第十七話 探検の終わり
来たルートを逆にたどる『ヴァイエ1』と『ヴァイエ2』。
ランドマークはきちんと記録しているので難しいことではない。
「次は、あの尖った山を左に見て進むんだ」
「了解」
行きと帰りでは、ランドマークを見る方向が間逆なので、勘違いしないよう一応スケッチをしておくことにした。
とはいえ、見え方のスケッチなのでさしたる手間ではない。
従って2機は最大巡航速度で飛行している。
ところで『巡航速度』とは、一般的には燃料の消費効率(=燃費)が最もよい状態で移動(これを巡航と呼ぶ)できる速度のことである。
が、今回の『最大巡航速度』は、厳密にいえば定義とはやや異なっている。
つまり、『燃費』だけではなく、機体への負担も含め、長時間飛ぶために最もよい条件での速度、という意味で使っている。
まあ、この2機の場合、2つの値の差はないに等しいのだが……。
「おおよそ時速280キロか」
「これなら今日中にド・ラマーク領に帰れるな」
行きは周囲の偵察も兼ねていたので時速150キロ程度で飛んでいた。
帰りは倍近い速度なので、明るいうちに帰れるだろうと思われる。
「おや?」
外を見ていたアキラが、『ヴァイエ2』が発光信号を出しているのに気が付いた。
「ええと……『7』(ーー・・・)か。後方注意だが、何か……あ!」
「どうした、アキラ?」
「『ヴァイエ2』から『後方注意』という信号が来たので後ろを見たんだが、雲が湧き始めている」
「え?」
ハルトヴィヒは副操縦士のレイモンと交代し、後方を確認。
「ああ……すごい雲だな」
遥か彼方ではあるが、もくもくとした雲……積雲が湧き上がっているのが見えたのである。
積乱雲にまで発達したなら、その下では大雨や雷、雹といった気象状態になっている可能性が大である。
そしてそれらは航空機にとっては大敵なのだ。
「あのまま進んでいたら、あの雲の中に突っ込んでいたかもな……」
「アキラ殿の判断は正しかったわけですね」
ハルトヴィヒとレイモンが感心しているが、アキラとしては偶然なのでこそばゆい。
そこで正直に言う。
「いやあ、たまたまだったが、結果オーライだな」
「運も実力のうち、と言いますからね。何にせよ、雨に遭わずに帰れそうですよ」
雨の中を飛ぶ訓練もしているとはいえ、やはり晴れているに越したことはない。
「まだ気は抜かないでくれよ。家に帰るまでが探検だからな」
昔、家に帰るまでが遠足、と言われたことを思い出し、少しアレンジを加えてそう言うと、
「なるほど、家に帰るまでが探検か! いい言葉だな!!」
「そうですね、さすがアキラ殿です」
と、ここでも感心されてしまったのだった。
* * *
一方、『ヴァイエ2』でもアキラの英断は評価されていた。
「アキラ殿の判断は正しかったようだな」
近衛騎士団長ヴィクトル・スゴーである。
「あのまま進んでいたら、湧いてきた雲の中に突っ込むところであった。偶然ではあろうが、あの慎重さが我々を守ったと言えような。私の固有魔法でもそこまでは予想できなかった」
なかなかの高評価であった。
アキラ本人が聞いたら思わぬ高評価に恐縮どころか身悶えするであろう……。
* * *
南の空は晴れ、北の空は曇り。
2機は天候の悪化に追いつかれることなく、南への飛行を続けている。
ちなみに、雨雲の平均速度は時速40キロと言われる(現代日本の場合)。
また、低気圧や移動性高気圧は、上空の風(ジェット気流)に流されるため、時速約数十キロになることもある。
それに比べ、2機の速度は十分に速かった。
そして正午となった。
お昼ということで、アキラと副操縦士のレイモンは昼食を済ませ、操縦士が交代する。
「ハルト、操縦ご苦労さん」
「いやあ、空腹だよ」
用意してきた昼食はラスクである。
今回のものはシンプルに、軽く焼いたトーストにバターと砂糖を塗ってもう一度軽く焼いたもの。
水分が飛んでいるので日持ちがする上、カロリーが高いので携帯食にうってつけだ。
難があるとすれば、食べているとどうしてもパンくずがこぼれることだろうか。
まあその程度は、着陸後に床を掃除すればいいわけであるが。
「うん、ラスクってやつは食べやすいし保つからいいな」
「口の中の水分を持っていかれるから飲み物が欠かせないけどな」
「それは仕方ないな。大抵の保存食は乾燥しているから。ラスクもそうだが、美味しいから別格だよ」
そう言ってハルトヴィヒは水を一口。
「あとは飲み物だな……」
そう、長期保存できる飲み物はまだ開発されていないのである。
「うん、中途半端な糖度だと日持ちしないんだよ」
ミルクやフルーツジュースは冷蔵庫に入れておけば数日は保つが、さすがに重量がかさむので積み込めなかったのである。
「一応、アイデアはあるんだ」
「へえ? どんなのだい?」
操縦はレイモンに任せたので、ハルトヴィヒはここぞとばかりに食事環境の改善をアキラと相談したかったのである。
「粉末状にしたジュースを、その都度水やお湯に溶かして飲むんだよ」
「へえ、それはいいな。早く作ってくれよ」
「だけどな……問題があるんだ」
「それは?」
「果汁を粉末にする方法がな……」
これができないと、粉ジュースを作れない、とアキラは言った。
「なるほど……」
「リーゼロッテに相談してみてくれないか?」
「うん……そうだ、いい方法がある」
「え?」
「アキラが王都に来ればいい。ロッテの研究室も王都にあるしな。そうだ、そうしよう」
飛行機が完成した今、王都とド・ラマーク領は3時間程度で往復できる。
日帰りも可能だし、実際にしたこともある。
「そうか、その手があったな」
「ド・ラマーク領に戻ったら、みんなと相談してみよう」
特に近衛騎士団長は、粉末ジュースに興味を示すんじゃないか、とハルトヴィヒは言った。
「軍中食になるからな……」
アキラも、それは理解できる。
とりあえず、飛行機同様に平和利用してもらえることを期待するしかない、と願うアキラであった。
* * *
太陽がだいぶ西へ傾いた頃。
「やった! 山岳地帯を越えたぞ!」
わずか2日間の探検飛行だったのに、妙に懐かしい風景。
夕暮れがせまるド・ラマーク領は夕日の赤に染まり、帰ってきた2機を温かく迎えるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2026年4月18日(土)10:00の予定です。
20260411 修正
(誤)日帰りも可能だ時、実際にしたこともある。
(正)日帰りも可能だし、実際にしたこともある。




