106 5回目の目覚め
闇に呑まれていく中で、遠い昔の記憶が蘇る。
フリージアの話していた、古のエルフ族の村のことだ。
エルフ族の村はリゴーニュの村という、とても美しい村だった。
プレイヤーとの闘いに疲れ果てて辿り着いた俺に、ラベンダーのハーブティーを注いでくれた。
『アイン=ダアト?』
『あぁ、生まれ変わる前の俺の名前だ』
リゴーニュのエルフ族は好奇心旺盛だった。
プレイヤーやクリエイターの存在は知らず、話を始めると、子供たちがどんどん寄ってきた。
『生まれ変わったの?』
『生まれ変わるってどんな感じ?』
『元々、どんな世界にいたの? プレイヤーって強いの?』
『えっと、そうだな・・・・生まれ変わるのは別に・・・プレイヤーは強い奴もいる。弱い奴がほとんどだ』
『へぇ。すごいね! 僕も会ってみたい!』
木のテーブルをカタカタさせながら身を乗り出してきた。
『闇の王は疲れてるんだから、みんなそんなに詰め寄っちゃダメだよ』
『はーい・・・』
子供たちが肩を落とす。
『向こうに木の実のパイがあるよ。とっても美味しくできたの』
『え? 本当?』
『うん。みんなで食べていいよ』
『やったー』
子供たちがぽんと羽根を出して、飛んでいく。
リゴーニュの村のエルフ族は、体を小さくしたり大きくしたりするのが得意な、変わった種族だった。
『闇の王、アイン=ダアト様、昔話をしていたのですね。私も覚えてしまうよ、ユグドラシルの樹が懐かしいですね・・・』
『お前はいいのかよ』
『あ・・・・・・』
ため息をついて、ハーブティーに口を付ける。体を小さくした妖精たちが、花びらに座って話す声が聞こえてきていた。
『まさか、ここにお前が居るとはな。ヒスイ』
『闇の王の居るところに、私はいつも居るのです。でも、ここではリネルですよ。私はリネルとして転生したのですから』
『わかってる。何度も聞いた』
エルフ族の格好をしたヒスイが、ふわっとほほ笑んだ。
どうして、こんな記憶が俺に・・・・?
ただの夢なのか? まぁ、もういいか。
死が無くなれば、深雪も自分のために生きられるだろう。
俺は死んだのだから、闇の中に帰るだけだ。
深雪のことは、深優がどうにかしてくれるだろう。
あいつは、なんだかんだ言って、深雪が好きだったからな。
闘技場に残ったのもきっと・・・・。
「蒼空様、蒼空様ー」
「・・・・?」
ヒナの声が聞こえて、体を起こす。部屋の隅に幽幻戦士が経っているのが見えた。
「っ・・・!?」
カーテンの隙間から差し込んだ日差しが眩しくて、すぐに目を細めた。
「あ、眩しかったですね。すみません」
「ヒナ・・・?」
「やっと目を覚ましましたね。よかったです。蒼空様が目を覚ますのをずっとずっと待っていたのです」
「どうして」
「ソラ、まさか君が倒れるとはね。俺があの場にいてよかったよ。ま、応急処置なんかしなくても、その闇の力があればどうにでもなっただろうけど」
「は・・・?」
ヴァイスがベッドの横でリンゴをかじっていた。
「どうゆう意味だ? 俺は深雪たちと祠に行って確かに・・・そうだ、深雪は? 深雪はどこに・・・」
「何を言っているのですか?」
白銀の髪が視界に入る。
「ここには深雪のコピーである私しかいませんよ。夢でも見たんですか?」
「・・・え・・・・・」
「なんか記憶喪失みたいだから説明するけど、ソラはポロスの最期の一撃を喰らったんだ。で、俺が適当に回復魔法をかけて、医務室で2日間くらい寝てたんだ。どう? 思い出した?」
ヴァイスがリンゴの芯を捨てながら言う。
「テイアは地下牢に閉じ込めているから安心して」
「蒼空様、大丈夫ですか?」
「あ・・・あぁ・・・・」
ひんやりとした汗が首を伝った。
心臓に手を当てる。魔力に乱れはあるものの、どこも刺された感覚が無い。
俺は確かに死んだはずだ。
でも、なぜか過去に戻っている。経験していない過去に・・・。
ポロスの最期の一撃を受けたのは、ヴァイスだった。瀕死の状態になったのを、俺が応急処置をして、ヒナが看病していたはずだ。
セーブポイントまで来て、違うルートを選択したということか?
