119 予選~水のフィールド⑥
『はい、確認終わり。貴方たちを水のフィールドの通過者として正式に認めるわ』
「やったー」
アリエルがアクアマリンのドラゴンを持って、噴水の水の上に置く。月明かりが水に道を作っていた。
少し経つと、水の中に溶けて無くなっていく。
「消えちゃった」
『水と一つになっただけ。私の魔法はこの噴水から生まれるから』
アリエルがふわっと飛んで、台座の上で足を組む。
「ねぇ、最速クリアはRAID学園の生徒だって。すごいじゃん。結花、行ってこようよ」
「え、ごめん、私はちょっと・・・」
「RAID学園だって、みんなが仲がいいわけじゃない。お前だって、転生前、学校があったなら触れられたくないことの、一つや二つあっただろう?」
「あ、あぁ、そうだよね。ごめん。つい、勢いで・・・」
ぱっと両手を上げた。
「あれ? ハンス、なんか学校に詳しいね」
「まぁ、俺の住んでいたところも学校はあったからな」
「そうなの? わかった。もしかして、軍の養成所みたいな? だから、戦闘力が高いの?」
「そ、そんなとこだ」
「なるほど。僕も行ったらめちゃくちゃ強くなってたりして。いや、モブにはそんなステージ用意されないか」
グレンが自虐的に言う。
俺は軍の養成所なんか行ったことないし、いたのは、RAID学園なんだけどな。
結花が俯いて、軽く噴き出しそうになっていた。
「実は僕も学校って馴染めなくてさ・・・先生から見捨てられるし、SNSのフォロワーとか増やせないし、勉強もできないし。本当、最悪だったよ」
グレンが転生前の学校について語り始める。
ほっと息をついていた。さすがに、今バレるのはまずい。
「グレンが行っていた学校はどんな感じなんですか? ゲームとか、やるんですか?」
「全然。ずーっと勉強漬けだよ。特に青春を謳歌したわけでもないし、こっちの世界のほうが好きだね。何より、楽しい、先の見えないワクワク感がある。ま、そもそもの属性がモブだから、これといったイベントに出くわすことないけどね」
「そうなんですね・・・私、外のことあまり知らないから」
結花が髪を触りながら目を逸らした。
「僕もRAID学園の生徒になりたかったなー。でも、毎回ゲームに入ってスコアを維持しなきゃいけないんだから、それはそれで大変か」
「・・・上位プレイヤーはいつも固定でしたね・・・でも、RAID学園の生徒はみんなゲームに入らなきゃいけないので、慣れないゲームに入ってしまうと、辛かったです」
「へぇ、近未来指定都市TOKYOにいる限り、逃げられないもんね」
「RAID学園に入らないほうがよかったって思うことが多かったかもしれません。でも、素敵な人との出会いとかもあったり、なのでかろうじて今も頑張れています」
力なく笑う。
RAID学園にそう思っている生徒がいたとはな。学校にいたときは、自分以外の生徒はヒナくらいしか気にしていなかったから・・・。
夜風が頬に触れる。噴水を囲んでいた葉がさぁーっと音を立てていた。
『なんか、面白そうな話してる?』
「わっ・・・」
アリエルが急に覗き込んできた。
『私もRAID学園には興味あるの。一番に来たのも、RAID学園の生徒、二番目に来たのもRAID学園の生徒だし』
「わ、私は・・・何も特別なことしてないです」
「アリエル、俺たちを闘技場へは転移させないのか?」
『貴方たちが早すぎて準備ができてないの。ほら、次の挑戦者は戻ってこないでしょ? あと、12時間はかかる予定だったんだから、この辺で暇つぶしてて。早く転移させたら、私が簡単な試験作ったんじゃないかって怒られちゃう』
分厚い本に指を挟んでいた。
足を動かすたびに、透明な靴が光の跡を作っている。
『試験は難しかったのに。ルート分岐はあったけど、ドラゴンはちゃんと強いし、謎解きもたくさん・・・て、貴方たちに言ってもしょうがないけど』
「12時間もここにいるの? なんか食べ物とかないの? 寝る場所とかさー」
『うるさいわね。寝たいのなら、その辺で寝なさい。ここはモンスターも出てこないんだから』
アリエルが水を蹴って、台座の上に戻っていった。
「寝るって。はぁ・・・」
「テントならありますが・・・」
周りにはごつごつした岩と、さらさらとした水の通り道があるだけだった。
