133 魔鬼(イブリ)
「あんな普通の子が魔鬼を召喚しようとするとはね」
ヴァイスが手すりに座りながら言う。
「結花が召喚しようとしたものか?」
「あぁ・・・ソラは知らないか。普段は死の神が天秤で魂の重さを量って連れていく場所を決めるだろ。まぁ、ソラの場合は放棄して、死者の国を作ってるけどさ」
バトルフィールドを見つめる。
「彼女が出そうとした魔鬼は、ソラの言う通り肉体を持たない悪魔だ。地獄から現れて、地獄へ連れていくことができる肉体ができない悪魔・・・・ま、俺も見たのは初めてだ」
「死なないってことか?」
「死者の本に書かれず、生きたまま地獄に連れて行かれるってことだ。生前の行いなんて関係なくね」
「・・・・・・・・」
おどろおどろしい魔力を思い出していた。ここにいる者すべてを殺せるほどの力を持っていながら、死の神の本に名前が書かれていなかったのは、そうゆうことか。
「あの子は何者だ?」
「RAID学園のプレイヤーだ。スコアも特に目立ったところもない、普通の生徒だったな」
「それがあの魔鬼を召喚できると思えないけどね」
「まぁな」
結花はどこで召喚の契約をしたのだろう。
「何があったのかは知らないけど、魔鬼を召喚できるほどの魔女なことにはかわりない。まさかプレイヤーにそんな子がいるとは・・・」
ヴァイスが珍しく、気を張り詰めていた。
「この闘技場にはソラとルーナを抜いた22人の死の神が集まってきてる。まだ、全員はそろってないけど、死の神としては見逃せない出来事なんだよ。本能で集まってくるだろうね」
「・・・!?」
ヴァイスの視線の先に目を向けると、闘技場の上のほうにラダムがいるのが見えた。
他にも、人間に混ざっているのか・・・。
「・・・どうして集まる必要がある?」
「彼女が魔鬼を召喚するのを阻止するためだ。それほど、危険なことなんだ。そのときは俺も合図を・・・」
開始のルーンを光らせる。
「死の神の自分たちの仕事はどうしたんだよ」
「ソラには言われたくないね。ま、今死んでもその辺彷徨ってもらうしかない。こっちのほうが重要だ」
死の神の本のルーン文字を触っていた。
「つか、なんでソラがここにいるんだ? だって、ここにいる奴ら、闇の王討伐のトーナメントを組まされてるんだろ? 闇の王、ここにいるのに」
「・・・・・・・」
「闇の王の考えることはよくわからないな。遊んでるの?」
「お前と一緒にするな」
ヴァイスが息をついて、足を組む。
「こっちにはこっちの事情があるんだよ。一応、俺はもともとRAID学園の生徒だ」
「あ、そうだったね。ヒナさんもか」
死の神の本を指先に載せる。
「死者の国は王の留守をいいことに、人間たちに攻め込まれてたよ。もう、知ってると思うけど」
「一応な。キキペペも向かわせたからうまくやってくれてるだろう」
「あー、あのちっこい悪魔ね」
配信画面が切り替わり、りまとえまがAグループを集めていた。
残りのAグループのトーナメントを行った後、Bグループのバトルとなるようだ。
AIが組んだBグループの4人のチームは、一つに攻撃力が集中したり、防御力が集中したり、かなりバランスの取れたグループもあれば、名もないギルドの者ばかり集まったグループもあった。
運の要素が強く、チーム内での話し合いが聞こえてきていた。
「死者の国には英霊も多い。幽幻戦士もいる。数日くらい、王がいなくても、問題ないだろう」
「キキペペって悪魔が来てから、戦況ががらりと変わってたよ。随分戦闘慣れしてるみたいで・・・」
ヴァイスが話を止めて、闘技場の公式配信を見つめる。
「ルーナ!?」
水瀬深雪を見て、固まった。
「話してただろ。今はRAID学園の生徒だ。元は同じ魂なんだけどな」
「・・・・マジか・・・・」
深雪の戦闘シーンが映っていた。
何度も見た映像だったが、軽やかな剣さばきに歓声が上がった。
コメントも一気に多くなる。
「俺はもう戻る。トーナメントが始まるからな」
「ルーナ・・・じゃない。まぁ、深優とルーナが違うのはわかるけど、彼女はルーナじゃん。死の神、そのまま引き継げるんじゃないか?」
「深雪を巻き込むな」
「はいはい。冗談だって」
