111 永久封印
「蒼空君・・・・・?」
中野結花が鳥かごの中で目を覚ました。
「結花・・・」
「ちょうどよかった」
フリージアが結花の喉に剣を突き付ける。
「あっ・・・」
「・・・お前ら・・・そいつは関係ないだろ?」
結花が状況を掴めないまま、震えながらこちらを見る。
檻に触れようとして、手を引っ込めていた。
「ど、どうなっているのですか? 私は・・・これは」
「しゃべらないで!」
フリージアが睨みつける。
「汚らわしいプレイヤーの話す言葉なんて聞きたくもない」
「え・・・・・」
『目を覚ましたのですね。ここは貴女のような穢れたプレイヤーが来るところではありません。闇の王とまとめて封印しましょう』
女神リテが手を組んで目を閉じた。
ドーン
「なっ」
『どうゆうことですか? テイア』
テイアが鉄球を女神リテの前に振り下ろす。
「女神リテ、彼は死の神でもあります。死の神を封印すれば、貴女にも災いが来ると思いますよ。ましてや、彼は闇の王ですから貴女もただではすみません。死ぬつもりですか?」
『ティターン神族のお荷物もいたのですね』
「荷物・・・?」
「リテ様」
フリージアが動こうとするのを、リテが止めていた。
テイアが目を吊り上げる。
「失礼ですね。テイアは誇り高きティターン神族の末の妹です。今はテイアに対する宣戦布告ですか?」
『事実を言ったのですよ。貴女のことは風の噂で聞いています。ティターン神族を・・・』
― 悪魔の鎖 ―
「っ!?」
リテの両手と両足を縛る。
「お前の相手は俺だろう?」
ドサッ
『闇の王・・・よくも、闇の力を私に・・・・』
バランスを崩して倒れたところに、額に深淵の剣を付けた。
うっすらと血が滲む。
「リテ様!!」
『・・・この祠でもそこまで動けるとは・・・』
「悪いが、お前の命を奪い、魂を狩らせてもらう」
『ふふ、甘いですね。エルフ族の祈りの力は、もう闇の王に届いているのですよ』
「?」
リテが口角を上げると、床に魔法陣が展開されていた。
柔らかな金木製の香りが、体を包み込む。
『今度は解けないでしょう。憎しみの力はどんなものにも勝ります。全てはフリージアの愛と祈りのおかげなのですよ。長い長い時間をかけて、祈りと悲しみは確かに私に届きました』
剣をまとっていた炎が静まっていく。
「リテ様、その体・・・どうされたのですか?」
「!」
刺したはずの剣が、リテの体に触れていなかった。
こいつ、最初から・・・・。
― 安寧の闇―
「リテ様!!!!!」
『さようなら。闇の王アイン=ダア・・・』
ズズズズズズ・・・・
魔法陣が体を呑み込んでいく。
瞬く瞬間、リテが消滅し、フリージアが叫ぶ声が聞こえた気がした。
目を閉じると、青々とした木々と温かい色の花が広がった村が浮かんでくる。
フリージアのことを思い出していた。
あまり人前には出てこなくて、いつも木の陰で魔導具を錬金していた。
近づいてきたのは、リゴーニュの村に来て数か月経った頃だろうか。しばらく、警戒しているのが伝わってきた。
『アイン=ダアト?』
『あぁ、転生前の俺の名前だ』
『闇の王アイン=ダアト? なんて呼べばいいの?』
『好きにしろ』
木の上からリゴーニュの村を眺めていると、フリージアが寄ってきた。
『ここはプレイヤーが来ないんだな。穏やかな美しい村だ』
『リゴーニュの村は女神リテ様が、他の種族との時間軸をずらしているの。プレイヤーが居ない時間軸・・・過去なのか、未来なのかわからないけど、時空に浮いた場所として存在している。あの祠から切り離されてるんだって、言ってた』
羽根をパタパタさせて、木の実を取りながら言う。
『なるほど。だから、あの祠の空気が違うのか」
『野蛮な者たちがこの村に来ないように・・・リゴーニュの村は美しいからこのままがいいって。この村は女神リテ様に守られてるの』
ぎこちなくほほ笑む。
『穢れの知らない民か・・・随分、過保護な女神だな。ここにいる者たちの魔力は決して弱くない、いざとなったら自分の身くらい守れるだろうに』
