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魔霧の森の魔女〜オバサンに純愛や世界の救済も無理です!〜  作者: 七瀬美織
第二章 疑雲猜霧のファルザルク王国
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第二十六話 月が綺麗……な、そんな夜



 香澄(かすみ)は、女子寮の部屋の窓辺で、夜空を見上げていた。その側で、少年の姿をした皓輝(こうき)が控えていた。


「ねえ、皓輝。面会は三日後になったけど、それまでに遊帆さん達がわたしの能力を検査するって、一体どうなるのかしら?」

『香澄様、面会や検査がお嫌ですか? 一言ご命令くだされば、貴族も魔術師も潰してご覧にいれます……!』

「皓輝は、相変わらず発言が過激ね。そんな事しないでね。ただ、ちょっと不安だっただけだから……」

『香澄様をお守りするのが、従者の役目です』

「ありがとう。皓輝はわたしの癒しだから、そばに居てくれればいいの」

『猫の姿の方が、よろしいでしょうか?』

「いろいろお話ししたいから、そのままでいてね」

『はい! 承知致しました』


 皓輝は紅い瞳を輝かせて、無邪気な微笑みを浮かべた。愛らしい笑みと裏腹に、邪気のある発言が多過ぎる。香澄は、皓輝の頭を撫でながら苦笑した。きっと皓輝は、いざとなったら香澄の盾になって守ってくれる。香澄はそう思うと安心出来る自分も、大概病んでると考えて苦笑した。


「まずは、目指せ! ハリウッドスマイル!」


 香澄は、胸の前で両手を握り唐突に宣言した。すると、リーフレッドが現れて、ふわりと不思議そうに小首を傾げた。


「つまり、笑顔は女性の武器だと思うのです。愛嬌のある笑顔で、相手を魅了出来れば味方が増えて苦労が減ります。美少女になったわたしには、可能だと思います!」

『魅了の能力は、制御が難しいわ。下手したら、国を傾けてしまうわよ』

「そこまで壮大な事を狙ってませんよ? 例えば、笑顔の素敵な女性は、初対面でも好印象でしょう? アイドルみたいな白い歯を見せた満面の笑み……ハリウッドスマイルをしてみたいのです!」


 香澄は、意気込んで鏡の前に立ち、前歯を見せて微笑もうとした。姿形が変わったのだから、華やかなハリウッドスマイルが出来るかもしれないと考えたのだ。

 しかし、表情筋がピクピクと引きつって、頑張っても理想の笑顔にならない。口もとが引きつり、ただ歯を剥いているだけの威嚇した表情にしか見えなかった。


「……ダメだ。歯を見せて笑うなと言われて教育を受けた世代だからなの? どうしても、歯を見せようとすると笑顔にならない……! 表情筋エクササイズでもして、鍛えるしかないかしら?」


 香澄は仕方なく少し顔の筋肉をほぐして、無表情な顔からほんのり口角の端を上げて、目を細めたアルカイックスマイルを浮かべてみた。ごく自然に、香澄の顔は極上の美しい笑みを浮かべていた。

 香澄が変化する前の笑顔と同じ種類だ。今は、若さも美しさも桁違いではあったが、これが自分の表情だと納得させられた。


「もはや別人の容姿と若さを持つ美少女になっても、作れる笑顔が以前の自分と同じなのは残念です……」

『香澄の笑顔は、とても魅力的よ』

「満面の笑顔じゃなくても?」

『香澄の笑顔は、穏やかで安心できるわ。周囲を、優しい雰囲気にしてくるもの。貴女の笑顔は、とても心安らぐのよ?』

「えっと、つまりはわたしは癒し系なのですか? なんか、こう照れます。リーフレッドさん、ありがとうございます」

『うふふ……』


 香澄は、記憶に残らないがリーフレッドの笑顔の方が、香澄の数倍は癒し系だと思った。彼女の微笑みは、ほっこり度合いが半端なく、無数の花が咲いて良い香りが広がるようだった。