時折鳥が水浴びをして戯れているのが見えた。
「!」
フードを抑えながら一歩下がる。
「ねぇねぇ、君、RAID学園の生徒だよね?」
「あぁ・・・はい」
RAID学園の生徒のほうから近づいてきた。女と男2人の全員魔導士のパーティーだ。
「貴女はこの世界の者たちとパーティーを組んだのね」
「・・・・はい、そうですね。なんか、こっちの世界の人のほうが慣れちゃって」
「私たちの後輩がお世話になってます」
「・・・どうも」
フードを抑えながら、頭を下げる。
「・・・・・・・・・・」
結花が俺といることは知らないのか。
グレンが何か言おうとして、ちらちらこちらを気にしながら、言葉を飲み込んでいた。
「俺はハルト、こいつはユウマ、彼女はヒナタだ。あ、ユウマ」
「話したくないと言っただろう。このトーナメントだってどうでもいいんだからな」
「まぁまぁ、そんなこと言わずに。下級生じゃん」
ユウマは高等学部3年の桜田雄馬か? 『ユグドラシルの扉』は入っていないからスコアは無かったが、『バベル』というゲームでは歴代最高記録を残していたはずだ。
同じゲームに入ったことは無いから、実力はわからないが・・・。
「下級生も上級生も関係ない。ゲームの中では誰もが同じステージに立つ。実力主義だ」
「もうっ・・・」
ヒナタがユウマを引っ張る。
「さ、最速でクリアなんてすごいですね」
「うちはユウマが魔力担当だったから、さくっと終わっちゃったよ」
「お前らも新帝を目指してるのか?」
「ん? 誰だお前は?」
「ハンス、えっと、『アラヘルム』の街の外で会ったんです。モンスターに追われてるところを助けてもらいまして」
結花が慌てて間に入っていた。
「そうなの。私たちの後輩をありがとう」
「フン・・・・こっちの世界の奴らには俺たちのことなんてわからないだろうな。話すだけ無駄だ」
ちらっとこちらを見て、息をついていた。
モニターを出して、RAID学園の生徒の名簿を眺める。
「ユウマ、どうしてそんなに当たり散らかしてるんだよ。同級生が消えたことは・・・」
ガンッ
ユウマがハルトの胸倉を掴んでいた。
「その話を二度とするな!」
「わかったって。ただ、いちいち他人に当たるなよ。入ったからには穏便に過ごすって話し合っただろう?」
「・・・俺は闇の王なんか討伐する気はない。おかしいのはRAID学園だ。今回はお前らのために予選通過したが、トーナメントなんかすぐに敗退してやる」
「な、なんかごめんね」
ヒナタが長い黒髪を後ろにやって、苦笑いしていた。
「あの、RAID学園の何か知ってるんですか?」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
ハルトの顔が急に曇った。ユウマがゆっくり、手を離す。
「ここで言いにくいなら、私一人で聞きます。教えてもらえませんか? 私も、RAID学園には少し不安を覚えてるんです」
俺とグレンを見て頷く。
「行くぞ」
「え、う、うん」
グレンを連れて、崩れかけた階段を上っていった。
高い場所にいると、水のフィールドは魔法陣のように見えた。
ちょうど水の流れる場所が、何かの模様のようになっている。
「なんかRAID学園って大変そうだね。闇の王を討伐するために、全員このゲームに強制的に参加させられたんだろ」
「さぁ、俺はそんなに詳しくないからな。つか、どうしてそんなこと知ってるんだ?」
「言っただろ。僕の街にもRAID学園の生徒が来てたんだって。ま、彼らはやる気満々だったよ。絶対に闇の王を討伐して、世界を救うんだって」
「ふうん」
グレンがその場に座って、欠けた手すりのような岩に寄りかかった。
結花がハルトたちとモニターを見ながら話しているのが見えた。
「じゃ、僕、寝てるからなんかあったら起こして」
「寝るのか? ここで?」
「だって、盗み聞きもいけないし、モンスターも出ないって言ってただろ。せっかく、満天の星空なんだから、寝転がってみなきゃ損だよ。綺麗だなー星の名前とかはしらないけどさ」
空に手を伸ばしながら話していた。
「・・・そうだな」
体の力を抜いて、隣に座る。
空は俺が作り出した天体模型と同じくらい美しく、静かに星が煌めいていた。
 




