107 逃れられない運命
「RAID学園という俺が居た学校から、プレイヤーたちがここに来るかもしれない。奴らは、クリエイターと組んでいるから今までのプレイヤーよりも強化されている者もいるだろう」
「え・・・ちょっと・・・」
アリアが小走りでついてきた。
「ヒナ、お前はRAID学園のことがわかるだろ? 思いつく限りの情報をアリアに伝えてくれ」
「わかりました」
「何かあったら、アリアとリーランに結界を頼む。幽幻戦士は置いておくが、結界を張るならお前らのほうが強いだろう」
「ソラ、どこに行くの?」
「俺は行かなければいけない場所がある。なるべく早く戻るが、万が一俺が戻る前に攻め込んできた場合は、お前らに任せる」
「ソラ様、体調のほうは・・・・」
「問題ない」
「あ・・・・・・」
マントを後ろにやって、城から地下牢へと続く扉を開いた。
カツン カツン
蠟燭の明かりが揺れる。ところどころ、魔力を押さえる魔法石が埋め込まれていた。
「テイア・・・・」
地下牢の柵の近くにテイアが座っていた。
「闇の王・・・テイアに拷問する気ですか? テイアには効きませんよ。テイアは誇り高いティターン神族の末の妹なので、闇の王には屈しないのです」
「お前を解放しに来ただけだ」
「!?」
手をかざして、牢のカギを開ける。
「なっ・・・・・」
「お前を捕えていても仕方がないからな。ポロスはお前のことを誇りに思っていたはずだ。奴の期待に恥じないようにしろ」
奴の魂はヴァイスが狩ったらしい。
テイアのことを最期まで気にしていたと話していた。
「・・・・・・・・・・」
「どうした? 出て行かないのか?」
テイアが立ち上がったまま、固まっていた。視線をきょろきょろさせながら、何か言葉を選んでいる。
「テイアは出ていきたくないそうです」
「ん?」
深優が階段を降りて来ながら言う。
「そ、そんなことは無いです! テイアは・・・・」
「ゴーダンを見つけたいんだそうです。ヴァイスがティターン神族のゴーダンが『アラヘルム』の闘技場に居ると話していたので、ソラ様と行きたいんですよ」
「そんなこと言ってないです」
「・・・・・・・・・」
テイアはゴーダンと会えば精神崩壊する。
会わないほうがいいんだが、避けられない運命なのか。
「一人で乗り込むのが怖いのだそうです」
「勝手なこと言わないでください。こ、こ、怖くは無いのです。テイアは『アラヘルム』がよくわからないので、情報収集しようと思っていただけです」
「『アラヘルム』へ行くまでは一緒に行ってやる。闘技場には近づかないけどな」
「え・・・?」
「はい!」
テイアがぱっと明るくなった。
「あ、いえ、えっと・・・テイアはティターン神族なので神の力を持っていますし、闇の王としても共闘したほうが都合がいいと思うのです。なので、一緒に行きたいと思います」
言葉を選びながら、牢から出てきた。
深優が瞼を重くして、テイアのほうを見る。
「素直じゃないですね」
「そんなことないです。テイアは素直が取り柄だと、兄から言われていますから」
「・・・城の北側に回復の湯がある。場所はメイドか執事に聞いてくれ。だいぶ、体力も魔力も削られてるみたいだからな」
「はい。では、あとで・・・・」
テイアがにやける頬を押さえて、階段を駆け上がっていった。
「モテますね。ソラ様は」
「ん?」
深優がじっとこちらを見つめてくる。
「テイアは、たぶん、ソラ様のことが好きなのですよ」
「好かれる覚えは無い、勘違いだろ。つか、お前は何しに来たんだ?」
「私は、ソラ様に深優という名前をもらいました。あくまでも深雪と私は違う・・・ということは、前提に置いておきますが・・・」
口に手を当てる。
この時間軸だと、いつ深優って名付けたのかわからないな。
「ソラ様は水瀬深雪を助けに行かないのですか?」
「・・・・・・・・・」
深優がぐっと近づいてくる。
「水瀬深雪は『アラヘルム』の闘技場に居ると話しました。目覚める前、ソラ様は闘技場に行き、深雪を助けに行くと話していたじゃないですか」
