121 欠けたRAID学園の記憶
「このゲームにプレイヤーとして入ったとき、RAID学園の生徒が6人行方不明・・・というか、存在すら消されてるみたいなんです」
「消えた?」
「はい。私も信じられなくて」
結花が髪を耳にかけて、名簿をスクロールする。指先が微かに震えていた。
「RAID学園って今どうなってるの? なんか、闇の王はRAID学園の生徒だったから、RAID学園が総出で闇の王の討伐を目指しているってことまでは聞いてるんだけど」
「よく知ってるな」
「僕のいた街は細々とプレイヤーたちが来てたからね。靴磨きしてたけど、このトーナメントに参加するだけの情報は持ってるよ」
グレンがハーブティーを注ぎながら言う。
「では、少し私たちのことも説明しますね。私たち、近未来指定都市TOKYOの人間は、こちらに転移させられてから、普段利用しているアバターは使えない状態になってるんです。RAID学園の生徒はゲーム装置で、『アラヘルム』や様々な都市に転移して、闇の王討伐するために行動を起こしているのですが・・・」
「アバターじゃないのに、ゲーム装置で転移するの?」
「え、おかしいですか?」
結花の説明に、グレンが首を傾げていた。
「だって、元々、近未来指定都市TOKYOは電子空間だから、必要がない気もするんだけど。んー、転移装置ってイメージなのかな」
「・・・・・・・」
RAID学園の生徒には他のゲームと変わらない、VRゲームの世界と思わせるためだろうな。
混乱を避けるためだろうか。
「あの、私、自分が電子空間にいるってのも、グレンから聞くまで知らなかったんです。というか、RAID学園の生徒はほとんど知らないと思います」
「え!? そうなの? 他のプレイヤーと交流があったら聞かない?」
「聞いたことなかったです」
「外の世界の人間は、知っていても言わないようにしてるのかもな。そうゆうルールがあるのか・・・」
あるいは、RAID学園の生徒たちの記憶が操作されているか、だな。
後者のほうが可能性が高い気がするが・・・。
「マジか。そういや、僕が会った生徒もVRのゴーグルみたいなのいじってた気がする」
「グレンの場合、転生前の記憶を持って、この世界に肉体があるし、制約が回避されてるのかもしれませんね」
「あはは、稀な存在だよね。ぶっちゃけ、モブだから影響力ないけど」
グレンが湯気を覚ましながら笑った。
「でも、なんかごめん。言わないほうがよかったよね?」
「いえいえ、なんか違和感はありましたし、納得はしています。聞けて良かったです、少なくとも私は・・・」
結花が指を動かしながら、長い瞬きをした。
「話を戻しますね。これは、RAID学園の名簿です。『イーグルブレスの指輪』に入った順に並び替えています」
「へぇ、こんなにいるんだ」
「他のゲームをプレイしていた者も、みんなこの世界に入ってるからな」
名簿はRAID学園高等学部3年のもので、横にはあらゆるゲームのスコアが書いてあった。
特に変なところはないように思えたが・・・。
「ここです」
結花が名簿の名前と名前の間を指す。
「ここにクウザって人がいたらしいんです。ユウマたちと同時に転移した他の2人に聞いても、全然覚えてないらしいんです。それどころか、ユウマが異常者扱いされたみたいで・・・」
「マジで!? ホラーじゃん」
グレンがハーブティーをこぼす。
「そこから、ユウマはいなくなった人たちを探してるそうです。今までわかったのは6人、本当はもっといるかもしれない・・・とのことでした」
「一緒にいたハルトとヒナタもわからないのか?」
「ハルトとヒナタは1人だけ、クウザのことしか覚えていないみたいです。ユウマの話だと、4人は幼馴染だったらしいのですが。ハルトとヒナタは誰かいたような気がするけど、思い出そうとすると記憶が途切れるって話してました」
「そうか・・・・」
ユウマが苛立っていたのを思い出していた。
「ユウマが嘘をつくメリットもないしな」
「はい。一応、魔導メガネで3人の動悸も確認していたのですが、3人とも嘘をついているというデータは取れませんでした」
「・・・・・・・」
口に手を当てる。
RAID学園の記憶を操作されていて、ユウマだけは何らかの理由で操作されなかった可能性が高い。
いや、ユウマだけ記憶が残ったのは、RAID学園としても想定外の出来事なのかもしれないな。
「わかった! それって、闇の王じゃない? 闇の王が、RAID学園の生徒が脅威になるから消したとか」
グレンが前のめりになる。
「それはないな」
「どうして言い切れるんだよ」
「俺は近未来指定都市TOKYOを転移させてから、RAID学園には関与してない」
「?」
