102 中野結花
「特に追いかけてくる様子もないみたいだな」
手で日差しを避けて、顔を上げる。雲一つない青空が広がっていた。
深雪とテイアの休息のため、水の湧き出る岩の近くで休んでいた。
モンスターたちの水飲み場らしく、時折、巨大なモンスターが通っていったが、キキが張った結界の前で逃げていった。
「この辺は、少し強いモンスターでしね」
「おそらくプレイヤーの経験値を上げるためのモンスターでしよ。属性が網羅されているみたいでしから」
キキペペが翼をパタパタさせて戻ってきた。
「ペペ、助かったよ。あのまま飛んでたら体力を奪われるからな」
「よかったでし。あたしは、風魔法も得意でしから」
鼻を高くしていた。キキが頬を膨らませている。
雨に濡れていた服はペペの風魔法でほとんど乾いていた。
「深雪、大丈夫か?」
「うん・・・・魔力は全然なくなっちゃったけどね」
「体に何か異変は無いか?」
「特には・・・・そうね。キキとペペを見てるとたまに頭がズキッとするの・・・」
キキがぐぐっと深雪を覗き込む。
「・・・セレナ様の記憶を思い出してるでしか?」
「不思議でしね。どこかセレナ様に似てるような、似てないような、変な感じでし」
「ごめん。全然、思い出せなくて・・・」
「いいでしよ。セレナ様だったらすぐ殺してしまうので、殺されないだけ得した気分でし」
ペペが牙を見せて笑った。
「あまり思いつめるな。そのうち思い出すだろう」
「うん。そ、それより・・・・・」
深雪がこめかみを押さえながら、テイアとユピテルのほうを見た。
「・・・・・・・・・・」
テイアは膝を抱えたまま座り込んで動かなかった。
「冥界の王・・・・どうして、殺してくれないんだ・・・・」
ユピテルに近づいていく。
「死にたいのに、こんなに死にたいのに」
「俺が殺さないと決めたからだ」
「どうして・・・・どうして・・死にたい、死にたい・・・・」
ユピテルは半狂乱になっていたため、幽幻戦士が五芒星の中に閉じ込めていた。
「完全に壊れてるでしね」
キキがぼそっと呟く。
「うわあぁぁぁぁぁ、こ、殺してほしい。死にたいんだ。もう、嫌なんだ」
「・・・・・・・・・」
ユピテルはユグドラシルの樹のふもとにいた、”ヒトガタ”の一人だ。
整った鼻筋と凛とした瞳の顔だけ持っていた、岩だった。
あの中にいた者も、『イーグルブレスの指輪』に出てこれたのだな。
「今、楽にしてあげる」
シュッ
「深雪」
深雪がユピテルの持っていた剣を抜いた。
「水瀬深雪・・・・この際、君でもいい。早く、この剣を刺して早く楽にしてくれ。僕は自死ができないようになってるんだ」
「わかった」
「殺すな」
深淵の杖で、剣を止める。
「どうして? 死にたがってる。殺してあげないと、可愛そうだよ」
「こいつは俺が連れて行く。手は出すな」
「でも・・・・・・」
「俺の判断に従え」
「・・・・・・・・・・」
杖先に闇の魔力を溜めると、深雪が剣を降ろした。
「死にたいって言ってるのに、止めるなんて残酷だと思う。ごめんね、天候の神ユピテル・・・私、蒼空は命の恩人だから・・・逆らえない。殺してあげられない」
「・・あ・・あぁ・・・そんな・・・・」
「ごめん」
深雪が長い瞬きをする。
こいつは俺とルーナが話していると、体をゴロゴロさせて近づいてきた。
”ヒトガタ”の中では懐いているほうだった。
知性があるのかはわからなかったが、俺の話を聞いているようなそぶりを見せていた。
「お前はどうして死にたいんだ?」
「そうでし。シュタインでしたか? 闘技場の人気者でしよね?」
「死ぬほどのことが見当たらないでし」
キキが尻尾をくるくるさせながら、ユピテルを見上げる。
「僕はもう、嫌なんだ。配信なんてしたくないし、プレイヤーの相手もさせられたくない」
「ふぁ!? 相手って・・・まさか・・・」
「セック・・・」
「闘技場での戦いを強いられたくないって意味だ」
キキペペの言葉を遮った。ペペが角を触りながら口を尖らせている。