「・・・あぁ、やっぱり止めたんだよ」
自分の手を見つめる。
指先から闇の魔力が漲っているのがわかった。
「深優は『パパ』とかいう奴らのところに戻るつもりなんだろ? 深雪の代わりに・・・」
「っ・・・・・・」
深優が一歩下がった。
「『アラヘルム』には行く。探している者が居るからな。戦力となる、転生前に部下だった者を連れてくるだけだ。深雪を連れ出すわけではない」
「転生前を覚えているのですね。じゃあ、どうして行かないのですか? 深雪は心のどこかで、闇の王が来てくれるって思ってます」
小石の落ちる音が響く。
「見捨ててしまうのですか?」
「違う」
「じゃあ、どうして」
「俺が大切にすればするほど、深雪の魂を闇へと引きずり込んでしまう」
「え・・・」
「死ぬってことだよ。深雪の運命に死を組み込んでしまうって意味だ」
強い口調で言う。
「な・・・・私をからかってるのですか?」
「本気だ」
信じられないといった表情をしていた。
「転生前から、そうゆう力があった。大切だと思うほど、自分から溢れ出す闇が大切なものを引きずり込もうとする」
腕を組んで、牢に寄りかかる。
「そんな能力・・・クリエイターからは聞いたことありません。思い違いではありませんか?」
「残念だけど、違うな。深雪の場合は死んでも、『パパ』とかいう奴らが生き返らせるんだろうが、何度でも、何度でも、死に追いやってしまう。混沌から生まれた者の宿命だ」
「・・・・・・・・・」
「クリエイターは知らない能力だろう」
深優が信じられないといった表情でこちらを見上げていた。
深雪と同じサファイアのような瞳が、地下牢の明かりを映している。
「だから、深雪を救うためには、俺が深雪に近づかないことが一番だ。闘技場で深雪と入れ替わりたいのなら、『アラヘルム』に入った後、自分で行動してくれ」
「・・・わかりました」
柔らかい髪を耳にかけて俯く。
「あまり信じたくはありませんが・・・でも、ソラ様が嘘をつくとは思えないので」
「準備ができたら、『アラヘルム』へ行く。深優も支度しろ」
「はい・・・」
トットットット・・・
階段を上がっていく音が聞こえた。
死ぬたびに愛というものを削っていた。
大切だと思う感情を失くして、存在しているのが俺だ。
ただ、闇を照らした柔らかな光だけは、憧れを消せなかった。
でも、じきに忘れるだろう。
深優を『アラヘルム』に届ければ、深雪と俺の繋がりは無くなるのだから。
ピチャン
「へぇ、面白い話してたじゃん」
「ヴァイスか」
ヴァイスがつま先からふわっと降りた。
「盗み聞きとは、趣味が悪いな」
「テイアが急に明るくなって、出てきたからね。何があったのか、気になって見に来たんだよ」
「フン・・・」
マントを後ろにやって、ヴァイスの横を通る。
「『運命は抗えば抗おうとするほど、魂をきつく縛り付ける。魂が敷いた道から逃れることはできない』」
低い声で言った。
階段を一段上がって立ち止まる。
「・・・・何が言いたい?」
「今のは死の神の本の1ページ目に書かれている言葉だ。読んでみなよ。死の神、ソラ。死の神はルーンの数と同じ24人いるって知ってる?」
「知らないな。聞いたことないし、興味もないからな」
手袋をはめた。
「ま、興味が無いならいいよ。俺はヒナさんさえ無事なら、どうでもいいからね」
「・・・・・・・・」
「ただ、君自身の死に関する秘密は、死の神以外に言わないほうがいい。本来、あり得ないことで、あまりに危険だ。知った者の運命を、悪いほうに捻じ曲げる可能性が高い」
「!」
はっとして振り返った。
「君が何度か死んでるのはわかってる。違う時間軸を通ってたんだろ? 様子を見るに、ポロスの攻撃前と攻撃後か・・・」
「・・・まぁな」
「やっぱりね」
ヴァイスが目つきを鋭くする。
「その事実は、死の神の天秤を狂わせる。誰にも言うなよ」
「あぁ・・・」
階段を上がっていく。
ランプの明かりが風になびくと、自分の影が揺らいでいた。




