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魔霧の森の魔女〜オバサンに純愛や世界の救済も無理です!〜  作者: 七瀬美織
第二章 疑雲猜霧のファルザルク王国
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第二十二話 記憶と対価

遅くなりました。

まだ仕事納めまであと数日……。

年内、ギリまで仕事です。



 香澄(かすみ)達は、一緒に早めの朝食を食堂で食べて、遊帆(ゆうほ)の執務室に集まった。


 香澄と黒猫皓輝(こうき)、遊帆と黒いローブの魔術師が五人、レンドグレイルの背後に、従者のバルッセラも控えていた。皓輝は、『茨の塔』で黒猫の姿で過ごすことになっている。


 香澄は、徹夜明けの魔術師達はもういい加減に、寝たほうが良いのではないかと心配した。だが、魔術師達は香澄という存在に興味があるらしく強引に同席していた。


「こいつらは、『茨の塔』の幹部なんだ。俺の直属の部下みたいなもんだ。信頼できるから、安心してくれ。こちらから、オルトリガー、コルネット、ソナタナス、トリージェラ、ノックスフィムだ」


 黒いローブの魔術師達は、フードを目深に被っているので顔があまり見えない。遊帆に名前を呼ばれた者から、軽くおじぎをしていった。

 香澄は、みないい大人なのだから、これ以上は自己責任でいいかと苦笑しておじぎを返した。

 レンドグレイルは、見習い魔術師だが、香澄の後見人代理の立場で同席していた。


「わたしの後見人は、女王陛下なのですか?」

「『落ち人』の後見人は、基本的に陛下です。例外もあるけど、香澄さんは、兄上の婚約者ですから、他の人はありえませんよ」


 香澄は、レンドグレイルに『兄上の婚約者』と言われて、今さながら早まった決断をしてしまったと後悔した。だが、今はこうするしかない。けど、やはり早まったかもと、何度も同じ考えをグルグルと行ったり来たりしている。


 遊帆の執務室は、意外なことに整理整頓されていた。何に使うのかよく分からない物が、あちこちに置かれていたり、書籍も多いが、きちんと並べられて埃一つ落ちていない。


 香澄は、元の世界で医師だった遊帆の几帳面な一面を見たような気がした。もちろん、遊帆のそばに助手のメイラビアがいるおかげだろう。


「そういえば、メイラビアさんは?」

「メイラビアは、竜族の偵察だ」

「偵察?!」

「軽く様子見に『囁きの森』へ行ってる」

「メイラビアさん、立場的にお困りじゃないですか? 彼女は、竜族なのでしょう?」

「メイラビアは、俺の助手の契約を交わしているから『茨の塔』の味方でいてくれる。『囁きの森』の契約竜も同じだ。ところで、香澄ちゃんは、何か専門的な知識とか経験とか、忘(・)れ(・)た(・)く(・)な(・)い(・)事(・)とかある?」


 レンドグレイルは、ちらっと遊帆の顔を盗み見た。遊帆は、それに気づいたが無視して香澄と話を続けた。


「え? ……特にはありません。この世界で、役に立つかどうかという基準で言えば、……ありませんね。それに、急に言われても思いつきませんよ」

「あー。よかったら、子供の頃から生い立ちとか話してくれないかな?」

「突然、何故ですか?」

「例えば、生い立ちから記録して、魔力を登録して、人物図鑑的な魔導書を作る実験に、協力してくれないかな? どうだろう? 協力してくれたら、それなりのお礼はするよ」

「そんな人物図鑑なんて必要ですか?」

「需要は、あるよ。王様を記録すれば、賢王と愚王のサンプルになるし、異世界人の生活や人生そのものは、この世界しゃ逆に異世界ファンタジーになるんだし……」


 あやしい……。


 香澄はそう思った。遊帆は歯切れの悪い説明で、彼らしくない。レンドグレイルは、少し困った顔をしているが、遊帆を止めようとはしていない。魔術師達も、黙って成り行きを見守っている。香澄は、緊張をはらんだ空気を感じて不安に思った。


