか。
ババーン
『皆さん、突然の雨は大丈夫でしょうか? 風邪ひきそうな方は、回復魔法を施すので近くのAIロボットにお伝えくださいね』
『ここからは時間の都合上、Aグループのトーナメント、Bグループのトーナメントを交互に進めさせていただきます!』
えまとりまがモニターにアップで映し出さされる。
『その前に・・・・』
せーの、と声を合わせて正面を見る。
『エキシビジョンマッチ!!!!!』
「エキシビジョンマッチ?」
少し退屈そうにしていた敗退したギルドの者たちが、一斉にバトルフィールドを見る。
『皆さんお待ちかねのドリームマッチです』
『このバトルにエントリーしていただいた106,102人の内、現時点で最も人気があったお二方にエキシビジョンマッチとして、バトルしていただきます』
『投票は公平に行われていますのでご安心を。数値は皆様の近くのモニターから確認することも可能です』
グラフをいくつか表示しながら言う。
『その、栄光あるお二方には、今後の勝敗に関係なく本戦へ進んでいただくこととなります』
オオオォォォォォォ
雨除けのバリアで籠った音が響いていた。蒸せるほどの熱気が伝わってくる。
「深雪、よかったな。本戦出場だって」
「え、だって、まだ名前呼ばれてないじゃない」
「・・・・深雪は呼ばれるよ。良いバトルばかりしてたし」
深雪は絶対に呼ばれると思った。
実際、個人配信をすれば、どんどん同時接続数が増えてるからな。
『一人目は、美しい容姿としなやかな剣の扱いで、皆様を魅了してくれたRAID学園、水瀬深雪!!!! こちらにお願いします』
深雪がびくっとして、顔を隠していた。
「わぁ・・・どうしよう」
問題は対戦相手だな。あまり、変な奴と当たらなければいいが・・・。
『二人目は、全てが謎に包まれている孤高の少年、ハンス!!!!!』
「は?」
椅子からずり落ちそうになった。
深雪と顔を見合わせる。
「人違いだろ・・・俺、無名のはずだし」
「でも、モニターに私たちの顔が出てるの。見て」
「!!」
フードを深々と被る自分と、制服姿の深雪が映っているのが見えた。
『お二方、どこにいますか? いたらこちらに来てくださいね』
えまとりまがドローンに指示しているのが見えた。ここに2人でいるのがバレるのはまずい。
「い・・・行くか・・・別々に」
「うん・・・・じゃあ、後で」
「ぼ、僕、死にたいのに。僕の死は?」
「その話は、あとだ」
不満そうなユピテルを置いたまま、素早く深雪から離れる。
バトラーの待機席からバトルフィールドのほうへ走っていった。




