127 光と影
キキペペは圧倒的な強さで勝ち進み、グレンは堂々と棄権して帰ってきた。
Bグループの予選通過者は出揃っていなかったが、トーナメントは着実に進んでいた。
次は深雪のバトルか。あらゆるギルドが身を乗り出してバトルフィールドを見つめていた。
フードを触りながら、結花たちのいる場所に戻ってくる。
「おかえりなさい。やっぱり駄目でしたか?」
「まぁな、面倒な勝ち方をしてしまった」
頭を掻く。
「仕方ないですよ。本当にすごかったのですから」
結花がふふっと笑う。
ロイが言いかけたプレイヤーのことを確認しようと、『コノハナサクヤヒメ』のギルドに近づこうとしたが、すぐにいろんな者たちに囲まれてしまって身動きが取れなくなった。
弟子にしてほしいと懇願してくる者数人を、なんとか振り切ってきた。つか、弟子ってなんだよ。
「蒼空君は自分が思っている以上に目立ってしまうんですよ。気を付けないと」
「・・・随分、楽しそうだな」
「なんか懐かしいなって思いまして。蒼空君のゲーム配信をクラスメイトと見ていたときのことを思い出したんです」
「ハンス様、いいですか? 楽しそうなところ申し訳ないですが」
ヒナがじとーっとした目で割り込んでくる。
「わっ、ひ、ヒナさん!」
結花が髪を触りながら、背筋を伸ばした。
「ちょうどよかった。ヒナを探してたんだよ。結花の次の対戦相手のこと、何かわかったか?」
「あ、はい。さっきから個人情報にアクセスしようとはしているのですが、全て弾かれてしまって。たった1人のバトラーがここまで厳重なのは初めてかもしれません。近未来指定都市TOKYOにいる運営者・・・なら納得がいきます」
「そうだな。奴はその先のトーナメントも、ハルトかヒナタと当たることになってる。たまたまだとは思いにくい」
「RAID学園は、鳥かごみたいですね。いつまで私たちは生徒でいなければいけないのでしょうか」
ヒナが人差し指でモニターに触れながらつぶやいた。
「・・・・・」
俺はともかく、深雪もヒナも結花も、RAID学園の生徒だということからは離れられない。
『イーグルブレスの指輪』のどこのフィールドに行ったとしても・・・な。
「あの・・・実力を測るってことは、私、消されちゃうんでしょうか」
結花が杖に埋め込んだ4つの魔法石を撫でる。
「結花、次の対戦は危険しろ」
「・・・・・・」
「理由はグレンみたいに、体調が悪いとかでいいだろ。クリエイターで運営者は何をしてくるかわからない。結花の感じてる通りだ。もし、相手が想定していた力が無かった場合は、消される可能性だって・・・」
「蒼空君は・・・」
結花が真っすぐこちらを見た。
「私を信じてくれないのですか?」
「信じてないわけじゃないがバトルは綺麗事ばかりじゃない。お前の場合は要領が悪い。一つの判断が命取りになる。新帝を目指してるわけじゃないんだから、ここで敗退したっていいだろう」
「・・・・・・・・」
ワァァァァァァァァァ
一際大きな歓声が上がった。
闘技場の柵のほうにいたキキペペが、驚いたような表情で駆け寄ってくる。
「セレナ様でし!」
「セレナ様が戦ってましよ!」
「水瀬深雪だって言っただろう。同じなんだけどな」
立ち上がって、バトルフィールドを見下ろす。水瀬深雪が旧雷帝のライアンと対戦していた。
「旧雷帝相手にもう決着がつこうとしてましよ」
「やっぱりセレナ様に見えるのでし。あ、でも、セレナ様はもっと残酷だったので、拷問とかやりかねないでしが」
「セレナは深雪の押さえていた部分なんだよ」
「?」
自分を縛ろうとする者たちへの怒りや恨みは、セレナに凝縮してたんだろうな。
きっと、今の深雪も、同じ残酷性は持ち合わせているはずだ。
多くのリスナー・・・いや、パパの見ている前では絶対に出さないだろうけどな。
『深雪が次々と幻獣の刃をかわしています!』
『ライアンのほうが、攻めているようですが、深雪には全く届いていないですね。さっきの大技さえも避けるとは、さすがRAID学園の人気のバトラーです』
ライアンは雷をまとう幻獣を2体召喚し、深雪に猛攻を仕掛けていた。
深雪は全く力を消費していない。
軽い魔法で弾きながら、決定打となる一撃を繰り出すタイミングを見計らっているようだった。
「随分余裕だな」