ヴァイスが両手を上げる。
「闇の力、漏れかけてるよ」
「ふん」
「あ、ヒナさんによろしくね。遠くから見守ってるって」
「死の神が集まってきてるなんて言ったら、ヒナが不安になるだろうが」
「わかってるよ。いいなー俺もRAID学園の生徒になりたかったなー。死の神なんてブラックな仕事、どうして就いたんだろ」
頬杖をついてため息をついていた。
「・・・・・・」
マントを翻して、ヴァイスに背を向ける。
手袋を押さえて、階段を上っていった。
ヒナたちのいる場所から少し離れた、AIロボットの前で、結花が待っていた。
「ハンス・・・」
「ん? どうした?」
「あ、えっと・・・」
周りを見て、声を低くした。
「さっきの子・・・って、死の神なんですよね? って聞いたのですが」
「まぁ、それを言うなら、俺も死の神だけどな」
「この闘技場での戦闘は安全を約束されてるって聞いていました。危険な状況になれば自動転送されると、こうゆうふうにAIロボットもたくさんいますし」
ギルド紹介のAIロボットに手を伸ばしながら言う。
「彼らは命を見張ってるのに・・・」
「どうして死の神がいるのかって聞きたいのか?」
「・・・はい。RAID学園の生徒が死ぬ予定だったりするんですか? 消えた生徒も本当は・・・その・・・死ぬ予定になってるとか」
不安そうな顔でこちらを見上げた。
「それは無い。あいつはただこの辺うろうろしてるだけだ」
「そう・・・ですか・・・」
「結花は2戦目上手くやることだけを考えろ。RAID学園の生徒が今後どうなっていくかわからないんだからな」
パパパパパーン
闘技場の上空に魔法弾が打ち上がる。
『お待たせいたしました。Aグループのバトラーの皆様、疲れは取れましたでしょうか?』
『勝ち抜いている方も、負けてしまった方も、観客の皆様も、リスナーさんも、みんな、みんなで盛り上がっていきましょう!!!!』
ワァァァァア
えまとりまがマイクを持って、バトルフィールドの真ん中に立っていた。
『次のバトルは、なんと! ドラゴン族対決になります! ジャンヌ VS ザス!!!!!』
ドラゴン族の英雄か。氷のような表情で周囲を睨みつける、あどけない顔をした少女だった。
「すみません」
見知らぬ少年が2人、話しかけてきた。
「ハンスさんですよね?」
「えっと、ハンスはですね・・・」
「何の用だ?」
前に出ようとした結花をひっこめる。こいつは、巨大ギルドノアの箱舟のBグループ予選通過者か。
「さっきのバトルめちゃくちゃかっこよかったです!」
「え・・・?」
「どのギルドにもいないって聞いて、探し回ったんです。でも、ギルドに属してないのに、さくっと勝っちゃうところなんて最高にしびれて」
興奮気味に話す。結花が拍子抜けしたように、杖を下ろした。
「あ、別に何か特別な用事があるわけじゃないんです」
「ん・・・あぁ・・・」
「かっけー。話しかけちゃったよ」
「も、戻ろうぜ。俺たち、かっこよかったって伝えたかっただけなんで。あ、ありがとうございました!」
軽く手を振って、逃げるように人ごみに紛れていった。
特に何かされた感覚は無い。
なんだったんだ? あいつら・・・。
「蒼空君、なんかRAID学園にいたときと全然変わらないんですね。全部、隠してるのに、隠しきれないっていうか・・・」
「ん? どうゆうことだ?」
「蒼空君はやっぱり人気があるなって。RAID学園にいたときは近寄りがたくて、私、今こうやって話せるのが夢みたいです。きっと、あの子たちもそうなんだろうなって」
結花が嬉しそうに肩を上げる。
「・・・・・・」
頭を掻く。
ゲームから帰ってくると、廊下であんなふうに話しかけられることはあったが・・・当たり前すぎて忘れてたな。
「くだらないこと言っていないで、席に戻るぞ」
「あ、はい。待ってください」
オオオオオオオォォォォォォォ
観客席の上空に、ドラゴン族のギルド『ドラグーンの牙』の炎のパフォーマンスが上がる。
バトルフィールドが近づいてくるにつれて会場内の熱気が伝わってきた。
ザスがドラゴンの姿に変身して、ジャンヌの前に立っているのが見えた。