「僕が闘技場に出るたびに、金を出す奴らが居るらしい。僕はどうしても、カメラの前では愛想よく振舞ってしまうんだ。反射的に・・・僕が僕でなくなってしまう前に早く殺してくれ・・・・・僕は、僕は・・・・」
頭を掻きむしりながら言う。
「うわぁぁぁ、もう駄目だ。もう駄目だ。僕は生きられない、死にたい。死なせてくれ」
発狂してるのは、クリエイターからそう人工知能にインプットされたからだろうか。
指で幽幻戦士に指示を出した。
「!?」
「おとなしくしてろ。死者の国に着いたら、リーランに鎮静薬を出してもらう」
黒い手で男の手首を縛り付けた。
「うぅ・・・・残酷だ・・・僕は、最期の希望まで・・・・」
ユピテルがうめくように声を出していると、深雪が近づいて、慰めの言葉を言っているようだった。キキペペが不思議そうに2人を眺めている。
こいつはルーナが弟と呼んでいた奴の1人だ。
死なせるわけにはいかない。生かすことが、ただのエゴだとしてもな。
「で? お前はいつまでそうしてる?」
「・・・・・・・・・」
テイアが泣きはらした目でこちらを見る。
「ゴーダン様はテイアのことを恥だと言っていました。その通りなのです」
「言っただろ。クリエイターに記憶を操作されているだけだ」
「テイアは行き場所が無くなってしまいました。落ちこぼれだってわかっています。一族の中で、テイアだけが体も小さく、力も弱いのですから・・・」
「はぁ・・・・うじうじするなよ。お前は強いんだから」
頭を掻く。
テイアが項垂れて、しくしくと泣き始めた。
カサッ
「!」
「わっ・・・・・」
突然、草むらから、人間の声がした。
「・・・プレイヤーでしね。見てくるでし」
「いや、俺が行く」
深淵の杖を剣に変えて、結界の外に出る。
バサッ
身長ほどある草をかき分けた。
「お前は・・・・」
「蒼空君!」
「中野結花? どうしてここにいる?」
RAID学園でプレイヤーとして入った中野結花が、きょとんとした顔をしていた。
服には砂埃がついている。
「っと・・・・」
「ん? 誰でしか?」
ペペが双剣の片方を持って、駆け寄ってくる。
「RAID学園中等部の・・・中野結花です。えっと、プレイヤーとして来ていて・・・その・・・」
「後をついてきたのか?」
「はい。闘技場でたまたま蒼空君を見かけて、話さなきゃいけないことがあって・・・・あ、私、召喚獣にドラゴンがいまして、ここまで来て・・・・」
中野結花がおどおどしながら話していた。
「落ち着いて話せ。RAID学園の奴が俺に何の用だ?」
「その・・・きゃっ・・・・」
キキペペが結花の胸をぺたぺた触っていた。
「この感触は、アバターでしね。おっぱいは小さめでし。貧乳好きには溜まらないでし」
「弾力はあるで・・・」
「お前ら、いい加減にしろ」
「あっ・・・・」
キキペペをつまんで引っ張った。
結花が胸を押さえて顔を赤くしていた。深呼吸して、こちらを見上げる。
「RAID学園から、命令が出たんです! 全生徒、総力を挙げて、天路蒼空を討伐するようにと・・・・」
結花が両手を握りしめて、叫ぶように言った。
「近未来指定都市TOKYOごと、『イーグルブレスの指輪』に転移させた罪は重く、蒼空君は重罪人とされ、戻れば即処刑だそうです。蒼空君を倒すためなら、RAID学園の生徒は、どんな手を使ってもいい・・・と言われています」
声が微かに震えていた。
「学園に戻る気なんてさらさらないけどな」
「あ、ソラ様、そういえば、元々プレイヤーでしたね?」
「なんか元から闇の王だった気がしましが」
「そうだな」
キキペペをゆっくりと降ろす。
「で? お前は俺を討伐しに来たのか?」
深淵の剣に闇の炎をまとわせる。
「いえ、私はRAID学園に逆らって、蒼空君を助けたいと思いました」
「ん?」
「命令に逆らって、学校を抜け出してきてしまったんです」
舌を少し出して、髪を耳にかけた。耳のピアスが光に反射してきらめいている。




