100 落ちこぼれ
ビービービー
『非常事態発生、非常事態発生、プレイヤーの方々は、結界内に避難を』
闘技場に警報が鳴り響き、プレイヤーたちが魔導士の張った結界の中に入っていた。
回復したえまとりまが誘導している。
「あいつらは戦闘に入らないのか」
「プレイヤー程度じゃ、あたしの準備運動にもなりませんけどね。まとめてゲームオーバーにさせてやるでし」
「・・・このゲームに入るアバターは、向こうの肉体とリンクしているから、あまり無謀な戦いはできないの。クリエイターもよくわかってる」
深雪が手をかざして、自分の魔力を確認していた。
「駄目。全然、魔力が出ない。ごめん蒼空、せめて自分で飛べたらいいんだけど」
「気にするな。こいつは強いからな」
「そうでし。あたし強いでし」
キキペペがふんぞり返って、鼻を掻いていた。
「深雪は、ここから確実に逃げることだけを考えろ」
「うん・・・・・」
不安そうに周囲を見ていた。
「俺たちも戦える! みんなで闇の王を倒そう!」
「そうだ!」
血気盛んなプレイヤーの声が聞こえてきた。
『貴方たちが束になっても、闇の王に敵う確率は0%です。今は結界の中に避難してください』
りまが淡々とプレイヤーを誘導している。
「このゲームにそんなバグってる敵がいるのか?」
『でも、いずれ皆さんが力を合わせて倒す運命にあります。今は安全な場所にいてほしいだけです。クリエイターは、この機会に闇の王の力を見ておくようにと』
えまの言葉に、プレイヤーたちがおぉっと声を上げていた。
一部のプレイヤーはイベントが発生したと、今の状況を楽しんでいるのか。
「・・・あいつら、馬鹿なんでしか? 丸聞こえでしよ」
キキペペが冷たく言う。
「プレイヤーの中には、永久にこっちの世界にいたほうがいいって者もいるからな」
「へぇ、物好きな奴もいるでしね」
「プレイヤーの持つアバターの強さはこの世界へのシンクロ率で決まるの」
深雪が目を細めて言う。
「フン・・・・」
「命を懸けたゲームに、どこまで入り込めるか。闘技場に来ている者たちは、プレイヤーの中でも上位の人たちばかり。私も配信でよく会話していたけど、みんなすごい熱量だった・・・」
「それにしては、弱い者ばかりだな」
闘技場に居るプレイヤーは近未来指定都市TOKYOに居る者たちのアバターとどこかが違った。
深雪が言うほど、まだ、この世界にシンクロできていないのだろう。
ゲーム慣れしていない部分もあるかもしれないがな。
キキペペがふわっと飛んで、下のほうを見つめる。
「深優は本当に来ないのでしね」
「・・・・・・・あぁ、深優はここに残ると言った」
「そうでしか・・・」
キキペペが尻尾を下げながら言う。
深優は『パパ』とモニターを出しながら、何か話しているようだった。
ザッ・・・
「?」
月明かりが遮られる。
「ここから先へは通さない」
「闇の王、この世界の敵よ」
「深雪を連れて行って、どうするつもりだ?」
キキペペの攻撃を避けてきた者たちが闘技場の頭上を塞いだ。
ドラゴン族、神々のような変わった魔力の者たちばかりだった。
今まで感じたことのない力だ。バージョンアップされたというイメージに近いかもしれない。
「邪魔でし。道を開けるでし」
― 闇風魔炎刀 ―
キキペペが大きな双剣を振り回して、闇の炎を巻き起こす。
「うわっ・・・・」
「闇の王が通るでしよ」
炎が刃になって道を塞いでいた者たちを裂いていた。
「あの魔族がこんなに強かったとは・・・・」
「もう一度攻撃を仕掛ける」
「いや、今、シールドから出たら殺されるぞ!」
巨大シールドで防いだ者も、キキペペの強さに圧倒されている。
ゴウンゴウン
鉄球の音がした。
パリンッ
「!!」
テイアがシールドに鉄球を当てると、一瞬で結界が割れていた。
「テイア、やっと来たか」
「遅かったでしね。探していた者は見つかったでしか?」
「見つかっていません。でも、テイアがここにいると分かれば、ゴーダン様が来てくださると思うのです」
