105 闇の王が愛すること
「天候の神も、ティターン神族も落ちぶれたものね」
スカートに着いた砂を払いながら言う。
ユピテルが幽幻戦士に捕えられながら、うめき声をあげていた。テイアは時折苦しそうに眠っている。
「お前は何者だ?」
「私はここに住むエルフ族の最期の生き残り、フリージア。ここは今から1000年前に滅ぼされた名もなきエルフ族の村。私は死の神が魂を取り逃したから、この神聖な祠を守ってる」
「1000年?」
「そう。あっという間だったかな・・・魔法を覚えてるとね、時間もすぐに経ってしまうの」
フリージアは通るたびに、ほんのりと金木製の匂いが香った。
「うっ、あたしたちこの匂い苦手でし」
キキとペペが鼻を塞いで、身を震わせていた。
「あの・・・・」
結花が目を拭って、フリージアに近づいていく。
「私たち、休憩したくて、危険地帯のここに入っただけなんです。すぐ出ていくので・・・・」
「私、プレイヤーが大嫌いなの。消えたくなかったら話さないでくれない?」
「っ・・・・」
「君を消さなかったのは、そこに冥界の王が居るからだから」
結花がびくっとして一歩下がる。
フリージアが目を細めて、寝ている深雪を見つめる。
「彼女がクリエイターからもプレイヤーからも愛されている少女。きっと、名もなきエルフ族の村の民が、君に嫉妬してるよ。私も羨ましい。私の仲間は何をやっても蘇らなかったから」
キィンッ
「?」
「深雪に近づくな」
深淵の剣を向ける。
こんなにフリージアの魔力が高まっても、深雪は目を覚まさなかった。
呼吸や魔力は落ち着いてきているものの、今、こいつが何かすれば、深雪はすぐに死ぬだろう。
「ふうん、そんなにもろいんだ。この子。バフ ダダ ジモウ ユラウナ・・・」
「・・・・・・・・」
「ダダ ジモウ ソウ シューラン」
知らない言葉で何かつぶやいていた。
「何を・・・」
「ねぇ、そうだ」
いきなり、フリージアが髪を耳にかけて、こちらを見上げる。
「『リムヘル』の木で作られた剣ということは、精霊が居るんでしょ? 精霊に力を解放してもらったの?」
「あ・・・あぁ、そうだが・・・あの爺さんと知り合いなのか?」
「エルフ族は木々の精霊と深いつながりがあるもの。でも、その精霊、この祠に来ても出てこないのね。『リムヘル』の木の精霊は何考えてるかわからないからね」
フリージアが両手を出すと、古い杖が現れた。
「私は少し先の未来が見えるの。いいこと教えてあげる」
あどけない顔で、にやりと笑う。杖を出すと、急にフリージアの魔力が変わるのを感じた。
「水瀬深雪はもう一度死ぬ。1日以内に」
「!?」
「そう、杖が示してるの」
ぶわっ
「な・・・・・」
杖を回して、魔法陣を展開する。電子コードのような文字がリボンのように描かれていた。
「これは水瀬深雪のアカシックレコード。死ぬことになってるよ、死因は書かれていないけど、ここでいったん途切れてるもの」
「・・・・信憑性はあるのか? 死の神の本に、水瀬深雪の名前は無い。適当なことを言って、俺を混乱させようとしているのか?」
「違うよ。残念だけど、ここに書いてあるもの。間違いないわ。クリエイターにより『アラヘルム』に呼ばれて、メンテナンス後の配信中、闘技場で闇の王に連れ去られて、死ぬって」
「・・・・・・・」
深雪のほうを見る。浅い呼吸をしていた。
「でも、生き返るって。水瀬深雪は、外の人たちに愛されているから。エルフ族の民は何をやっても蘇らなかったのに・・・・不公平だね」
冷たい表情で、魔法陣をなぞっていた。
「・・・どうしてそんな魔法が使える?」
「暇だったから覚えたの。だって、ずっとここに居なきゃいけなかったから、この世界の、あらゆる禁忌魔法に手を出しちゃった。だから、私だけ、村が滅びた後も死ねなくなっちゃったんだけどね」
白い手の甲をかざしていた。
どこか消えてしまいそうな、悲しい表情を浮かべていた。
「禁忌魔法って・・・」
「クリエイターもプレイヤーも知らない魔法よ。外の者たちの言いなりになんてなりたくなくてね。後は、闇の王、君を探してたの」
「どうして・・・俺を?」