『穢れ?』
葉に日差しが透けていた。
花びらだと思っていた蝶が飛んでいく。
『闇の王は穢れって見たことあるの?』
『ん?』
『な・・・・なんでもないよ』
フリージアの声は小さく、風の強い場所では聞き取りにくかった。
引っ込み思案で、あまり話すことは無かったが、葉や花びらに隠れて、見えないようについてきているのはわかった。
身のこなしが軽く、蝶のような少女だった。
ぼうっ
火の灯る音で、はっとした。結花がランプに火を灯して立っていた。
「あ、蒼空君!」
今にも泣きそうな顔でこちらを見上げる。
「中野結花、どうしてお前が・・・・」
「蒼空君のこと、ずっと探してたんです。RAID学園が総力を挙げて、蒼空君のこと、殺そうと・・・すごい規模になってるんです。RAID学園の生徒たちが配信しながら、蒼空君・・・闇の王を追っているので、敵が・・・ものすごく多くて・・・知らない人たちまでたくさん入っていて・・・・」
「落ち着いて話せ」
「だって、大変なことに・・・闇の王を倒して英雄になるって・・・みんなおかしくなって」
「・・・・・・」
時間が巻き戻ったら、RAID学園がいいように仲間を増やしているようだな。
俺を蘇らせたのは、外側の人間なのか?
「で、お前はどうしてあの祠にいたんだ?」
「えっと・・・私、蒼空君探してる上級生のプレイヤーの後をつけてたら・・・怪我しちゃって・・・蒼空君をた、た、助けたくて・・・」
「わかった、あとでいいよ」
肩で息をしながら、過呼吸になりかけていた。
闇は人を不安にさせるらしいからな。俺は闇の王だからよくわからないが・・・。
「こ、ここは?」
「女神リテの永久封印の中だ。まぁ、お前も巻き込むことになるのは想定外だったが」
「え!? 永久って、永久に解けない封印ですか?」
「人間にとってはそうだろうな」
「闇、どこまでも闇です。ここで、死ぬのですか? いえ、死ねないのですか?」
涙目になりながら言う。
「俺は闇の王だ。この程度の封印くらい解ける。少し、時間はもらうけどな」
地面に座って、地面に複雑な模様の魔法陣を描いていた。
この封印魔法は、いくつか解除魔法をぶつけなければ解けないだろう。
「と、解けるんですか?」
「封印されたのは初めてじゃないからな」
「そ・・・そうですか」
魔法陣が描かれては消えるのを繰り返していた。
「蒼空君はすごいですね。冷静でいられるなんて」
「お前はその辺で待ってろ。寝ててもいいし、解けたら起こしてやる」
「お・・・起きてますよ。怖くなんてないです。私はこう見えて、ホラーゲームでもハイスコアを残しているので、耐性はありますから」
「あ、そ」
言葉とは裏腹に、ランプの炎がぶるぶる震えていた。
そもそも、この封印の中でなぜ結花がランプに火を灯せたのか不思議だ。
永久封印の中は、闇の者が生み出す光以外、受け付けないはずなのに・・・。
「お前、その炎、どうしたんだ?」
「え、え、ほ、炎、ランプですか? えっと、炎が灯るようにって願ってたら、こう出てきて・・・そうゆうスキル持ち?」
「・・・・・・・・・」
「あれ、炎、どうして炎? 私が? なんのため?」
闇が心を不安定にさせるのか。言葉がおかしくなってきていた。
このままだと、数分後には精神崩壊するかもしれない。
「あれ・・・私、どうしてゲームの中に、帰りたい、帰らなきゃ・・・・でも、あんな学校、もう」
空に手をかざす。
― 天体模型 ―
サァァァァ
闇の中に星空を展開させる。月も雲もない星だけの空だ。
ユグドラシルの樹の下で、”ヒトガタ”たちと眺めていた魔法だった。
もう、使うことは無いと思っていたが・・・。
「すごい、綺麗・・・・」
「今が夜だと思えば平気だろう? 落ち着いて待ってろ」
「・・・はい」
ランプを置いたまま、空を仰いでいた。深呼吸をして、座り直す。
描いては消えていく魔法陣を繋げながら、一つ一つ、封印魔法を解いていった。




