第九話 『鍵』
「もう一度言います! そこで、川端香澄さん! 何とかして下さい!」
「えっ?! えええええっ!! 突然、何をおっしゃるんですか?! ………… まさかの丸投げ?!」
香澄は、亜希子のあまりに短絡的な言いように放心した。
アレクシリスは、亜希子の言葉に吹き出しそうになるのを堪えて、口を片手で塞ぎ横を向いた。
香澄は顔を引きつらせながら、アレクシリスに、何故そこで笑うの?! 笑ってないで、助けて! と、目で訴えかけた。アレクシリスは、やれやれと眉を下げて、香澄と亜希子を交互に見つめてから口を開いた。
「相変わらず、亜希子の突飛な行動には驚くやら呆れるやらですが、冷静に話をしてもらわないと困ります。これ以上香澄を混乱させるのなら、私が蘇芳と交渉して、『禁断の秘術』について、詳しい話を聞き出します。 …… 話はここまでにしましょう!」
アレクシリスは、亜希子に冷たく言い放った。香澄は、アレクシリスと亜希子が、どれくらいの付き合いか想像するしかないが、それほど浅いものではないと思われた。
「待ってよ! アレクシリス! ………… ねえ、嘘でしょ? 香澄さんは、自分の使命を知っているわよね?」
香澄は、亜希子にがっしりと肩を掴まれ揺さぶられた。
そういえば、皓輝は亜希子が香澄に触れるのを嫌がっていた。何がいけないのかわからないが、亜希子が香澄に直接触れているのは大丈夫なのか気になった。
皓輝は、上目遣いで香澄を見上げて頷いた。どうやら、香澄が温かく感じていたものは、皓輝の魔力だったらしい。香澄の身体を包み込む様にして、亜希子の『死者の王』の力から守ってくれているようだ。皓輝から、肯定の意思が伝わってきた。
「香澄さんにしか、この世界を救えないのよ。この世界の神々にも、どうする事も出来ないの!」
「はいっ?! ちょっと、待ってください! 無理です! わたしに、出来ることなんて何もありません! なにを根拠に亜希子さんはそんな事を言い出すのですか? わたしには、世界を救うなんて無理です!」
「そんなはず無い! 貴女は、歴代の竜王が継承しながら行なってきた『禁断の秘術』で召喚された『鍵』だわ! 『封印の扉』を壊さずに『死者の門』を解放出来る『鍵』! リングネイリアが、自らの命を代償として召喚した、最後の希望なのよ!」
「 この世界の神々に、どうすることも出来ない様な事が、どうして、わたしなんかに出来るって言えるんですか?! この世界の難題を、いきなりわたしに押し付けるのは、やめてください!」
香澄は、亜希子の手を振り払い、思わず立ち上がり大声をあげてしまった。腰にひっついていた皓輝も一緒に立ち上がり、低い唸り声をあげて亜希子を威嚇していた。
亜希子は、そんな香澄を見上げて呆然としていたが、くしゃりと顔を歪めて俯いた。
「香澄、大丈夫ですか? 亜希子! いい加減にしてください!」
「 …… 亜希子さん、大きな声を出してごめんなさい。でも、いきなりそんな事を言われても、混乱するのでお互い落ち着いて話しましょう …… 」
「 ………… 混乱させて、ごめんなさい。冷静に、順序立ててちゃんと話します。 ごめんなさい」
亜希子の容姿は、落ち着いた大人の女性だが、中身は意外に幼いと香澄は感じていた。
逆に、真幌は女子高生の容姿をしていたが、瞬時に冷静な判断を下し、搦め手で相手を操る老獪な黒幕を思わせた。
長く生きたからと言って、人格の成熟度は人それぞれだ。年月や経験が人を育てるが、それだけでは足りない。香澄自身、自分も色々と足りていないと自覚している。
亜希子は、一度深呼吸をしてから、話し始めた。
「この世界のもの達だって、努力したのよ。もっとも、人間族は初代の『死者の王』に虐殺されて、全ての国が滅んでしまった。生き残った人々で新たな国が建国されていったけど、歴史は途絶えて、『封印の扉』の存在すら伝承されていないの」
香澄がアレクシリスに視線を向けると、彼は無言で頷いた。
「何故ですか? 竜族や、他の種族から伝え聞くとか、残せなかったのですか?」