「最近の事から順番に、過去へ向かって年表のように語ると効果的、いや記録しやすいかな……」

「思い出すのいいのですが……。人に語るとか、書きとめられるのは、やはり嫌です。だから、お断りします」

「だったら、出来上がった内容は読まない。実験だから、そいつは進呈する。なるべく早く、作りたいんだ。香澄ちゃんが忘れないうちに、よろしく頼むよ!」

「遊帆さん、話が矛盾してますよ。読まなければ、実験の結果が分からないでしょう? どういう事ですか? なにか、理由があるのですか? ちゃんと話してもらえれば協力します。でも、納得できない事は嫌です」


 遊帆は、香澄の不信感をあらわにした追求に、困り顔をして黙り込んでしまった。


『香澄、遊帆はファルザルク王国に属する魔導師だ。国の法に触れるような事は言えない。つまり、香澄の為になる事を、遠回しに言っているのだよ』


 『聖なる茨の精霊』が、香澄を宥めるように話しかけてきた。


「えっ? どういう……」


 『聖なる茨の精霊』は、香澄のくちびるに軽く指を当てて優しく微笑んだ。絶世の美女……いや、美男子の妖艶さに、香澄は少し赤い顔で口を閉ざした。


『黙って聞いて下さいね。ファルザルク王国は『落ち人』にとても複雑な感情を持っている。だから、様々な決め事を作り、それを守る事で『落ち人』を受け入れているのだよ』


 え? 意味がわかりません。それは、何も聞かずに話に乗ればいいという事ですか?


 香澄が、心の中で話すと『聖なる茨の精霊』は答えた。


『まあ、そうだね。遊帆はね、君の元の世界での記憶が消えてしまう前に、留めておきたいと願っているんだよ』


 元の世界での記憶が消える?! どういう事でしょうか?


『『落ち人』は、異世界に落ちて来る前の記憶を、約一年間で失くしてしまう。この世界で過ごしていくうちに、少しずつ失われて思い出せなくなる。これは、この世界が異物への拒否反応から起きてしまう、自然治癒の様なものだ』


 えっ? この世界にとって、異世界人は異物扱いなのですか? 存在そのものじゃなくて、記憶を消すのですか?


『そうだね。生き残った異世界人は、こちらの人間と身体は変わらない。だが、経験や知識が、この世界を変えてしまうかもしれない。それを、事前に防ぐための自浄作用だ。だから、日常生活に必要な基本的な記憶や、この世界に来てから思い出した事は消えない』


 人間が生きていくのに必要な記憶が、どれくらいなのかわかりませんが、日常生活を送るのに必要な記憶でも、かなりの量があると思いますが……? 大切な思い出とか、基本的な知識は残りますよね?


『だが、膨大な記憶の一つ一つを丁寧に洗い出して、覚えなおすような事はなかなか出来る事ではない。思い出は、連続した記憶の中で輝ける一片であって、それ一片では何の意味も持たない。日常の記憶……何気ない家族の会話とか、当たり前過ぎて覚えている自覚もない記憶が、全て消えてしまうのだよ。それは、記憶喪失と変わらない状態になり得る事態だ』


 思い出の中には、特にその人の人格や行動、好き嫌い強い影響を与えた大事なものもあるりますよね。自覚なく思い出や、それにまつわる記憶を失ったら、それは以前の自分自身と言えないかもしれません。記憶喪失というよりも、違う自分になってしまうのかもしれないのですか?


 だったら、遊帆さんは……香澄がそう思っただけで、『聖なる茨の精霊』から答えが返ってきた。


『遊帆の場合、もう手遅れだった。 異世界人は、以前の世界の記憶を約一年で忘れてしまう。魔霧の森の『管理小屋』は、一番『忘却(ぼうきゃく)の症状』が進行する。そこで、一年近く過ごした遊帆は、医師としての基本的な知識の大半を失くしてしまった。それと引き換えに、『魔法を読み解く』能力を得たのだよ』

「え!?」

『香澄は、召喚されて求められし者だとしても、香澄は元の姿を既に失っている。これ以上、自分自身を形作るものを失うのは、避けたほうがいい。記憶を対価に、新たな能力を得るのは危険な行為だから……』


 それは、神様との取り引き……なのですか? 


