第二十三話 メイラビアの涙 ①
だんだんと、おかしなテンションになってくる黒いローブの集団に、香澄とレンドグレイルは脅威を感じてきた。遊帆と魔術師達を説得して、それぞれ自室戻って寝てもらった。
それにしても、この世界は『落ち人』や『精霊を使役する者』とか、異能者を表現する言葉に、いちいち辛辣というか、トゲがある表現をすると香澄は思う。
微かな嫌悪感の裏には、そういった存在に対する恐れが隠れているのだろう。人間が、超越した能力を持つ未知数な存在を、敬いながら畏れるのは、根源的な心理なのかもしれない。
竜族と人族の関係にも同じことが言えそうだ。
香澄は、レンドグレイルと遊帆の執務室でお茶を飲みながら、『茨の塔』の話を聞いていた。
「『茨の塔』の幹部魔術師は、序列制度なんだ。第一席の魔導師、遊帆師匠を筆頭に、第九席までが幹部と呼ばれてる。第三席のオルトリガー師、第四席のコルネット師、第六席のソナタナス師、第七席のトリージェラ師、第八席のノックスフィム師は、遊帆師匠に師事する研究者。それぞれ、研究課題は違うけど、師匠は何にでも興味を示されて、共同で研究するから、こっちはいい迷惑で、師匠には困ったもんだよ」
レンドグレイルは、優雅なしぐさで飲み干したお茶のカップを置きながら、さりげなく毒を吐いた。
レンドグレイルは、こちらの口調がどうやら素のようだ。魔術師達が居なくなってから、随分とくだけた口調でズケズケとものを言う。
香澄は、若者の包み隠さないグチに苦笑した。
「他の方は? えっと、第二席と第五席と、第九席さん?」
「皆、研究対象が異なるだけで、遊帆殿と友好な関係だよ……一応は。ああ、第二席は『異界の悪魔族』の研究者だから、皓輝殿は黒猫の姿で香澄さんと一緒にいた方がいいよ。香澄さんと『主従の誓約』を交わした事や、『異界の悪魔族』と異なる存在だと納得してもらっているけど、一部分でも採取して研究したいと言ってるらしい……」
「……うみゃあ」
「分かりました。気をつけます! 第二席さんは、どんな方なんですか?」
「……………………第二席のホーエンツォフ師は、その、とても、良い、方かな?」
「え、えっと。……そうですか」
レンドグレイルは、言い澱みながらあさっての方を向いて、何か嫌なことを思い出したのか、イライラと足を組んで小さく舌打ちをした。
従者のバルッセラは、レンドグレイルの下品な態度を見て頭痛がするらしく、眉間のあたりを押さえていた。
「第五席の方は、どんな人なのでしょうか?」
「第五席と第九席のお二人は兄弟で、二人まとめてモーリシャス兄弟と呼ばれる事が多いね」
「南の島みたいなお名前ですね」
「ああ、異世界の地名からとった偽名だもの」
「偽名?!」
「古い慣習で、魔術師は本名を隠すのを認められててね。でも、本名を知られたくらいで魔術や呪いはかからないし、古臭いばかりで根拠がないのに、バカだよ」
香澄は、認識阻害の魔術以外のスキルを使ってスルーした。どうやら、他の幹部とは、裏では色々ありそうだ。わざわざ、厄介ごとに首を突っ込むより、距離を置いて避けた方がいいだろうと思う。
それよりも、香澄はレンドグレイルに聞いておきたい事があった。
「話は変わるけど……レンドは、リングネイリアを知っていますか?」
「当然。知ってるよ」
そう答えたレンドグレイルは、片方だけ眉を上げて、香澄の質問に怪訝そうに答えた。
「リングネイリアの話で、ランスに直接聞けない内容なので……。ランスとリングネイリアは、『竜騎士の契約』以上の関係だったのかしら?」
「は?」
「つまり、ランスとリングネイリアは、恋人関係だったのでしょうか?」
「はあ?」
レンドグレイルは、こぼれ落ちそうなくらい目を見開いている。
「香澄さん、何を根拠にそんな事を言い出すの?」
「わたしは、リングネイリアの竜核の影響をかなり受けていると思っています」
