135 親子
深雪も俺も、順調にトーナメントを上がっていった。
深雪の相手は『テンペスト』の魔族だったが、一回戦と同様、数秒で勝負がついていた。
俺の相手は、『ノアの箱舟』所属のプレイヤーだったが、一撃で向こうが降参したからほとんど戦わずに勝った。拍子抜けしたが、公式配信や観客は盛り上がっていた。
俺は謎の男として、すっかり認知されてしまったようだ。
あまり目立ちたくはなかったんだけどな。
「おかえりなさいませ。ハンス様」
「さすがですね。ここで、ヒナさんと見てたんですよ」
フードを少し上げる。
「・・・ほとんど何もしてないけど。向こうもやる気も無かったし、予選通過も運だな」
ヒナが待機室のソファーで横になりながら、回復の水を飲んでいた。
中央モニターにはバトルフィールドが映し出されている。
元地帝の老人が現れたため、みんな慌てて観客席に行き、待機室には誰もいなくなっていた。
「大丈夫か?」
「まだ少しくらくらしますが・・・・」
「ステータスは問題ないようなのですが。どうしたのでしょうね」
結花がモニターを出して、ヒナのステータスを表示していた。
体力も魔力も、全く減っていなかったが、熱が少しあるようだな。呼吸に微かな乱れがあった。
「ヒナのトーナメントはまだまだだろう?」
「はい。一番最後のグループだったと思いますので、もう少し休んでいて大丈夫だと思います。あ、私も最後のグループなので、ここにいられますよ」
「じゃあ、悪いが、熱冷ましの薬草を持ってきてもらえるか。おそらく、グレンが持っている」
「わかりました! すぐにお持ちしますね!」
結花がモニターを消して、転移用の魔法陣のほうへ走っていった。
観客席へ転移したのを確認してから、ヒナの横に座る。
「蒼空様、すみません。地帝のバトル、見に行っていいですよ。私は休んでいればよくなりますし」
「ったく・・・」
頭を掻く。
「死者の国からこっちに来て、休んでないんだろう? お前のことだ。休息地に行ったって、近未来指定都市TOKYOの情報機関にアクセスしたりしてたんだろうが」
「・・・・・でも、体力は、減っていませんので」
「熱はあるだろ? 微熱のステータス異常は表示されないからな」
「言われてみれば、少し熱いですね。大丈夫ですが・・・」
ヒナはよく無茶ばかりしていた。
ステータスでしか物事を見ないから、自分が疲れていることに気づかないようだった。
「お前は次で棄権しろ。棄権したって、予選通過者は同じ観客席にいられるんだから。それに、お前が棄権したところで実績を残してきたんだから、RAID学園も危険に晒すことは無いだろう」
「でも、トーナメント、やってみたいんです。私も、自分の力を試したいって」
カツン カツン
「!?」
待機室内に靴の音が響く。
「ヒナ、お前ならちゃんとトーナメントも参加すると思っていたよ。真面目な生徒だからね」
「お、お父様・・・?」
ヒナの父親が、2人の付き人と歩いてきた。
スーツを着た男のモニターには、闘技場内の地図が表示されている。
近未来指定都市TOKYOの政府機関の人間・・・。
「部屋の中から随分機密情報を抜き取っていたようだね。リナに協力を頼んだのか?」
「・・・はい、すみません」
「リナは娘には甘いからな。まぁ、痕跡を残さなかったり、情報を抜き取る時間帯も含め、スパイとしては上出来だ。どこかにスパイを送るときは、ヒナに頼むよ」
「・・・どうして、お父様がここに・・・?」
「新帝を決めるトーナメントは、我々が主催してるからね」
ヒナの父親がネクタイを直しながら言う。
「!?」
「・・・・どうゆうことですか?」
ヒナを無視して、こちらを見下ろす。
「蒼空君、君には感謝してるよ」
「・・・・・・・」
最初から、俺の正体に気づいていたのか。
付き人も特に反応は無かった。
「お父様、違います! 彼はハンスって名前のバトラーで、蒼空様とは関係なくて・・・」
「ヒナ、いいんだ」
フードを脱いで、立ち上がる。
「闇の王が参加しているのを気づいていて、このまま続けていいのか?」
「知っているのは私と一部のクリエイターだけだ。それにね、このトーナメントには新帝を決めるよりも、重要な意味があるんだよ」
「・・・・・・・・・・・」
ヒナが少し目を背けて、ぐっと両手を握りしめていた。
「RAID学園のアピール、主要キャラの選抜だ」
「主要キャラ?」