「スコアが低い者を切ったのか。どこかに集めて強化させてから、『イーグルブレスの指輪』の世界に入れるつもりなのかはわからないが・・・神々の中に知っている者がいるか・・・」
「ハンス!」
結花の声に、はっとして顔を上げる。
グレンが口をぽかんと開けていた。
「あ、えーっと、俺はじゃなくて闇の王が関与してないってこと知ってるんだよ。ギルドの酒場とかに潜入したりして」
「・・・・・・・・」
「ほら、この世界は神々しか知らないことも多いって。あ、今のは全部、情報屋に聞いた話だ。確かじゃないし、俺もそんなに詳しくないっていうか・・・」
グレンが肩をガシッと掴んできた。
「ハンス・・・情報屋って、それは・・・」
さすがに、今のは苦しかったよな。
取り繕うのは苦手なんだよな。
「本当か!? 情報屋! 情報屋なんているのか? この世界に」
「あ・・・え・・・うん」
「情報屋! すごいな!! 情報屋・・・」
聞いたこともないんだが・・・。
結花が口を押さえて、目を逸らしていた。
「僕にぴったりの役職じゃないか!」
「は?」
「陰で世界のカギを握る情報屋。プレイヤーに、情報を提供してひそかに世界の真理に導く・・・かっこいいな。どこで会ったんだ? あ、そうだよな。言えないよな。情報屋は常に危険と隣り合わせだ。僕も君たちの陰に隠れながら、情報を集めて情報屋として生きていくよ」
「・・・・・・・」
一人で話して一人で納得していた。
まぁ、疑われるよりはいいが・・・なんか、ものすごく悪いことをした気がした。
「こほん。あの、いいですか?」
「あぁ、悪い」
結花が軽く咳ばらいをして、モニターを閉じる。
「とにかく、ユウマたちは消えた生徒たちを探してるって話してました。他の人には、絶対に言わないでほしいらしいです。彼らも私も、RAID学園からのアクセスを自分で切ったので大丈夫ですが、RAID学園を疑っていることが漏れたら、どうなるかわかりませんから」
特に・・・と言って、木の陰にいる水瀬深雪に視線を向ける。
「彼女はRAID学園の中でも有名なプレイヤーです。誰かの指示で、情報収集しているかもしれないので、絶対に言わないでください」
「・・・わかった」
深雪が同じチームの2人から離れて、ぼうっとアリエルのほうを見つめていた。
深雪は味方が多いようで少ない。
特にRAID学園の生徒からすると、俺と同じくらい得体のしれない存在だ。
結花が警戒するのは、無理もなかった。
「俺たちも独自に探したほうがいいかもな。消えた奴らのこと」
「え?」
「結花、お前はRAID学園の生徒だ。自分だって、ある日突然消される可能性だってある」
「・・・・・・・・」
「ま、情報屋の僕に任せてって。僕の存在感の薄さを利用すれば、消えた生徒たちがどこに行ったのか見つけ出せるかもしれないよ」
グレンが自信満々に言う。
「ありがとうございます」
結花が力なく笑って、地面に手をついた。
「でも、私、自分が消えてしまってもいいかなって思ってるんです。そんなに今の自分に執着が無いというか」
「なんで?」
「あまり力もないし、運よくスコアを伸ばせるゲームもあるけど・・・いまいちパッとしないんです。私、いる意味あるのかな? って思うことも多くて。配信も苦手ですしね」
「結花・・・・・」
「あ、ハンスの役に立てることは嬉しいんですよ。今、私はそれだけなんです。もし・・・」
結花が何かを言いかけて、ランプの蓋を抑えた。
ザァッ・・・・
突然、ひんやりとした風が吹いて、ランプの灯が揺れた。
『はい、次はハンス、結花、グレンのチームね』
「!」
アリエルがふわっと飛んで、目の前に降りてきた。
『ちょっと予定より早いけど、闘技場に戻ってもらうわ』
「あと6時間あるけどいいのか?」
『炎のフィールドの予選通過者が全員戻ってきたんだって。これで、私の試験が簡単すぎるとか、責められることはないから。ここでぐだぐだされても、邪魔だし』
地面を踏み鳴らすと、魔法陣が展開された。
『せいぜい、頑張ることね。黒き龍はここで終わってしまったけど、貴方はどうなるのかな?』
「!?」
アリエルと目が合った。
こいつ最初から俺のことに気づいて・・・。
シュンッ
ワアアァァァァァァァァァァァァ
体に感覚が戻ってくると、歓声が聞こえてきた。
『続いて、水のフィールド通過者が戻ってきたようです!!!』
フードを抑える。
ステージのような場所に立っていて、グレンがドローンのカメラに向かって両手を振っていた。
「すごいすごい! 僕、本当に予選通過したんだ!」
顔を上げると、モニターには水のフィールドの通過者、俺のチームと、ハルトのチーム、水瀬深雪のチームの名前が書かれていた。




