122 忘れられたヒーロー
『予選勝ち抜いてきました! 応援のコメントありがとう。水のフィールド以外にも、予選通過者が続々来てるみたい。今から闘技場の中を案内するね』
深雪が配信しながら闘技場を映していた。
現時点で、闘技場に戻ってきているのは、10,612人いるうちの、32人。
炎のフィールドの予選通過者は2人だけだった。
バトル方式でしか慣れていないプレイヤーにとって、フィールドごとに出される課題は難しいらしい。
「地のフィールドと風のフィールドからは誰も来ていませんね」
「あぁ。今のところ予選通過者が確定しているのは炎のフィールドの2人だけか。全フィールドの予選通過者が揃うまでは時間がかかりそうだな」
「はい。水のフィールドもあれから動きはないようですしね」
バトラーの控室で、モニターを眺めていた。
俺たちが戻ってきてから、予選通過者は増えなかったが、脱落者が続々と転移していた。観客席で、ギルド内でが脱落者を励ましあっているのが見える。
「予選通過者の内、3分の1がRAID学園の生徒じゃん。やっぱ、強いね。新帝はRAID学園の生徒になるのかな」
グレンがソファーに寝転がりながら言う。
「ゲームに関しては、私たち、強いですから」
「さすがだね」
「お前はいつまで一緒に行動する気だよ」
「いいじゃん。せっかく仲良くなったんだからさ」
俺と一緒にいれば、こいつも危険に晒す可能性がある。
できれば別行動したいんだが・・・。
「はぁ・・・僕が予選通過。興奮が冷めないな。ちょっと、僕、闘技場歩いてくるよ。なんか、勝者の歓声浴びたくて」
「好きにしろって」
「すぐ戻ってくるよ。じゃ」
グレンが立ち上がって、闘技場のほうへ降りていった。
基本的に注目を浴びているのはRAID学園の生徒で、グレンはあまりモニターに映ることがないんだけどな。
レベル3で通過した運のいい奴ってコメントがあって、結花が隠していた。
「どうしてRAID学園の生徒は人気なんだろうな」
「え?」
「だって、炎のフィールドの激戦を勝ち抜いてきた2人より、花のフィールドから戻ってきた7人のRAID学園の生徒のほうばかり映ってるだろ」
公式配信では、えまとりまが花のフィールド通過者のRAID学園の生徒たちにインタビューをしていた。どんな試験だったか説明しているようだ。
「きっと、水瀬深雪と蒼空君の影響ですよ。2人ともどのゲームでも高いスコアを残してましたから」
「深雪はともかく、俺はないだろ」
「そんなことないです!」
結花が両手をぐっと握りしめる。
「配信するたびに注目されてたじゃないですか」
「プレイヤーがやりたいゲームの情報を集めるのに見てただけだろ」
「違います。蒼空君のプレイは知的で無駄がなく、見てて楽しかったんです」
魔導メガネを外して、レンズを拭く。
「・・・人気者って、全然自分では気づかないんですね」
「・・・・・・・・・・」
「蒼空君は・・・闇の王になる前は、RAID学園のヒーローだったんです。蒼空君が思っているより、ずっとずっとみんなの人気者でした。闇の王になって、いきなりヒーローが強大な敵に変わってしまったんです」
「どこの世界線の話だよ」
「私は真面目です!」
真剣な表情に、少したじろいだ。
「みんな、何らかの原因で忘れてしまっただけです。私しか覚えてないのが、不思議でしょうがないくらいです。ちゃんと、思い出すといいのに・・・」
「・・・・・・」
俺に気を使っているのか、結花の話には現実味がなかった。
結花が赤くなった耳を触ってから、魔導メガネをかけ直す。
「そ、それより水瀬深雪ですね」
モニターに深雪を映す。コメントが滝のように流れていた。
「えっと・・・今、RAID学園で注目されているのは彼女です。トーナメントもそうですが、今後も蒼空君の強敵になることは間違いないですね」
「そうだな」
マントを後ろにやって、結花に背を向ける。
「お前も俺から離れていたほうがいい。RAID学園の生徒であることは変わりないんだから」
「私は蒼空君といると決めたんです!」
「どうして」
「蒼空君は私にとって、今もヒーローなんですよ」
振り返ると、結花が制服のリボンをいじりながら頬を真っ赤にしていた。
「なので、トーナメントではすぐに負けてしまうかもしれませんが蒼空君といます。役に立ちたいんです」
