128 結花とあくま
「!!」
幽幻戦士が死者の国から何らかの信号を脳に直接送ってきた。
何か異変があったようだな。神々が攻めてきたのだろうか。
闘技場では雑音で何があったのかを拾えない。
「どうしましたか?」
「『リムヘル』で何かあったらしいな。幽幻戦士が伝えてきた」
声を低くして言う。ヒナがすっと立ち上がった。
「では、私が『リムヘル』に行って確認してきます。もともと私は『リムヘル』にいるはずだったのに・・・」
「いや、お前はRAID学園の生徒だ。ここでいきなりいなくなれば怪しく思われる」
「そ、そうですね」
何があったのかは気になるが、『リムヘル』にはリーランとアリアもいるし、戦力も残してきたつもりだ。幽幻戦士がいる限り、すぐに陥落することは無いだろう。
「あたしたちが行きましか?」
キキペペが双剣を出して、こちらを見上げる。
「お前ら、場所はわかるのか?」
「もちろんでし。それに、あたしたちならこの場からいなくなっても大して問題にならないでし」
「魔族はあまり歓迎されていないでしからね」
周囲を睨む。キキの言う通り、今のところ魔族で勝ち上がった者は端のほうに追いやられていた。
配信カメラにもほとんど映っていない。共通の敵のような扱いだった。
「『アラヘルム』での魔族の扱いはこんな感じなのでし」
「奴らはいつもこうでし。群れるつもりはないでしが、ここにいれば、憎しみが隠せないでしよ」
泥を救い上げるような重い声で言う。キキとペペから殺気が漏れていた。
「わかったよ。じゃあ、2人に頼む。『リムヘル』の状況を報告してもらえるか?」
「かしこまりましたでし」
キキペペが頭を下げて、ふわっと飛んでいった。
闘技場入り口のロボットに声をかけられて、説明しているのが見える。
『えーっと次のバトルは・・・』
『りま、ここ、ここ』
『はい。次は結花 VS デンドウ!!!! 両者ともに、近未来指定都市TOKYOからになります!!!』
りまがマイクを持って大声で言う。
結花がびくっとしながら両手で杖を握りしめる。
「わ、私、いってきます!」
「あぁ、頑張れよ」
「はい!」
緊張しながら前に出ていった。転びそうになりながら、バトルフィールドに転移する。
RAID学園の生徒は出てきた瞬間、会場の注目を浴びているのが伝わってきた。
「ふぅ」
グレンが息をついて、横に座った。
「すごいね。RAID学園の生徒の人気は。僕も転生するならRAID学園の生徒がよかったかな。大変そうだけどさ」
「そんなに目立ちたいのか?」
「僕は転生前は、全然目立たない生徒だったし、このまま目立たず、楽して生きたいって思ってたんだよね。でも、ハンスたち見てたら主要キャラになって、世界を動かす側になってみたいって。今だけかもしれないけどさ」
靴をぱたぱたさせながら言う。
「隣の芝が青く見えてるだけだ」
「はは、そうかも」
「・・・・・・・・」
ヒナが何か言いたげな顔をしてから、公式配信のモニターを眺めていた。
結花の相手、デンドウは背のすらっとした30代くらいの男性だった。
銀縁のメガネをかけていて、細い剣を持っていた。
2人で何か会話しているようだが・・・声は歓声に紛れて聞こえなかった。
パーン
バトル開始の魔法が打ち上がる。
― ファイアーボム -
ゴゴオォォォ
結花が火の玉を打ち込んでいった。
デンドウが指を動かして、いくつかの魔法陣を張りながら距離を詰めていく。
「あーっ、もう、そこ!」
グレンがこぶしを振り上げながら言う。
「惜しい!」
「このままじゃ結花はもって5分ってとこだな」
「そうですね。相手の瞬発力のほうが上回っていますし、魔法の切り替えが早い。今、展開した盾は氷で、次は地属性で攻めようとしていますから」
ヒナが冷静な口調で言う。
「私は3分程度で決着はつくかと思います」
「そんな、お前ら結花の友達だろ。ちゃんと勝つって信じて応援しろよ。あ、ほら! すごい、氷の刃が・・・」
ワアアアアアアアア
結花が杖の球を切り替えて、巨大な氷の刃を出した。
冷たい空気が場内に立ち込める。突然の大技に、会場内が沸いていた。
「大技ですが、相手のほうが上です」
「あぁ」
「だから・・・あ・・・・・」
結花が放った氷は、デンドウの剣によって粉々に砕かれた。
散らばった氷が雪のように降り注ぐ。
結花が杖を両手で持って、精神統一していた。
デンドウはモニターを出して、何かを走り書きしているように見える。
『さすがRAID学園の生徒です。様々な属性を使い分けることができるのですね』
『でも、デンドウの反応速度のほうが早かった。あんなに簡単に砕いてしまうとは・・・』
りまとえまが配信を盛り上げている。
結花の顔がアップで映る。魔導メガネで何かを確認しているようだった。
杖先には雷が帯びている。