「うん。魑魅魍魎(ちみもうりょう)が溢れるアパレル業界の商談で、鍛えた笑顔スキルが『貴族』相手にどこまで通用するかわからないけど……頑張れそうです!」

「何を頑張るのですか?」


 香澄が声のした方を振り返ると、アレクシリスが窓の外からガラスをノックしていた。


「アレクシリスさん⁈」

「よろしければ、入室の許可をいただけますか?」

「……はい。えっと、どうぞ?」


 香澄が窓を開けると、アレクシリスは窓枠を軽々と乗り越えて、室内に入ってきた。アレクシリスの竜騎士団の制服姿に、香澄は見惚れてしまった。


 ふと、香澄はここが三階なのを思い出して、窓の外に身を乗り出してのぞいた。女子寮の外壁は茨で覆われて、枝にはビッシリと棘が生えている。しかし、香澄の部屋の窓の下から茨が、まるで階段のように編み込まれて地面まで続いていた。茨の階段は、役目を終えたと言わんばかりに独りでに解れていってしまった。

 香澄がその様子を驚いて見ていると、月を背にして『聖なる茨の精霊』が現れた。そして、香澄と目が合うと、音がしそうなウインクをして消えてしまった。


「アレクシリスさん、あの……」

「香澄、アレクと呼んでいただけるのでは?」

「アレク、あの……ここは女子寮ですよ?」

「すいません。『聖なる茨の精霊』の許可を得ていますから、大丈夫という事にしておいて下さい。婚約者を訪ねるには、少々遅い時間になってしまったので、無理を言って忍び込みました」

「『聖なる茨の精霊』さんに許可だなんて、アレクも『精霊を使役する者』なんですか?」

「いいえ、私は違います。杜若に協力してもらったのです。竜族は独自に、精霊と交流する方法を持っていますから……」

「そうですか……。それで、杜若さんは?」

「杜若は、遊帆の執務室の書庫を漁ってから来るそうです。杜若は、活字中毒なんです」

「杜若さんが活字中毒? なんだか意外ですね」


 香澄は杜若とあまり会話してないが、ストイックな剣士のイメージを持っていた。それが、文学青年だったとは意外だった。アレクシリスが遠い目をしている事に、香澄は気づかなかった。


「ところで、頑張るというのは何の話ですか?」

「三日後に、わたしの『精霊を使役する者』の能力を検証しに、宰相閣下と上位貴族の方達が訪ねてくるそうなので、好印象を持ってもらえればいいなと思って……」

「正直、香澄に政治的な接触はさせたくないのですが……申し訳ありません。私の立場は公人に近いので、表向き『落ち人』である香澄と結婚するには、上位貴族を納得させなければならないのです。ただの形式的なものだと思って下さい」

「必要ならば、仕方ないです。常識の範囲でしか礼儀作法はわかりませんが頑張ります! それよりも、竜騎士団から契約竜が居なくなったと、メイラビアさんに聞きました。どうなったのですか?」

「杜若から藍白の様子を聞いて、ある程度は想定していました。多少の混乱はありましたが、今は残っている契約竜の協力で軍務を遂行しています。香澄にまで、心配をかけました。もう、大丈夫です」


 大丈夫だと言うアレクシリスは、それ以上聞いて欲しくないのだと香澄は思った。香澄に微笑みかけるアレクシリスは、顔色が少し悪く、秀麗な姿も疲労で翳(かげ)っている気がした。


「香澄が面会する予定の宰相とウインズワース侯爵は、陛下の腹心ですから安心して下さい。ジオヘルマン伯爵も今は王家に楯突くほどの権勢はありません。私が決めた結婚相手に口を挟めるのは女王陛下だけです。ファルザルク王国でハイルランデル公爵家より権威のある貴族は存在しません。だから、安心して下さい」


 アレクシリスは、少し悪い笑みを浮かべていた。言葉は心強いが、安心するには内容が黒い気がする。香澄は、アレクシリスの爽やかな王子様の仮面を外した本当の素顔は、どんな顔をしているのだろうと思った。ちょと怖いかもしれないと思う。

 だが、知りたいと考えながらも、あまり知りたくないとも考えていた。将来、結婚するかもしれない相手の本性が、別人鬼畜仕様だったとしても、どのみち手遅れだろう。アレクシリスと結婚の外堀は、香澄が決意する前から、すっかり埋まってしまっていた。


「わたしは、元の世界で大学生だった姪が起業するのを手伝っていたので、少しは駆け引きに慣れています。だから、アレクも心配しないでくださいね」

「香澄は、商人だったのですか?」

「そうですね。この歳でまだ駆け出しでしたが、民族衣装(着物)をリメイクして販売する衣料品店の共同経営者でした。最初は三人しかいない小さな会社でしたが、二年間で支店が出せました。わたしは、学生の姪に代わって、問屋や商業施設のオーナーと商談や契約の場に赴くことがありました。商売の経験は素人でしたから、社会人の常識だけで立ち向かうのは苦労の連続でした。でも、良い出会いも沢山あって、経営コンサルティング会社の社長のおかげでずいぶん助かりました。取引先は、困った経営者も意外と多かったですから……」