「蒼空君、君はもちろんこの世界の主要キャラだ。RAID学園から闇の王が出るなどというシナリオを、誰も想定していなかった。特別なことだよ」
目じりに皺を寄せていた。
「は・・・?」
「近未来指定都市TOKYOごと、『イーグルブレスの指輪』の中に転移させてしまうとはね。クリエイターはこの世界に可能性を感じたらしい。外からのプレイヤーもどんどん入ってきている。本当に、素晴らしいことだ」
「お父様! 私はそんな話、聞いたことありません!」
「ヒナ・・・君は私の書斎から随分情報を抜き取った。RAID学園がゲームの主要キャラを育成する学校だったことくらい知っていただろう?」
「っ・・・・・・」
ヒナが唇を嚙んでいた。
ヒナの父親はヒナと同じ目をしている。
でも、どこか暗く、くすんでいるように見えた。
「ヒナは合格だよ。おめでとう。君ならやってくれると思っていた」
何か言おうとする前に、モニターを表示する。RAID学園の生徒の一覧が顔写真付きで載っていた。
「ヒナの場合はキャラ被りを懸念していたんだけどね。上手く個性を出して、トーナメントも勝ち抜いている。文句なしの合格だ。リナも喜んでいる」
「ヒナ・・・・」
「すみません。朝倉様、いいですか? 株式会社エクリプスのクリエイターから連絡が・・・」
横にいた付き人が、ヒナの父親に話しかける。耳を触りながら、少し離れてマイクで誰かと会話していた。
「蒼空様、色々お話していないことが多いのですが・・・私のお母様は亡くなってるんです」
「?」
ヒナが俯きながら言う。
「じゃあ、政府機関にいるって言ってたのは・・・」
「確かに、政府機関でお母様が働いています。亡くなったお母様の人工知能を政府機関に保管していて・・・・なので、私は情報収集が得意なんです。お母様が近未来指定都市TOKYOのセキュリティシステムを管理しているので、協力して情報を抜いてい・・・」
話の途中で、ヒナの父親が近づいてくる。
「あぁ、すまないね。呼び出されたようだ。じゃあ、蒼空君、これからもヒナを頼むよ」
「お、お父様、私、もっと聞きたいことが・・・」
「悪いが、今日は忙しい。ヒナのこれからの活躍に期待しているよ。リナもね」
「・・・・・・・・」
付き人が地面に転移魔法陣を展開した。
シュンッ
3人がいなくなる。ヒナが少し怯えたように、こちらを覗き込んだ。
「蒼空様、あの・・・ごめんなさい」
「謝る必要はないし、ヒナが言いたくないことは聞かない。RAID学園のことは、わかっていた。ヒナは自分の身を一番に考えて行動しろ」
「はい・・・・」
ヒナの父親と会ったのは初めてだった。
彼らが元々『アラヘルム』の住人で、今はクリエイターとともに何かを企んでいるのか。
特に変わった魔力は感じなかったが・・・。
今の話だと、RAID学園の生徒はコマのようなものだな。主要キャラじゃないと判断された者は、予想通りどこかに転移させられているのだろう。
驚きより、答え合わせができたという感覚だった。
「・・・・お父様の口から直接、主要キャラだなんて言葉聞きたくありませんでした」
ヒナが絞り出すように言う。
「私が主要キャラの選抜というのに合格できなかったらどうするつもりだったのでしょうね。お父様はやっぱり私がいなくなっても何とも思わないのでしょう。実際こうやって、離れたのに何とも思っていない様子でしたから」
「俺はそうゆうのがいないからよくわからないが、どうでもいいようには見えなかったけどな」
「・・・・・・・」
「ヒナ、少し一人になるか? 結花にはヒナが少し横になってるから来ないように伝えておくが・・・」
「・・・はい、ありがとうございます。少しだけ、休みますね。お母様とも、お話ししたいので」
「あぁ。なんかあったら、呼んでくれ」
ヒナに、いつもの勢いは無くなっていた。
父親がここにいることは、全く知らなかったようだな。
ヒナはこうゆうとき、嘘をつくのが苦手だ。
ブオンッ
「ヒナさん! 薬草を持ってきま・・・」
「結花、悪い。ヒナに回復魔法をかけた。少し寝るそうだから」
「そ、そうですか」
薬草を持って駆け寄ってきた結花を止めて、魔法陣のほうへ歩いていく。
「変な匂いのする薬草だな。本当に熱冷ましの薬草か?」
「なんか、解毒薬のような匂いですよね・・・間違えたのでしょうか」
結花が茶色っぽい薬草を見つめながら唸っていた。




