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101 死ぬということ

 魔法陣を展開しようと、杖を掲げたときだった。


 ゴゴゴゴゴゴ・・・ゴゴゴゴゴ・・・


 黒い雲が立ち込めていく。


 ザアァァァァァァァァ


「!?」

 バケツをひっくり返したような雨が降り注いだ。

 ひんやりとした、冷たい感触だ。誰かが泣いているような・・・。

「うわっ・・・なんだ? これは・・・・」

「体に力が入らない・・・」

「闇の魔力ではない。光の魔力だ。でも、ここに光の魔法を使える者なんて・・・・」

 地上で雨に濡れた者たちが、バタバタと倒れていくのが見えた。


 これはなんだ? 自分の魔力を確認する。


「ソラ様!!」

 キキペペが2人に分かれながら、こっちに飛んできた。

「キキペペ、どうした?」

「ゴーダンの奴、いきなり苦しんで倒れたでし」

「他の神々も飛べなくて、地面にへばりついてましよ。毒でも浴びたようでし」

 ゴーダンが地上で手当てを受けているのが見えた。

「お前らは何ともないのか?」

「はい。全然、元気でし。なんででしかね?」

「ソラ様は?」

「特に何も感じないな」

 キキとペペが濡れた双剣を見つめて、首を傾げていた。

 深雪とテイアにも異変が無いようだ。

 幽幻戦士ゴーシェを呼び寄せる。


「2人とも無事か?」

「なんともないの」

「・・・・ユピテル様・・の・・・力?」

 テイアが濡れた腕を見て、呟いていた。

「ユピテル?」

 体力を奪う雨なのか? なぜ、俺たちだけ効かないのだろう。


「よくわからんが、死者の国に戻るぞ」

「了解でし」

「・・・・・・・・」

 ふと、深優がいた場所を見下ろす。深優も男もいつの間にか忽然と消えていた。


 本当は、深優も連れ出したかったが、深優の意志は固かった。

 どうしても、パパと一緒に居たいのだという。

 作られた感情だとしても、リスナーに愛を与えてもらう幸せは、何よりも代えがたく、パパと離れるなど考えられないと。

 自分は愛が無いと生きられないと話していた。リスナーから与えられる、無限の愛情が必要なのだという。

 たとえ、深雪のコピーとして愛されたとしても・・・。


「ソラ様?」

「・・・あぁ、行くぞ」

 マントが雨で重くなっていた。雨脚はどんどん強く激しくなっていき、会場では混乱の声が上がっていた。

 クリエイターにとっても予想外の出来事だったようだな。

 闘技場を上空を見上げると、すっと一人の青年が降りてきた。


「お前は・・・・・」 

「はじめまして、冥界の王ソラ。会えて光栄だよ」

 消え入るような声だった。自分の身長ほどある杖からは、ビリビリと電波を壊すような魔力が流れている。

 やっぱり、こいつはどこかで見たことがある。

 時折虹色に見える不思議な瞳を、どこかで・・・。

「僕は君と戦闘したいわけじゃない」

「じゃあ、なんだ? 俺は急いでいる」

「僕は君に殺してほしいんだ」

 両手を広げる。

「は・・・・?」

「僕はずっと死にたくて・・・・でも、死ねなくて、この世界の理を無視した冥界の王なら自分を殺してくれると思って・・・ずっと待ってたんだ」

 嬉々として、話していた。

 言いながらゆっくり杖を下げる。青白く、弱々しい体つきだった。

 シュタインという名前で人気が出るよう作られたと話していたが・・・。


「・・・・・・」

「交換条件だ。この雨は、君たち以外の者を戦闘不能に追い込む、悪魔の雨。ずっと研究していて、やっと覚えた魔法だ」

 長いまつげを瞬かせる。

「いいタイミングで使えてよかった。やっと、僕が死ぬタイミングが来た」

「は? 何言って・・・」

「君は死の神なんだろ? さぁ、僕の息の根を止めてくれ。僕はもうこの世界で生きるのが嫌になったんだ。早く殺してくれ!」

「!?」

 こいつ・・・・まさか・・・・。

「どうしましか? ソラ様、あたしが殺しましょうか?」

 キキが双剣を構えた。


「いや・・・・幽幻戦士ゴーシェ、こいつを持てるか?」

『かしこまりました。我が主』

「えっ、連れてくでしか?」