『そのようなものだ。『落ち人』は、失った記憶に相応しい対価の能力を、任意で得られる……可能性があるというだけで、必ず得られる保証は出来ないよ』


 わたしの『精霊を使役する者』は、姿を失った対価なのでしょうか?


『私にも、それが対価なのか、香澄の資質なのか判別できない。遊帆の場合と、違うのかもしれない。『落ち人』も、世界の仕組みに取り込まれただけで、自ら記憶を差し出した訳ではないし、『召喚されし者』である香澄の場合は、未知の領域にあるのかもしれない』


 香澄は、『聖なる茨の精霊』が教えてくれた内容を必死に理解しようとしていた。

 そして、まわりの人たちが、香澄と『聖なる茨の精霊』のやり取りを、聞こえてないのに関わらず、黙って待っていてくれたのだと気づいた。


「あ、あの。遊帆さん。その、人物図鑑的な魔導書……協力します。えっと、『聖なる茨の精霊』さんにも、勧められましたから……」

「……香澄ちゃん、俺の言葉は疑うのに、『聖なる茨の精霊』の言葉は疑わないんだな……」


 遊帆は、赤く腫れた顎に氷のうを押し当てながら、少し傷ついたような目をした。

 魔導師達は、香澄が精霊とどんな話しをしたのか質問したそうにワキワキしながらも沈黙していた。


「すみません。遊帆さんには、『ちゃん』や『さん』の呼び方の意味で、揶揄われてますから、素直に信じられなかったのです」

「師匠の自業自得ですね」


 レンドグレイルの的確な指摘に、遊帆は、がっくりと香澄に頭を下げた。


「はい。ごめんなさい……」

「 遊帆魔導師…… 香澄様は、『記憶を自動で書き写す魔導書』は、使えないのでしょうか?」


 女性魔術師が、遠慮がちな声で遊帆に話しかけた。香澄は、そんな便利な魔導書があるなら、使わない手はないと思って遊帆を見た。


「認識阻害の魔術と平行しては無理だし、それに、召喚されたというなら、『落ち人』とは、違うかもしれない。ただでさえ、治癒魔法が安定したばかりなのに、これ以上の魔術の重ねがけは危険だ」


 遊帆は、頭をガシガシかきながら答えた。香澄は、認識阻害の魔術がだんだん鬱陶しくなってきた。

 一方で、解けてしまったら、自分が今の状況を受け止めきれる自信などないのだった。


「『聖なる茨の精霊』さんにも、そのあたりの事は、分からないそうです」

「そうか、じゃあ保険をかけておいた方がいいよ」

「わたしの記憶の『魔導書』を、作るのですね」

「ああ、そうだ。知ってしまったのなら、もう法に縛られて伝えられない話じゃなくなるだろう。レンド、それでいいか?」

「仕方ありません。みなさまも、香澄さんは『落ち人』の記憶に関して、誰にも明かされていない事にして下さい。『落ち人』に関する法は、香澄さんを守るものです。法は、例外を作れば、そこから全て綻びます。口外無用で!」


