第二十五話 アフタヌーンティー
閑話 遊帆編④は、本編に溶け込ませる事に致しました。第二章が長くなりそうで怖い……。
ジャザッ……! カン。ココン……。
暗かった遊帆の寝室に、カーテンポールの金属製のリングランナーの当たる高い音が響いた。
「……遊帆、もうお昼過ぎです! 起きて下さい!」
凛とした良く通る声に、遊帆は起こされた。夢中で香澄のパソコンの復元をしている間は感じていなかったが、かなり疲労していたようだ。
遊帆は、寝ぼけまなこで自分を起こした相手を確認した。
「…………ベィラビィア?」
「……それ誰ですか?」
メイラビアは、カーテンをタッセルでまとめながら、寝起きの遊帆のダミ声にあきれ果てた顔をした。
「あー。メイラビア、お帰り。あっちはどうだった?!」
「予想通り動きがありました。若い子達のほとんどが、竜騎士団の規則に反して寮を去っています」
「うん。そうか…………そう、か…………グゥ……」
「今すぐ起きなければ、全力を尽くして『精霊の祝福』の結界を破壊し……蹴り飛ばします!」
「ゲッ!……結界壊れなくても、蹴り飛ばされた衝撃で、地味に肋骨の下が痛くなるからやめてください……。起きる、起きるよ。シャワー浴びたら行く……」
「では、執務室で皆様お待ちですから、お早く!」
遊帆とメイラビアの業務連絡以外の会話がしょっぱいのはいつもの事だった。
「了解……」
遊帆の返事を聞いて、メイラビアは部屋を出ていった。
遊帆は、もそもそとベッドから降りて、風呂に向かおうとした。そこで、サイドテールに湯気のあがったお茶が用意されているのに気づいた。
「……ありがとう」
遊帆は、カップの中身を飲み干してから、今度こそ風呂に向かった。
香澄は、遊帆の執務室で午後のお茶を楽しんでいた。黒猫皓輝は、窓辺に置かれたカゴの中でお昼寝中だ。
遊帆が執務室に入ると、魔術師の第四席のコルネットと第八席のノックスフィムが同席していた。あとの魔術師幹部は、まだ寝ているか自分の研究に勤しんでいるようだ。
遊帆の執務室に集まり、呑気にお茶をしながら雑談をしているのには理由がある。
メイラビアの報告を受けて、レンドグレイルはバルッセラと共に、報告と今後の対応を指示してもらうため、王宮の女王陛下のもとに向かったのだった。
『茨の塔』として動くべきかと合流した遊帆に、コルネット達が尋ねた。
「まあ、慌てなくても、レンドグレイルが戻ってからでいいよ」
「魔導師、それでは後手に回りませんか?」
「別に戦争するわけじゃあるまいし、大した情報もなく勝手に動けないでしょ。それに、ファルザルク王国と竜族の盟約は簡単に破られないだろ?」
コルネットは、ローブのフードを下ろしていた。黒髪に黒い瞳だが顔立ちは彫りが深い、年齢不詳の美魔女だ。コルネットは、遊帆の返事に不満気だったが、それ以上何も言わなかった。
ノックスフィムは、フードを浅めに被っていた。時々見える横顔は若く、淡い金髪と薄い水色の瞳で、眉が薄い北欧系の顔立ちをしている。さっきから視線を感じるのに、なぜか目が合わないのだ。香澄は隙を見て、無理矢理目を合わせてみようかと思った。実行しないかもしれないが……。
「遊帆さん、ファルザルク王国と竜族の盟約は、『落ち人』に関する事だけなんですか?」
「いや、ファルザルク王国と竜族の特別な盟約は、いわゆる『精霊契約』だ。まだ、『誓約の女神』が生まれる前に締結されたらしい。強力な精霊を仲介して結ぶ約束として、『精霊契約』は古代から存在していたそうだ」
「じゃあ、少なくとも八百年以上前ですか?」
「記録がはっきりしないんだ。その当時の竜王と、ファルザルク王国の魔術に長けた女王との、酒の席が佳境に入った時の口約束がはじまりだったという。コルネットが『盟約』の研究者なんだ。コルネット、詳しい説明をしてくれるかい?」
コルネットは、小さく咳払いをしてから、教師のように説明しだした。
「まず、ファルザルク王国と竜族の盟約は存在していますが、内容を明記した文書や魔道具は存在しません。だから、正しい『盟約』の内容は、常に『茨の塔』で研究されているのです」
「内容がわからなくて、盟約を守れるのですか? 竜族には聞けないのですか?」
「竜族は、『盟約』に関して非協力的です。それには、理由があっての事です。当時のファルザルク王国の女王は、大変魔力の豊富な魔術に長けたお方でした。当時の女王と竜王は友好的な関係で、個人的な酒宴の席での事だったそうです。酒盛りが佳境に入った時の口約束が『盟約』になったらしいのです。普通、そんな事はありえません。しかし、魔力の塊のような双方の言霊は、精霊によって正式な契約とみなされ、両国の間に不文律ながら刻まれることになったのです」