「まぁな」


 ゴウン ガッ


「!!」

 幽幻戦士ゴーシェの手がユピテルの胴を掴んだ。ぐっと引き寄せる。

 雨で視界が悪いな。このまま、雨雲を突っ切るか。

「ど、どうゆうことだ?」

「お前を覚えている。ユピテルという肉体になったのか」

「?」

 雨はユピテルを捕えてから微かに弱まってきていた。


「詳しい話は後だ。すぐにここから出る。幽幻戦士ゴーシェ、3人を連れて俺についてこい。キキ、ぺぺ、行くぞ」

「了解でし!」


 空中を蹴って、闘技場の外に飛んでいく。

「雨は嫌・・・し」

「早く・・・でし」

 雨音でキキとペペの声が聞き取りにくくなっていた。

 皮膚に水は張り付き、体がひんやりとしていく。



『死んだらダメなんて誰が決めたの?』


「・・・・・・」

 雨の中に、記憶が蘇る。


『闇の王は私は何度も死んでるって言った。じゃあ、何度死んだっていいでしょ? どうして、止めるの?』

『当然だろ? ルーナは死ぬ度におかしくなってるんだよ。死が怖くないなんて嘘だ。もう、そんな天秤使うのは止めろ』

 ちょうど、ルーナが何度も蘇ることを知った頃だっただろうか。

 ルーナが天界の者である分、情報が少なく、気づくのが遅くなってしまった。


『嘘じゃない! これは私の役目だからいいの! それに・・・もう生きるのが辛い。いっそ死んで、今の記憶を全て失くして楽になりたい』

『なら、どうしてお前は泣いてるんだ?』

『・・・これは・・・怖いからじゃない・・・早く死にたくて、泣いてるだけだよ』

 サファイアのような瞳は、強く見えてもろかった。

 悲しいことがあると、すぐに涙が溢れた。


『でも、どうせ、また死んでも生き返るんでしょ? どうして死ぬななんて無責任なこと言えるの? 闇の王子には私の苦しみなんてわからないのに』

『お前だって俺のことはわからないだろ?』

『・・・・・そうだけど・・・・』

『死が怖くない者なんていない。先の未来に絶望して、死ぬことしか選べなかっただけだ』


 マントで雨を避けながら、幽幻戦士ゴーシェのほうを見つめる。


『お前が楽しい世界にするのは難しいかもしれない。でも、必ずお前を解放する。いつか必ず解放するから、今は死を恐れたままでいてくれ』

『解放?』

『あぁ、クリエイターのエゴにまみれたこのループから解放する。だから、解放されたら、死ななくてよかったって思えるような何かを、自分で見つけるんだ』

『え・・・・・・・』

『それに、”ヒトガタ”のことだって、忘れたら困るだろう?』

『・・・・・・・』

 深雪は戸惑いながら、首を縦に振っていた。


『でも、か・・・・勝手なこと言わないで』

『悪かったな。勝手で・・・』

『闇の王子アイン=ダアトを守るのは私だよ。私が先に約束したんだから』

『え・・・? いや、俺はいいよ。ルーナより俺のほうが強いし』

『約束は、最初にしたもの勝ちだよ』

 力なく笑ったのを思い出していた。


『ごめんね。闇の王子』


 ルーナは、その後もループから抜け出すことは無かった。

 今思えば、死ぬななんて残酷なこと、何で言ったんだろうな。


 俺はただ、自分が、ルーナの苦しむ姿を見たくないだけだった。

 自分で積み重ねた記憶で、生きてほしいだけだった。

 ルーナがどんな感情を持っているかなんて、わからなかったのに・・・。




 雲を突っ切ると、日が差し込んだ。

「うわーびちょびちょでし」

「キキ、かかるでし。こっちにもかかってるでしよ」

 キキが体をぶるぶる振っていた。水しぶきが飛び散る。

 闘技場周辺はまだ分厚い雲に囲まれていた。誰も追いかけてくる気配はないな。


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

 幽幻戦士ゴーシェの横に並ぶと、深雪と目が合った。

 俺と同じことを、思い出したのだろうか。いや、そんなわけないな。


 マントを後ろにやって、水を払う。

 雨のせいか、深雪の瞳が潤んでいるように見えていた。 

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