バンッ
「!?」
控室のどこかで、闇の魔力が高まるのを感じた。
「うわ!? な、なんだよ」
「闇の匂いがするでし」
「でも、魔族ではないでし。弱すぎるでし。何者でしか?」
「や、闇の匂いってなんだよ。知らないって」
「あたしたちが間違えるわけないでしよ。でも、弱いんでしよね」
「は?」
「試しに切り裂いてみるでし」
キキとペペがグレンを壁に押し付けて、剣を振りかざしていた。
「魔族!?」
動こうとした結花を引き留める。
「知り合いだ。ここにいてくれ」
「え?」
地面を蹴って、階段を飛び越えた。
ローブのフードを抑えながら、キキとペペの腕を引っ張った。
「!?」
「ハンス!!!!」
グレンが涙目になりながら、よろけていた。
「久しぶりだな。キキペペ」
「お前は、『毒薔薇の魔女』セレナ様といた・・・」
「お前らを探していた。セレナについて説明しなければいけないことがある」
「なんでしか?」
手を離すと、キキペペが目を丸くしていた。
「キキペペ! ここでトラブル起こさないでって言ったでしょ?」
「ヒナ!?」
ヒナがRAID学園の制服で立っていた。
俺の顔を見ると、ぱっと表情を明るくする。
「蒼・・・」
「ま、待ってくれ。今はハンスだ」
グレンのほうを見てから、目で合図を送る。
「ま、間違えました。ハンスですね。久しぶりで、名前を間違えてしまうところでした。すみません」
一瞬で、ぎこちなく取り繕っていた。グレンが尻もちをついたまま、後ずさりする。
「ヒナ・・・」
声を小さくして、ヒナに近づく。
「どうしてヒナがここにいるんだよ。『リムヘル』を任せるって言ったじゃないか」
「アリアとリーランがいるので大丈夫ですよ。私、一応RAID学園に所属してるので・・・新帝を決めるトーナメントの呼び出しがあったんです」
「そうか。確かに、それは行かないとおかしいか」
顎に手を当てる。
「ずっと無視していたのですが、エントリーに蒼空様を見つけたので、飛び入り参加してしまいました」
「エントリーに? 俺はハンスって名前でエントリーしてるんだけど」
「私は誤魔化せませんよ」
ニヤリとしながら、モニターを出す。エントリー名簿の内、俺の名前の横でヒナが指を擦ると、天路蒼空という名前が浮き上がった。
「!!」
「ご安心を。私が蒼空様を見つけ出すためだけに仕込んだのです。誰もわかるわけありませんから」
ヒナが手をかざすと、名簿は元に戻っていた。
息をつく。ヒナを甘く見ていたな。こいつは、情報戦に関してはかなり強い。
「何をごちゃごちゃ話してるでしか?」
「セレナ様について聞きたいから、おとなしくしてるでしよ」
キキが尻尾をくるんと回して近づいてくる。
「つか、どうしてヒナがキキペペといるんだよ」
「予選の森のフィールドで同じチームだったんです。そこから、ついてくるようになりまして・・・」
「懐かしいにおいがするのでし」
「おっぱいが小さいのは難点でしが、仕方ないでし」
「もうっ!」
ペペがヒナの胸を触ろうとすると、するりとかわされていた。
「まぁ、闇の王を探せたことは収穫でし」
「!」
「あたしらはわかるでしよ。闇の王を間違えることはないでし」
キキとペペが鋭い目つきをこちらに向ける。
「闇の王といたから、その人間から闇の匂いがしたでしね」
「納得でし」
「・・・ここでは言うなよ。正体を隠して、トーナメントに参加している」
「わかってましよ。あたしらは、上位階級の魔族。闇の王に仕えるためにここにいるでし」
ペペが目の前に降りて、頭を下げた。
「ちょちょちょちょ!!」
2人が剣を置こうとしたとき、グレンが声を上げる。
「待ってって。今、ハンスのことを闇の王って・・・・」
グレンが俺を見て、口を開けていた。
頭を掻く。キキペペとヒナが一緒にいることに驚くあまり、グレンの存在をすっかり忘れていた。
「う、う、う、う、嘘だよな?」
「これだけの魔力を近くでいながら、気づかなかったでしか」
「おめでたいやつでし」
キキとペペが瞼を重くする。さすがに誤魔化せないな。
「闇の王なの? ハンスが? え? だって・・・」
「言ってなかったが、俺が闇の王だ」
「えー!?!??!?」
バタン
「だ、大丈夫ですか!?」
グレンが気を失って、後ろに倒れた。
ヒナが咄嗟にグレンの額に手を当てて、治癒魔法を唱えていた。