いつの間にか扉が現れていて、中には巨大な本棚が見えた。
一冊の本が青く光りながら、ふわふわと浮いている。
「蒼空君、何か嫌な予感がします。ちゃんと、情報を収集しますので」
結花が服の袖をつまんだ。手を挙げて、結花を止めた。
「悪い、こいつの話が気になる・・・」
「・・・・・・・」
フリージアに近づいていく。
「ねぇ、闇の王は深雪をもう殺したくない・・・って思ってるの?」
「あぁ、そうだ。絶対に死なせない」
「へぇ、そうだったんだ。闇の王は知ってるんだと思った。『リムヘル』の木の精霊も意地悪ね。封印を解いて力を解放した癖に」
「何を言いたい?」
スカートのすそをひらっとさせる。
「じゃあ、この運命から逃れる方法を一つだけ教えてあげる」
杖を回して、魔法陣を解いた。
「水瀬深雪は闇の王が愛するから命を奪われるのよ」
「は・・・・・?」
「闇の王はそうゆう力を持ってる。時差が生まれるのは、『リムヘル』の木の精霊が、闇の王の力を全て解放したわけじゃないから。闇から生まれる愛は、対象者の命を闇へと引きずり込むの。゛死゛っていうね」
「・・・・・・・・・・」
剣を降ろす。
「なぜ、そんなことがわかる?」
「君が持つ、古い古い記憶の時からもわかるわ。闇の王が愛すれば愛するほど、彼女は命を奪われてきた。何度も何度も・・・でも、外の者たちの愛は深雪を生かす。可哀そうな水瀬深雪・・・・」
息が詰まる。フリージアの声は聞けば聞くほど頭に響いた。
「ねぇ、闇の王、心当たり、あるでしょ?」
「・・・・・」
こめかみを汗が伝う。フリージアは全く的外れなことを言っているわけじゃない。
俺も、心のどこかで感じるものがあった。
でも・・・・・。
「・・・違う、お前の話は間違っている。深雪・・・ルーナは天界の者に命を奪われてきた」
「闇の王が愛するから、そうゆう運命を辿る。闇が命を無に帰す。君の混沌から生まれた闇の力は、愛を死に代えるのが本来の力だから、深雪はこれからも死ぬしかない」
「!!」
シャッ
「闇の王に近づくなでし!」
キキペペが双剣を構える。
「ここでは誰も私に敵わない」
フリージアが手をかざすと、電流が走り、キキペペが電子の糸に縛られていた。
「う、動かないでし」
「当たり前でしょ。私は禁忌魔法を使いこなすんだから。どんなに強い魔族だろうが、ここでは無意味よ」
深く青い瞳が暗く光るのがわかった。岩に落ちている砂が音を立てる。
俺が深雪を・・・?
俺が居なければ、深雪は何度も死ぬ必要なかったのか?
「蒼空君! ダメです! 聞かないでください」
「・・・・・・・」
「深雪をこの先の未来から、解き放つ方法が一つだけある」
フリージアが杖を剣に変えた。細くて長く、水のような光を放ち、実体はほとんど見えなかった。
「闇の王!」
キキが叫ぶ。
「うっ」
結花が体を壁に押さえつけられていた。
「そいつの言うことを・・・聞いちゃダメでし」
「こいつらには手を出すな」
「わかってる。私の目的は君だけ。エルフ族の村を、愛し、亡ぼした混沌から生まれた存在。私は闇の王のことを、一度たりとも忘れたことは無い。君の記憶が無いのは残念だけどね」
「・・・・・・・・」
目付きを鋭くする。
いや、この祠はどこか懐かしい気持ちがあった。
いつのことだか、なぜ覚えているのかわからなかったが・・・。
俺はここに来たことがある。狭い洞窟の、小さな祠に・・・。
「蒼空・・・? どうしたの・・・?」
「深雪・・・」
深雪が目をこすりながら、体を起こしていた。白銀の髪が、ランプの明かりで微かにオレンジになっている。
フリージアが剣を持ち直した。
ザッ
「だから、こうすればいいの」
「!!」
フリージアの剣が胸を貫く。心臓が鼓動を止めた。
「水瀬深雪を無限の生と死から解放する方法。それは、君が死ぬことだよ。闇の王」
「蒼空!!!!!!」
「・・・・・・・・・・・・」
薄れいく意識の中で、深雪の声が聞こえた気がした。
愛することが・・・か。
先に死んで悪かったと、深雪に謝ったばかりだったのに・・・な。
でも、これで深雪は解放されるだろう。