香澄は、首を傾げた。コルネットは、香澄の様子に苦笑しながら話を続ける。
「別に、普段の口約束程度に、精霊が介入したりはしません。そこに、魔力が込められた言霊が精霊に捧げられると、『精霊契約』が成立するのです。『精霊契約』に背けば契約した精霊が現れて、守らない者に様々な罰を与えます。本来は、正式で重要な約束事や国家間の盟約等に行われるものです。その為、酒の席の話が『精霊契約』となったのは、魔力の制御が出来ていなかったのが原因だと、ファルザルク王国では、魔力制御が出来ずに魔力を漏らすなんて、恥ずかしい事だと言われる様になったのです」
香澄は、割とアレクシリスが凍える魔力を放っていたのを思い出して、あれは恥ずかしくないのかと思った。
「王族は特に魔力過多な血統ですから、無理もありません。ただ、酒を飲み明かした末の内容だったので、後から文書化すると双方が、個人的に都合の悪い内容を過分に含んでいたようです。当人たちは、大雑把にしか内容を語らなかったそうです。その為、お酒で失敗した女王は、生涯禁酒を家臣たちに命じられて反省させられたそうです。それでも、後を継ぐ者には正確な内容を伝えてくれと、宰相に懇願された女王は、王太子にのみ口伝で継承させていくのを条件に、禁酒を解かせたそうです」
「……どんだけ酒が好きだったんだって話だな」
遊帆の意見に、香澄も思わず頷いてしまった。
「こうして王国は、盟約の正確な内容を失っていきました。口伝のみでは、竜族に比べても短期間の寿命、暗殺を含む突然の死、記憶違いや単なる物忘れ等々、どんどん口伝は風化していきます。そうなる前に文書化すれば良いものを、継承した後継の王族も内容の残念さに、文書化を避けてしまったらしいのです。しかし、失われた盟約を正確に取り戻す努力は、現在も『茨の塔』で行われています。万が一にも盟約に意識しなくとも触れて、盟約違反で精霊にお仕置きされたくはないですから。精霊のお仕置きの内容によっては、国が滅ぶ可能性があるのです」
「例えば、仲介した精霊が水に関する精霊だった場合、水害や干ばつが起きる可能性がある」
突然、腹の底から響くようなバリトンボイスがした。どうやらノックスフィムの声だったようだ。香澄は、話の続きを聞こうとノックスフィムを見た。彼は、クッキーを食べはじめたので、これ以上のコメントはないらしい。
「王国の失われた盟約の回復の為の努力は、徐々に実を結んできています。『盟約』研究は、さまざまな予測を立て、竜族にスレスレの発言や行動をしてみたり、警告に現れる誓約の精霊の出現条件を検証して、ささやかなヒントを集めては精査してきました。つまり、手探りで『盟約』を文章に起こしてきた結果、はっきりしたのは、『竜族は王国の『落ち人』には関わらない事、全ての権利を王国が持つ』という盟約の存在を確証しています」
香澄は、その言葉が自分に当てはめた場合、矛盾する事に気付いた。コルネットは、香澄を見つめながら困った表情をしていた。
「それを、竜族が破り、藍白が『落ち人』の香澄様を『管理小屋』からさらった。その事実に、精霊は警告の出現をしていません。しかし、盟約の解釈には間違いは無いと確実にいえます。だから、香澄様は『落ち人』ではない可能性があります。盟約研究をしている魔術師として、こう検証結果を報告せざるを得ません」
「それは、ある程度予想通りだな。その為の婚約と『茨の塔』での保護だ」
「はい。そうですね。ただ、盟約研究者としては多少複雑な思いがあります」
「なんだか、色々とわたしの事でご迷惑をお掛けしているようで、恐縮です」
香澄が遠慮がちに言うと、遊帆はすかさず反論した。
「香澄ちゃんは、こっちの世界の事情に巻き込まれただけなんだから、そんな風に思う必要はないよ! これは、あくまでも政治の話で国の事情だ。女王陛下は、これを機に『盟約』の内容の開示を竜族に迫るつもりだろう。トラブルをチャンスに変えて、利益を数多くあげるのが、女王陛下の恐ろしい所だよ」
「やはり、『盟約』の研究者としては複雑です……」
香澄は、遊帆の言葉にあっさり納得した。認識阻害の魔術は、今日もしっかり仕事をしているようだ。
「それでね、香澄ちゃん。俺は、基本的にファルザルク王国の『衣食住』は、前の世界と遜色ない生活レベルだと思っているんだ」
「同感です。食事は、美味しいですね」
「異世界あるあるで、飯マズ異世界で料理革命の必要は無いな。多分、昔に転移してきた『落ち人』が、大体そういった方面は改善してきているよ」