レンドグレイルは、香澄の言った『リングネイリアの竜核』に素早く反応して、姿勢を正した。
「わたしは、リングネイリアの竜核の魔力を使って治癒された影響なのか、彼女の記憶を夢で見たり、感情に支配されていると感じる事があります。ランスに対して、……とても、好意的なリングネイリアの想いを感じたのです」
「記憶……想いを受け継いだということか? ……だとしたら、どうするつもり? 香澄さんは、ランスの恋人になりたいの?」
香澄は、そんな事など欠けらも思ってもいなかった。
「まさか! 私の混乱がランスに悪影響になるといけないと思ったから! 事実関係がはっきりしていれば、対応も変わると思います! こちらは十八歳が成人だそうですが、わたしの世界は二十歳です。五十のオバサンと未成年者の恋愛なんて、考えた事も無いです! そういう恋人同士もいるでしょうが、わたし自身は非常識だと思います。ただでさえ、アレクと婚約するのだって、心の葛藤があるのに!」
だから、ランスグレイルの存在に、ドキドキするのは、リングネイリアの影響だ。
そもそも、ランスグレイルを恋愛対象と見てしまったら、香澄は犯罪であると認識している。いくらなんでも息子か、下手すると孫に近い年齢にそんな感情は抱かない。
だからといって、年齢差のあるわアレクシリスにも同じことが言えた。香澄は、ぐるぐる悩みはじめた。
「香澄さんは、僕より年下に見えるんだから、黙っていれば、兄上とお似合いの婚約者にちゃんと見える。黙っていれば、不自然に見えないよ。黙っていれば……。ま、さすがに三十歳以上の差は、一般的に非常識だけど、……うん。実際にあるよ。貴族は、年の差婚は多いからね」
「何故、三回も『黙っていれば』と言うのかな? うわ、でも三十歳以上の年の差婚は、実際にあるのね……」
「貴族は政略結婚が多いから……。兄上と香澄さんだって、ある意味、政略結婚でしょう? 兄上は、香澄さんを好きだけど、香澄さんはまだ心が決まっていない。恋愛感情よりも利益を優先させて結婚するのは、政略結婚でしょう?」
「……その通りね」
「僕は、兄上が幸せならいいよ。香澄さんが嫌な女なら反対したよ。でも、母上もランスも香澄さんを気に入ってるし、僕も悪くないと思ってる。年齢だって、見た目が若いんだから気にしなくていいよ。いっそのこと、もう十七歳って言っちゃえば? 師匠の鑑定でも、それくらいの年齢なんでしょう?」
「あー。それは、さすがに年齢詐称で罪悪感が……」
「バカじゃないの? その姿で、五十歳って言っちゃうほうが年齢詐称だよ」
「レンドって、毒舌ね」
「ふん! 僕は正直なだけだよ。王宮じゃ、ちゃんと王子様してるから大丈夫」
「……左様でございますか」
「だから、香澄さんは堂々と、兄上の婚約者に相応しい美少女だって顔してればいいんだよ!」
頬を薄っすら赤くして、力説するレンドグレイルの背後で、バルッセラは、すまなそうにこちらの方を見ていた。
『主人がバカだと、従者は苦労するようです……』
皓輝の呟きは、他の人に聞こえない。香澄は、皓輝が黒猫の姿で良かったと思っていた。
そうか、こんな性格の王子様に仕える従者は大変だろう。彼も双子で、兄のリンドエイド=ヘルデン=ジュラヘルビスは、ランスグレイルの従者だった。
香澄は、レンドグレイルの少しひねくれた感じが嫌いではない。素直じゃないだけで、優しさも垣間見えて、毒を吐いてもかわいいものだと思う。ランスグレイルと同じ様に仲良くなれそうだ。
寧ろ、素直で真っ直ぐなランスグレイルは、芯が強いが、頑固な性格なのだろうと香澄は思った。
「ありがとう。レンドの言う通りね」
香澄は、レンドグレイルの頭をにこにこ微笑みながら撫でた。
すると、レンドグレイルは、目を見開いて真っ赤な顔になってしまった。
わあ、ランスと同じ反応だ。かわいい……!