「困った経営者とは?」

「商売の素人だったわたし達の足元をみて、高圧的な態度をとったり、明確なパワハラ……嫌がらせをしてくる者もいました。商談だと言いながら、ホテルの部屋に誘われたことも何度かありました。中高年の方が、男女関係のモラルの垣根が低いのかもしれないです。それとも、割り切った関係で遊べるからでしょうか……? もちろん、そんな誘いは、丁重にお断りして、二度と関わる気はありませんでした」


 アレクシリスは、黙って香澄の話を聞いている。ただ、ほんのりと部屋の温度が下がってきている。


「そんな人でも、商売上どうしても取引しなければならない時は、相手の周囲の人々と仲良くなる様に努力しましたね。特に、ご家族と親しくなるようにしました。すると、流石に堂々と誘いをかけられる事が無くなりました。浮気性な男性は、家族に知られて平気なタイプもいれば、家族に知られたくないタイプもいます。その人が後者で良かったです」

 

 香澄はアレクシリスと話しながら、元の世界の生活と関係を断ち切られた人達の事を思った。


 姪の会社は、順調に軌道に乗り始めていた。従業員を更に増やすつもりだった。新たに事務所を借りて、事業を拡大の為に銀行の融資担当者と話を詰めていた。マイペースな姪に、何度も腹を立てたことがあった。衝突して、年甲斐もなく、怒鳴り合いの喧嘩もした。泣きながら経営方針を討論したり、過労から病院で点滴を受けながら出勤した時期もあった。ビジネスパートナーの姪の同級生は、姪に振り回されながらもよくやってくれた。経営コンサルティング会社の女性社長は、とても親身になってくれた。

 何もかもが新たに始まり、これからだという時だというのに、香澄は異世界に召喚されたのだ。あれは、期待と疲労の混在した香澄の五十歳の誕生日の朝だった。


 あの世界の自分は、突然に死を迎えたも同然だろう。だって、もう帰れないのだから……。

 香澄は俯いて、しばらく考え込んでしまった。アレクシリスはそんな香澄の肩に手をそっと置いた。


「私が初めて遊帆殿に会ったのは、今から五年前でした。ファルザルク王国は大きな政変があって、やっと女王陛下の治政が始まったばかりの頃です。遊帆殿の荒ぶる魔力を抑えるために、駆り出されたのが最初でした。あの頃の遊帆殿は、自暴自棄になっていたのだと思います」

「自暴自棄……? 遊帆さんがですか?」


 アレクシリスが、急に遊帆の話をはじめた意図が分からず、香澄はキョトンとしていた。


「遊帆殿は、『竜騎士の契約』を、当時の竜騎士団長から奪って、メイラビアの『契約者』になりました。そして、『管理小屋』での竜騎士団長の虐待の証拠を提示して、類まれなる魔術の才能を示したのです。『竜騎士』であり魔術師として優秀な『落ち人』として、ファルザルク王国に迎えられたのです」

「メイラビアさんにいくらか聞きました。遊帆さんと、先代の竜騎士団長とメイラビアさんの関係を……」

「当時の竜騎士団長は、厳しいが多くの団員から慕われる立派な騎士でした。だから、遊帆殿を非難する者達や悪意をぶつける貴族も多かった。しかし、『茨の塔』は遊帆殿を歓迎しました。膨大な魔力を持ち、異世界の知識で新たな魔術を生み出した才能を高く評価したからです。しかし、これらは全てこちら側の都合の話です。遊帆殿は『落ち人』に関する情報を知って憤り、もとの世界に帰れない事を嘆き、自身の医師としての知識の喪失に絶望していました。『茨の塔』の先代魔導師とメイラビア、そして私と杜若で何度か遊帆殿の魔力暴走を抑えました。あの頃の遊帆殿は心身ともにぼろぼろの酷い状態でした」


 アレクシリスは、香澄を真っ直ぐに見つめている。


「私は、香澄が心配です。認識阻害の魔術の効果がどの程度あるのか、私には推し量れません。香澄は、理不尽な状況を淡々と受け入れ続いて、いつか世界を救うため犠牲になれと言われても厭わないようで心配です」