いや、俺はアバターではない。この世界はやり直しのきくゲームではないはずだ。
死んだからといって、都合よく過去に戻ることなんてありえないだろう。
「どうした? ソラ、何かあった・・・」
「蒼空様は疲れているのですね。当然です、ティターン神族のポロス様と戦闘したのですから」
ヒナがヴァイスの言葉を遮った。
「・・・・・・・・」
ヒナの考えていることはよくわからない。
あの夢が本当だとしたら、ヒナはヒスイだった頃を覚えているのか?
今は、あえて覚えていないフリを・・・。
駄目だ。頭が混乱して、上手く情報がまとまらない。
バタン
「ソラ様!!!!」
「うわっ・・・」
モイラが部屋に入るなり、抱きついてきた。青い髪が視界を塞ぐ。
「私はソラ様が心配で心配で、危うく小惑星をぶつけるところだったの」
「は? ちょっ・・・」
「モイラの場合マジだからね」
ヴァイスが壁に寄りかかって息をついた。
「私とソラ様は結婚するんだから、絶対無事だと信じてた。だって、運命の女神の愛する人なんだもの」
「蒼空様は疲れてるので、出て行ってください!」
「だって、久しぶりにソラ様の声が聞けるんだもの。自分だって、一緒に居たいんでしょ」
「わ、私は看病しているだけです!」
ヒナが割り込んで、モイラを無理やり引きはがしていた。
医務室は驚くほどうるさくなり、収拾がつかなくなったため、アリアが来たら全員まとめて連れて行ってもらった。
ヒナには聞きたいことがたくさんあったが、慎重にいかなければ・・・・。
まだ、俺自身も状況がよくわかっていないのだからな。
― 我が主よ、混沌から目覚めたのか ―
「!」
本を閉じて、幽幻戦士のほうを見る。
鎧が月明かりを反射していた。
ソファーに座って、幽幻戦士と向き合う。
「幽幻戦士・・・」
誰も部屋にいないことを確認してから、幽幻戦士に声をかける。
「・・・お前は知っていたのか? 俺が死んだことを」
― 我が主はこの世界で5回蘇っているが、そのことを我に聞いたのは、これが初めてだ ―
「・・・・・・・・・・・」
足を組む。
「じゃあ、俺が経験したのは本当のことなんだな?」
― 我は覚えている。我が主が闘技場で光の者を連れ出したことも、天候の神ユピテルを掴んでいたことも、ティターン神族の末の妹が・・・ ―
「そうじゃない。俺は・・・俺が愛した者は死ぬのか?」
ゴウン
幽幻戦士が正面にゆっくり座る。
― そうだ。抗えないものだ。 混沌から生まれし我が主は無限の力を持ち、愛した者を死へと引きずり込む ―
幽幻戦士が低い声で淡々と話した。
窓から入ってきた夜風が、カーテンを揺らす。
「・・・そうか」
愛さない方法を見つけなければいけないということだな。
― では、我が主、深淵の彼方より蘇りし主に、我も聞きたいことがある ―
「なんだ?」
― 我が主の愛する者は、光の者だけなのか? ―
「・・・今はな」
腕を組んで目を閉じた。
死んで混沌に触れたからだろうか。うっすらと記憶が蘇ってきていた。
幽幻戦士の言う通り、俺はこの世界で4回死んで5回蘇っている。
おそらく、クリエイターも知らないことだろう。
誰が蘇らせて、時間を巻き戻しているのかはわからないがな。
俺は闇の王として死んだ後、この世界に何度か転生していた。
プレイヤーとして、外の世界に生まれる前の話だ。
愛が死を呼ぶと知ったのは、その時だった。ルーナが何度蘇っても、死ぬことから抜けられなかったことは、自分のせいだと呑み込むのに時間がかかった。
俺は混沌から生まれた闇そのものだ。
愛というものを、拒絶しながら生きなければいけない存在だった。
 