「感情論だけではバトルには勝てないんだよ。デンドウはこのゲームを知り尽くしている」
「ハンス・・・でも・・・・」
「結花の場合、最悪消される可能性もある。楽観的なことばかり言ってられないんだ」
「悪い。そうだったな・・・」
ふぅっと息を吐いて、バトルフィールドを見つめる。
「RAID学園か・・・」
結花が杖を回して、雷の魔法陣を3つ展開した。
デンドウがすぐに反応して、岩の壁を作り出していた。
「クソ、結花はあんなに魔法を使いこなせるのに・・・なんであいつのほうが早いんだよ」
グレンが悔しそうにマントを握りしめる。
「ヒナ、デンドウの動きどう思う?」
「私見ですが・・・かなり余裕があるようですね。結花の動きを確実に読んでますし、試してるような感じに見えます。なんか過去のゲーム・・・『ユグドラシルの扉』でやった試験を思い出しますね」
「あぁ、同じことを思っていた」
腕を組む。思った通りだな。
デンドウはRAID学園の生徒を試すために入っているプレイヤーである可能性が濃厚だ。
「でも、絶対に結花は消させない」
「はい。いつでもお声がけください。ハンス様をサポートします」
結花の敗北が決定した後、デンドウがどう出るかだ。
いざとなれば、ここで闇の王として正体を現すのもやむを得ない。
消えたRAID学園の生徒たちについて、もう少しここで情報収集をしたかったが・・・一気に力を解放してあぶりだすのもアリだな。
キィン
『おお!!!!』
えまが興奮気味に言う。
「!?」
雷が封じられて、結花の杖が弾かれた。回りながら天高く上がって、離れた場所に落ちた。
「・・・・・・」
デンドウが剣に雷を流しながら、結花に近づいていく。
結花が両手を握りしめて、後ずさりをしていた。
『降参しますか?』
「しません・・・・降参しません!」
えまの言葉に結花が首を振った。
デンドウが指を動かした。バトルフィールドの地面が大きく振動する。
ドドドドドドドド
「きゃっ」
地面から岩が現れて、結花が磔になった。
「勝負がついたな。ヒナ、準備を頼む」
「はい」
立ち上がって、手袋を脱ぐ。
りまがカメラを動かして、結花をアップで映した。音声が大きくなる。
『もう一度確認します。降参せずに、次の攻撃で戦闘不能になれば自動的に医務室に転移されます。降参しますか?』
「しません!」
「バトルは終了だ。君の負けだ。武器は俺が持っているのだからな」
結花の杖をデンドウが拾い上げる。
「RAID学園の生徒にしては弱かった。予選を上がったのは運か」
デンドウの声は冷たく、残酷だった。結花がデンドウを睨みつける。
「私は、負けません・・・・」
「そうか。ではこちらも容赦なくいく。弱い者では闇の王を倒せないからな」
デンドウが剣を振りかざしたときだった。
ズズ・・・・
「!?」
結花の足元の影が濃くなっていく。漆黒の中で、何か得体のしれないものがうごめいているのがわかった。
会場内がざわめく。デンドウの動きが止まったことに驚いているようだった。
あの不気味な影が見えている感じではない。
「そ・・・蒼空様、あれは・・・」
「・・・結花からは何も聞いていない。他の者には見えていないようだな」
「そうですね」
― 助けてください ―
結花の口が小さく動いたのが見えた。
ズン・・・
闇が一瞬だけ人の形になった。あいつは、おそらく悪魔だ。
地獄から来たような、この世に体を持てない、キキペペとは違う悪魔の姿が・・・。
「降参だ」
デンドウが剣を置いて両手を上げる。
「は?」
「な、何が・・だって・・・・」
「・・・あの怪我のせいか? いや、でも・・・・・・・」
観客席に動揺が走る。何が起こったのかは理解できていないようだ。
配信コメントが勢いよく流れていたが、誰一人として結花の足元に広がった影については書いていなかった。
『えっと・・・』
えまが戸惑いながら、デンドウに近づいていく。
『こ、降参・・・ですか?』
「あぁ、降参だ。降参する。手首を負傷した」
『はい。で・・・ではデンドウが降参ということで』
りまを見つめて頷きながら、結花のほうに手を上げる。
『勝者! 結花!!』
「・・・・・・・・・」
結花が俯いてほほ笑む。影がすっと消えていくのがわかった。
観客席が戸惑いながら、拍手しているのが見えた。
「え、え? 勝ったの? 結花、勝ったの? やったじゃん!」
グレンが興奮気味に話している。
手袋をはめ直して、席に座った。
「あの・・・蒼空様」
ヒナがこめかみに汗を伝わせて、青ざめていた。
「い・・・今の・・・影は何なんでしょうか?」
ヒナも悪魔までは見えていなかったか。
「結花が戻ってきたら聞いてみよう」
「・・・はい」
モニターで今のバトルのリプレイが映っていた。
俺とヒナが見た影はどこにも見えずに、デンドウが軽く負傷して剣を握れなくなったように映っていた。