 その場の全員が、レンドグレイルに王族の威厳を感じて、一斉に頷いた。


「どうやって『魔術書』に、記録するのですか?」

「『魔導書』に魔力を注ぎながら記録するんだが、毎日、少しずつ慣らさないと、調子を崩すかもしれない」

「たとえ、調子を崩しても大丈夫でしょう? 遊帆さんは、わたしの主治医なんですから……」


 遊帆は、香澄の言葉に少し傷ついたような顔をした。香澄は、遊帆の変化に敏感に気がついた。


「俺は、もう正確には医者じゃないよ。……この世界で現代医療は馴染まない。だから、忘れちまったんだ……」


 遊帆は、自嘲するようにそう言って、光を失ったような瞳になった。


 香澄は、遊帆がそんな顔をするなんて思いもよらなかった。

 おちゃらけた態度をしても、深刻な話でも明るく話し、相手を元気づける優しさを持つ強い人だと思っている。

 香澄は、遊帆の瞳の中に、暗い秘められた憎悪を感じた。

 それが、とても恐ろしいもののような気がした。


「遊帆さん!」


 思わず香澄が、語気を強くして呼びかけると、すぐさま遊帆は顔を上げて、明るい表情を作りニカッと笑った。


「大丈夫! 今の俺は、人を治療する魔術で、はるかに高度な医療を使えて、生きてさえいれば、身体の欠損まで即座に完治出来るからな!」

「……天才魔導師だから?」

「グハッ! 本当、ごめんなさい。徹夜で魔力を使うと、ナチュラルにハイテンションになっちまう。それと、パスワードは……?」

「反省が足りないようですね」

「香澄ちゃん~!」


 香澄は、遊帆が強がっているような気がしたが、敢えてそれ以上はこの話題に触れない方がいいと判断した。大人は、何でも知りたがってはいけない。自分が背負えない荷物に、好奇心だけで手を出してはいけないのだ。

 香澄に出来るのは、そんな遊帆を飲み友達として心配することぐらいだろう。


「パスワードは、メイラビアさんが戻って来てから教えます」

「ううっ。……わかった! 我慢して待つよ!」


 全員が、遊帆の言葉に心の中で『子供かっ!』と、ツッコミをいれた。


「ところで、『聖なる茨の精霊』さんは、『異界の悪魔族』から『茨の塔』を守って下さるそうですが、竜族がこちらに来たら、私はどうしたらいいですか?」

『もちろん、ト(・)カ(・)ゲ(・)供からも、香澄を守ってあげよう!』

「トカゲ……。『聖なる茨の精霊』さんは、竜族と仲が悪いのですか?」


 『聖なる茨の精霊』は、美麗な顔をゆがめた。レンドグレイルは、香澄の言葉に反応した。


「王家に伝わる伝承に、『聖なる茨の精霊』と『茨の塔』の逸話があるよ。たしか、……精霊界の世界樹に、宿り木が現れて蔦を這わせました。しかし、竜王は世界樹に根を張る宿り木が気にくわなくて、引っぺがして燃やして捨ててしまいました。二度と世界樹に根を張れないように、残った灰を風にのせて世界中に撒いてしまいました。すると、風に乗ってファルザルク王国にまで、灰は届きました。宿り木の燃えカスは、棘を持った茨となって芽吹きました。そして、城の塔を覆い尽くして瘴気を放ち出しました。当時の国王は、世界樹に祈りを捧げました。世界樹は、瘴気を放つ茨を慰めるために、一振りの若い枝を国王に授けました。国王は、毒々しい瘴気で、若い枝が枯れないように、城の反対側に挿し木しました。それは、嘗(かつ)て宿り木が世界樹の余剰な魔力を集めた枝で、精霊界で育てば新たな世界樹になりうる枝でした。茨は世界樹の若木を枯らさない為に、瘴気を放つのをやめました。竜王は、自分の行為で、新たな世界樹となる若木を失ったと知りました。ファルザルク王国に挿し木された世界樹の若木を守ると誓いました。塔の『聖なる茨の精霊』も、それを見守っています。めでたし、めでたし? ……でしたよね、遊帆殿」


 いっきに語り終えたレンドグレイルは、ドヤ顔で遊帆と香澄をみた。バルッセラは、レンドグレイルの背後でそっと目を逸らした。


「めでたし、めでたしは、おとぎ話で最後が万事うまくいったって意味の言葉だ。この話にオチも救いもないからなぁ……。香澄ちゃん、一般的には、竜族がファルザルク王国に友好の証として、世界樹の若木と宿り木の茨を、株分けして持ち込んだ事になってるそうだ」


 『聖なる茨の精霊』は、レンドグレイルが語る間、腕を組んで目を閉じて何度も頷いていたので、この話は本当のことなのだろう。


 香澄は、ファルザルク王国と『聖なる茨の精霊』、竜族の微妙な関係を表した話だと思った。




お読みいただき、ありがとうございます。


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