「旅館の朝食みたいな定食が、食堂のメニューにありましたね。調味料も調理法も豊富ですし、色々なデザートもアフタヌーンティーみたいなセットもありますし」
香澄は、テーブルの上に並べられた皿の上のケーキやクッキーなどと具材が多様に挟まれたパンにホクホク顔をしていた。中身オバサンでも女子ならば、甘味は正義であるのに変わりない。美少女が嬉しそうにクリームを頬張る姿に、周りはほんわり癒されていたが、香澄は気づいていない。
「なんせ、米、味噌、醤油に漬物まであるんだからな」
「それは海外生活した事のない、日本人としては助かります!」
香澄は、食は大事だ。本来なら、馴染みのある食べ物が、手に入る環境にないから異世界なのだ。
「それに、製紙技術も発展してて、樹木を大量伐採しても、専用地で植林して魔法で成長促進して育てるから自然破壊の心配ない。印刷も魔術と組み合わせて、製本して書籍も大量に出版されている。さすがに、パソコンは無いが鉱石の板に魔術回路を組み込んだそれっぽい物も実はある。だから、パスワード教えて?」
「わー、スゴイですね。……パスワードは、メイラビアさんに預けてあります。今、こんな大変な事態のさなかに、遊帆さんに教えたら寝食忘れて読み耽りそうだからって言われました」
遊帆は、メイラビアの顔色をうかがうように見た。メイラビアは、遊帆を射殺すように見ながら冷たく言い放つ。
「香澄ちゃんが『茨の塔』での生活に慣れて、竜騎士団の問題が落ち着くまでお待ちなさい」
「……はい」
香澄は、メイラビアの完璧な遊帆操縦術に心の中で拍手した。コルネットとノックスフィムは本当に拍手していた。
そうこうしているうちに、レンドグレイルが、王宮から戻ってきた。
正式に魔術師見習いになったといっても、第二王子の立場から解放される訳ではない。王宮と『茨の塔』の橋渡し役をこなしているのは大変そうだと香澄は思った。
レンドグレイルは、人払いを望み、遊帆の執務室からコルネットとノックスフィムは退室していた。
「竜騎士団の混乱については、団長の兄上が中心に対処しています。陛下から正式に文書を送りましたが、竜族から何も返答はありません。キプトの町の大使館でも調査していますが、同じく返答が無い状態が続いています」
「竜族に動きがあるまで待つしかないか……」
「それと、兄上と香澄さんの婚約を上位貴族に納得させるためには、香澄さんの『精霊を使役する者』の能力を証明しなければならなくなりました」
「もう情報が漏れてるのか……。あいつら虫かよ。少しでも匂えば、ワサワサ集まって来やがる」
「あの、証明と言われても、どうすればいいのか分かりません。王宮に行かなければならないのでしょうか?」
香澄が情けない声を出すと、レンドグレイルは咳払いをしてから答えた。
「女王陛下から、安全の為に『茨の塔』を出ない方針を変えなくて良い。ただし、宰相閣下と立会人達に面会して欲しいとの事です」
「レンドグレイル、香澄ちゃんを宰相と面会させるのはいいが、それで上位貴族が納得するのか?」
「立会人は、ウィンズワース侯爵とジオヘルマン伯爵です」
「うわー。会いたくない貴族のツートップかよ?!」
「……そんなに、嫌な人達なんですか?」
「香澄さんは心配しないで、遊帆師匠と相性が悪いだけで、貴族のまとめ役をしている頑固頭の保守派だってだけだよ」
「それって、身分の無い『落ち人』が王弟殿下で公爵のアレクシリスと婚約するのに反対しているという事ですよね」
「大丈夫。『落ち人』が『精霊を使役する者』という、貴重な能力を持っていると信じられないから確認したいだけだよ。証明されたら逆に、養女にして我が家からハイルランデル公爵に嫁がせたいって騒ぎ出すはずだよ」
「厄介な事に変わりないのでは……?」
青い顔をした香澄に、遊帆はニヤリと笑った。
「香澄ちゃん、立会人の貴族はともかく、宰相閣下には会ってみれば? きっと面白いよ」
「遊帆さんがわざわざ面白いって言うなんて、嫌な予感しかしませんよ」
「ふははは。まあ、会ってみりゃわかる。ファルザルク王家はなかなか複雑なんだよ。なっ、レンドグレイル!」
レンドグレイルも、楽しそうな遊帆に頭痛をおぼえたようだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
インフルエンザB型に苦しめられました。
微熱だから風邪だと油断していたら、病院の検査で陽性反応が……。腹痛が少々と、倦怠感と微熱がダラダラの一週間は結構つらかった。やっと治りました。
皆様も、体温低下は免疫力を下げますから、ちょとぐらいと薄着で出歩かないように、お気をつけ下さい。