体勢を直して、鉄球を巻き直していた。きょろきょろと周りを見渡す。
ザンッ
光の銃弾が俺とテイアの間を通り抜ける。キキペペがため息交じりに、刃を振り回した。
「ソラ様、ちょっとあいつら、片付けてくるでし」
キキペペが同じ魔法をアレンジして、再度攻撃を仕掛けていた。
「うわっ」
「全員まとめて、殺すでし」
キキペペは強かった。動きに少しも無駄がない。
養成所を首席で卒業したチチコと同じ能力を引き継いでいるようだ。
「キキペペは強いですね。ん? その子は、深優とは違うのですか?」
「まぁな」
「ふうん、この子が闇の王・・・いえ、冥界の王の探していた子ですか。確かに深優とそっくりで美しい顔をしていますね」
「え・・・・」
テイアがぐぐっと近づいてくると、深雪が首を傾げていた。
「でも、テイアのほうが背は高いです。身長はテイアのほうが勝っていますから」
「んなことどうでもいい。よそ見するな」
カッ
「!?」
目の前に魔法陣が展開されて、中からティターン神族らしき巨人が出てきた。
「テイア、来ていたのか」
「ご・・・ゴーダン様!」
テイアがぱっと表情を明るくしてゴーダンに近づこうとしていた。
「テイアはゴーダン様を助けに来たんです。一緒に帰りましょう。ティターン神族のみんなはゴーダン様の帰りをお待ちしています」
「何しに来た?」
「・・・・・?」
固い鱗のような皮膚を、触りながらテイアを睨みつける。
「ティターン神族の落ちこぼれが俺を迎えに来たのか? 冗談は止めろ」
「ど・・・どうしたのですか? 何か・・・・」
「お前は一族の恥だ」
「な・・・・ゴーダン様・・・」
テイアが驚いて、口を空いたまま呆然としていた。
鉄球の鎖が微かに震えている。
「テイア、真に受けるな。おそらく、メンテナンスで記憶の一部を改ざんされたんだろう」
「そんな・・・・」
声をかけたが、テイアの動揺は止まらなかった。
「落ちこぼれ・・・テイアは・・・・」
「ポロスが死んだと聞いている。どうせ、テイアを庇って死んだんだろう? お前が死んだほうが、一族のためになったのにな。ティターン神族の落ちこぼれが・・・」
「っ・・・・」
「いい加減にしろ。そこをどけ!」
ゴーダンが鱗のような皮膚を、銀色に変える。
「どくわけないだろう。冥界の王を倒さなければ、この世界に平和は訪れないのだから」
「あいつ、頭までいかれてましね」
キキペペが敵を一掃して戻ってきた。
「大切な末の妹を忘れるとは、神々も落ちたでし」
「テイア、大丈夫か? しっかりしろ」
「・・・・・・・・・」
「・・・重傷でしね」
キキペペが呟くと同時に、体勢を整える。
「あいつの相手はあたしがするでしよ。少し時間がかかるかもしれないでし」
ドンッ
ゴーダンが大きな斧を振り回していた。
キキペペがひらりと攻撃をかわしながら、魔法陣を描いていた。
「ほら、テイア、立て」
「・・・・・・・・」
テイアが顔色を悪くしたまま、硬直していた。手をだらんと落として、今にも死にそうな顔をしている。
テイアの名前が、死の神の本に書かれようとしているのを感じた。
こいつに殺されようとしているのか?
「・・・・・・テイアは・・・・・テイアは・・・」
腕を引っ張ったが、項垂れたまま動かなかった。
キキペペはゴーダンの相手をしていた。地上ではキキペペが一度倒した者たちが、えまとりまによって復活しようとしていた。
時間が延びれば、こちらが不利になるな。
仕方ない。
クリエイターの居る前で、こいつを出したくなかったが・・・。
「命令に応えろ。幽幻戦士」
ゴウン
幽幻戦士が出てきて、魔法陣の上に浮く。
「あっ・・・・」
深雪とテイアを幽幻戦士に渡す。
「幽幻戦士、2人を頼む。ここから離れてろ」
『かしこまりました。我が主』
「蒼空!」
幽幻戦士が離れていったことを確認して、深淵の杖を出す。
キキペペとゴーダンの戦闘の火花が、こちらまで飛び散ってきていた。