香澄は呑気な感想を抱いた。
香澄は、証拠にもなく、親戚のおばさん気分でレンドグレイルに接していたのだった。はた目には、美少女が美少年の頭を、ナデナデして嬉しそうにする、ナニコレ映像だった。それはそれで微笑ましい情景なのかもしれない。
バルッセラは、即座に反発しないどころか、抵抗も文句の一つも言わないレンドグレイルに驚愕していた。
黒猫皓輝は、上機嫌な香澄に気づかれないように、そっと溜め息をついた。
香澄は、天然人誑しになって、レンドグレイルを落としているようだ。
「リングネイリアの竜核の影響は、師匠に相談するとして、ランスとリングネイリアは、恋人同士なんかじゃないよ」
「じゃあ、リングネイリアの片想いだったのかしら?」
「ありえない。リングネイリアは、ずっと僕らのお隣の優しいお姉さんだよ。ランスの『契約竜』になったのも、そんな色気のある話じゃない」
「レンドが知らないだけじゃないのかな?」
「僕らは双子だよ。魔力が近いから感情の動きも、割と筒抜けなんだ。嘘をついてもすぐにわかる。リングネイリアは、ずっと『囁きの森』で寮監をしていて、王宮を抜け出して遊びに行く、小さかった僕らの面倒をよく見てくれたんだ。竜騎士に憧れるランスの夢を叶えてくれたのも、その延長だよ。リングネイリアは、僕らを猫可愛がりしてくれたけど、ランスを特別に可愛がったりしなかった。それに、リングネイリアは竜王だったから、もっと打算的な理由で『竜騎士の契約』をしたと思う……」
香澄は、レンドグレイルの話すリングネイリアも、彼女の一面だろうと思った。何が本当なのか、レンドグレイルの話だけで判断する事は出来ないだろう。
だが、胸を掻き毟りたくなる焦燥感と、ランスグレイルに対する熱い情熱を確かにリングネイリアの想いの中に感じたのだ。
……不自然な感情だ。焦燥感と恋の情熱。二つの感情は、まるで組み合わさったかのように同時に湧き上がる。香澄は、リングネイリアの恋心を感じても、それを理解しているわけではなかった。
「リングネイリアの遺した想いを、わたしが受け継ぐ必要はないと思っています。リングネイリアの想いは、リングネイリアのものです。きっと、わたしだったら自分の愛した人に、自分の想いを受け継いだからといって、側に擦り寄る者がいたら、不快に思います。それに、やっぱりランスをそんな目で見るなんて、犯罪としか思えないもの」
「じゃあ、リングネイリアは犯罪者? 彼女は、蘇芳殿の娘でかなり長生きしてたんだよ。本当の年齢は知らないけど、千年以上生きてたはずだよ」
「他人の恋愛を、とやかく言うつもりはありません。わたしは、無理。それだけだわ!」
香澄は鼻息荒く言い切った。そんな香澄を、レンドグレイルは楽しそうに見ていた。
執務室の扉を叩く音がした。バルッセラが確認して扉を開けると、顔色の悪いメイラビアがいた。
今日のメイラビアは遊帆の専属メイドの制服ではなく、珊瑚の着ていた制服に似た、足首までのスカート丈の女官服を着ていた。
「レンドグレイル、遊帆は?」
「師匠や先輩達は、自室で仮眠をとってるよ。『囁きの森』で何かあったの?」
「…………『囁きの森』は混乱しています。契約竜』のほとんどが、姿を消してしまった。残っているのは、杜若と…………『竜騎士の契約』を再契約した者だけです」
レンドグレイルは、信じられない事を聞いたような表情で、メイラビアに聞き返した。
「メイラビア? 今のどういう意味? 再契約って?!」
「レンドグレイル、竜族は『竜騎士の契約』の内容で、人族に偽りを話しています。『竜騎士の契約』は、代償さえ払えば、再契約が可能なのです……!」
確か、竜族も人族も『竜騎士の契約』を交わせるのは、生涯で一度きりだと聞いていた。香澄は、レンドグレイルの動揺した様子に、自分の記憶が正しいと思った。
「『竜騎士の契約』を再契約……代償っていったい何を払うんですか?!」
「…………」
「メイラビア?」
メイラビアは、深く息を吸ってから、覚悟を決めたように答えた。
「…………『竜騎士』として『契約者』と共に生きた期間の『記憶』です」
メイラビアはそう言って、水色の澄んだ瞳から一粒の涙を零した。
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