「アレク、そんな事ありません。わたしだって怒っています。日常からいきなり切り離されて、召喚された挙句に『世界を救ってください』ですか? 認識阻害の魔術の影響を差し引いても、巫山戯(ふざけ)るな! って怒り狂ってます。もとの世界にだって、帰れるものなら帰りたいです。色々やり残してきたから、後悔でいっぱいです。でも、遊帆さんや亜希子さんと話して、帰れる可能性が低いのと、この世界が、危ういのだけは理解しました。わたしに出来ることがあるならば頑張ります。でも、自己犠牲が美しいと思えるほど、無垢な精神はしていません。無駄死にはしたくないです。アレクとの結婚も、利害の一致だと思っています。ごめんなさい。こんな言い方、酷いですね……」

「いいえ、利害の一致で最初は結構です。愛情は、時間をかけて育みましょう」


 アレクシリスは、蕩けるような笑顔を香澄に向けた。香澄は、それを眩しく感じながら、少し寒気がするのは何故なのかと、小首を傾げていた。


 『伯母さんは、強くて優しいね』そう言った姪の言葉を唐突に思い出した。香澄は否定する気力すらなかっただけだ。ただ己の心を守る為に心の内を隠し封じて、磨りガラス越しの影のような世界を眺めていた。

 だから、姪の会社を夢中になって手伝っているうちは忘れていられた。辛くなかったわけじゃない。これ以上、傷を抉られたくなかっただけだった。心が死なないならば、せめて感じるのを辞めてしまおうと、無意識のうちに忘れたフリをした。身の内の狂気を隠すために、日常を演じてきたのだと思う。


「アレク、もしも私が亜希子さんが言っていた通り、世界の救済の為に召喚されたとしたら、わたしは自分の命をかけて使命を全うしなければならないのでしょうか?」

「香澄が世界を救う為に召喚されたとしても、人の身である貴女の命を犠牲にしたところで、世界の綻びを修復することは不可能でしょう」

「どうして、そう言い切れるのですか?」

「魔霧の森の聖域は、神々が犠牲になって、魔術の杭になり、森の拡張を留めている場所なのです」

「えっ! 神様が生贄になったのですか?」

「例え、魔力の膨大な『異世界転移者(落ち人)』であっても、神には及ばない。神でさえ成せないのに、香澄の魔力でどうにかなるはずはないのです」

「じゃあ、何のために私は召喚されたのでしょうか……?」

「わかりません。しかし、竜族の竜王が継承しながら召喚してきたのですから、何か重大な意味があるのでしょう。それが何かが掴めれば、香澄をもっと守れるでしょう」

「はぁ、ふりだしに戻った気分です」

「だから、香澄はそんな事で悩まず、私のことだけ考えてください。未だ貴女の心が、私を見てくださらないのが悲しいですね」


 アレクシリスは、香澄の肩に手を置いてそっと距離を詰めた。

 そして、香澄が混乱しているうちに、背をかがめて麗しい顔を寄せた。香澄は、アレクシリスの瞳の深い海の青が近過ぎてボヤけたので、思わず目を閉じた。自分よりも僅かに高い体温を、ほんのり唇に感じた。

 香澄は、肩に乗ったアレクシリスの熱い手のひらが、ゆっくりと背中に滑るのを感じて身震いしてしまう。アレクシリスの胸に置いた手のひらが、早鐘を打つ彼の心臓を感じていた。


 どのくらいの時間、抱きしめられていただろうか? 


 ゆっくりと離れていく熱が惜しくて、香澄は目をひらいてアレクシリスの瞳を追った。煌めく海の青は、真っ直ぐ香澄を見つめている。


 アレクシリスは微笑んで、香澄にもう一度軽く口づけた。香澄は、一気に沸騰して真っ赤に茹だった。


「あ、あの、これ以上は勘弁してください!」


 香澄は、皓輝とリーフレッドの存在をすっかり忘れていた。アレクシリスは、そんな香澄の焦った様子見て満足そうだった。





お読みいただき、ありがとうございます。

恋愛ならば、甘くしなくちゃ……。

甘くな〜れ。甘くな〜れ。甘くな〜れ。と、念じて書いてました。

…………もっと精進します。


次回、マリーちゃん登場予定です!


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