「あれなら、あの旧雷帝とかいう奴、3人がかりでも勝てそうでしね」
「・・・・・・・・・」
深雪は容姿の美しさだけではなく、見ている人たちを楽しませるような爽快感のある戦い方だった。
ライアンは確実に深雪のペースにはまっている。
あと数分後には決着がついているだろう。
「あの、ハンスは深雪に憧れてるんですよね?」
「憧れてるっていうか・・・まぁ・・・」
後ろに手をつく。
「私もあんな風に、堂々とバトルフィールドに立ちたいんです。蒼空君の前で、逃げるところは見せたくないというか・・・私は負けてしまうかもしれませんが、でも・・・・」
結花が隣に並んで、ぐっと両手を握りしめる。
キンッ
ドドドドドドドドドドドドッド
深雪が剣を鎖の鎌に変えて、鎖で3人を縛り上げた。
見たこともない光り輝く鎌は、死の神の持つ鎌にも似ている。
「!?」
右手を動かして、ライアンの首に鎌を突き付けた。
「・・・・・・・・」
ライアンが項垂れながら、左手を上げた。
『最後は一瞬でしたね。さすが優勝候補です。勝者! 深雪!!!!!』
オォォオオオオオオオオオ
配信には多くのコメントが寄せられていた。
深雪がすべての魔法を解いて、笑いながらカメラに向かって手を振っている。
「すごい。息切れ一つしていないなんて」
ヒナが口を小さく動かす。
「でも、やっぱり、セレナ様ではないでしね。セレナ様だったら絶対に、最後にあの鎌を振り下ろしてたでし」
「この闘技場では命の危険が及ぶと転移させられる仕組みだ。わざわざそんなことしないだろ」
「そうだったでしか?」
「あたしたち、殺すつもりでやったでしよ。向こうが途中で降参したので、審判に止められて、止めましたが」
「・・・ちゃんと、ルールを読んでおけよ」
「そうゆうのは、後で読むタイプでし」
キキとペペが尻尾をくるくるしながら言う。
「結花、俺は棄権したほうがいいと思うけど、何があっても出たいのか?」
「・・・はい。それに、もし私がダメダメで、いなくなったRAID学園の生徒みたいになってしまっても、ハンスとヒナさんなら探してくれると思うので・・・」
結花は作り笑いが下手だった。
「出るからには必ず勝つと思え」
「え・・・・・」
「俺は負けそうになったこともあったが、負けると思って勝負に出たことはない。不思議と、自分が勝つと思わないと勝てる動きができないんだよ」
遠い昔のことを思い出しながら話していた。
闇の王としてプレイヤーに追い詰められ、最期に俺にとどめを刺したのは・・・。
「さっきは、棄権したほうがいいって言って悪かった。お前は勝てるよ」
「は、はい!」
「・・・・・・・・・・」
キキとペペがこちらを見ながら、席につく。
「そうですね。私、次の対戦、勝ちます!」
結花の表情がぱっと明るくなる。
観客席の興奮は冷めないらしく、なかなか次のバトルに移らなかった。
旧雷帝のライアンは自分の負けが悔しいのか、しばらく、バトルフィールドから動かなかった。
「そうだ。私、もっと前のほうで見てきますね。ここにいる方たちがどんなバトルをするのか、もっと研究してきます。グレン、一緒に行きましょ」
「え、僕、寝ようと思ったんだけど」
「暇だからいいでしょ。いってきますね」
結花がにこっと笑って、グレンの腕を引っ張っていった。
「ハンス、あの子、このトーナメントでバトルするレベルに達していないと思いましよ」
キキが瞼を重くして結花を見つめる。
「あたしの読みでは99%負けましね」
「仕方ないだろ。結花の意志を折ることはできない」
「そうでしか。人間って難しいのでしね」
ペペがひじ掛けに頬杖をついていた。
2人の言う通り、結花のレベルではこのトーナメントで一勝するのも難しいだろう。
負けた後の手を考えておかないとな。
「応援ありがとうございます。今のバトルの解説は、私の配信でしますね。ぜひ、見て行ってください」
深雪が公式配信のカメラに呼びかけて、バトルフィールドから離れていた。
今の一戦だけでも、かなりの注目を浴びたようだ。コメントからは、深雪の人気が伝わってきた。
でも、ギルドの中には深雪の存在が面白くない者もいる。
ぐちぐちと陰口を叩いている声もちらほら聞こえていた。
光と影は表裏一体だ。
どんなに本人が純粋であっても、光だけしか持たない者なんて、この世に存在しないんだろうな。