「当時の竜族は、人間族のような短命で脆弱な身体と精神では、死後の世界がすぐ身近にある異常事態には、耐えられないと考えたのよ。それほど、人間族は絶望していたし、荒れ果てた世界に希望もなかったの …… 」
「確かに、死んだらどうなるのか、明確になってしまうのは恐ろしいでしょうね。死生観は、さまざまな形があって然るべきです。アレクシリスさん、この世界で死後の世界を説いた信仰はあるのですか?」
「確かに、カシュード大陸は、精霊を祀り感謝を捧げる精霊信仰はありますが、人が何処から生まれて、死後は何処へ逝くのか、伝承すらありません。 …… 転生者はいますが、ファルザルク王国では忌み嫌われる存在です。神への信仰心はあるのに、宗教や教義が伝わっていないのです。遊帆殿に、歪だと言われるまで、私自身も不思議に思いませんでした」
アレクシリスは、亜希子の話を冷静に分析しているようだった。
ただし、初めて聞いた話に対する動揺はまるでない。実は知っている話なのか、それとも亜希子よりも真相を知っているのか、香澄から見てアレクシリスの様子にはいくらか余裕があった。
「魔霧の森の『封印の扉』と『死者の門』をどうするのか、竜族の意見は二つに割れてしまった。一つは、重なり合う二つの門を破壊して、死者の魂を解放して、異空間から出てくるであろう、悪魔族と戦う事を選ぶ一派。でも、古代竜族ですら滅亡と引き換えに封印しか出来なかったのに、勝利なんて絶望的でしかなかった。もう一つは、良識ある『死者の王』に、増え続ける魔力を使って新たな『死者の門』を創造して、そこから異界に魂を解放しようとした一派ね。こちらも、初代『死者の王』の研究が失われていた事や、『封印の扉』の様な『場』が存在しないので不可能だった。だけど、頑固で融通のきかない竜族の両派閥の争いは、遂に戦いにまで発展しようとしたの。竜族同士の争いは、星をも壊す。遥かな太古、竜族同士の争いで、消滅した大陸の伝説があるほどなの。その為に、誓約の女神が介入してきた」
「誓約の女神 …… 」
「誓約の女神になる前の真幌は、奴隷だった。理不尽な世界で必死に生きている間、人々が約束や契約を簡単に破ったり、裏切ったり、嘘をついて騙しているのを目の当たりにしてきたの。それが、高潔な精神を持つ彼女には、許しがたかったのね …… 。真幌は、こちらの世界に転移して、知らないうちに『精霊の姫君』となっていたの。『精霊の姫君』は『精霊の種』に魔力を与え続けて、新たな精霊を生みだす事が出来る存在なの。彼女は、『誓約の精霊』を生みだした。精霊を介した誓約を行使する組織『在沢司法書士事務所』を開設して、『誓約の精霊』に『誓約』を管理させた。彼女は、自分の正義を貫き通して、神々の末席に数えられる存在、『誓約の女神』になったわ」
元『迷い人』が、新たな神になれる世界。この世界は、いろんな意味で不安定なのかもしれない。
「誓約の女神は、竜族の能力を限界まで削る為に、国が敵対している人間族の騎士と契約して戦う『竜騎士の契約』を提案したの。竜族は、誓約の女神の提案を受け入れた。この戦争は、多くの人間族が戦死して、多くの竜族が心に傷を負った結果に終わったわ。約百年のあいだ断続的に続いた争いは、竜族側にも人間族側にも利益より、犠牲のほうを多くもたらした。竜族を介した戦争は起きていないわ。魔霧の森に関して、竜族はこれ以上踏み込まず、静観している。ただ『竜騎士の契約』は、今でも行われているの」
「何故ですか? もう、戦争する必要性はないのに?」
「竜騎士になる事は、竜族にとって一種の娯楽なのね」
「娯楽?!」
「亜希子、そこまで軽いものではありませんよ。『竜騎士の契約』は、様々な制限を竜族に課します。生半可な覚悟で成立する契約ではないのです」
アレクシリスが、すかさず否定してきた。亜希子の説明は、亜希子自身の主観がとても強いと香澄は思った。
「そう?! 私に言わせれば、今の竜騎士たちは、ただ退屈な時間を無駄に過ごすよりマシだと考えて、契約することが多いように見えるわ。先代竜王のリングネイリアも、初めはそうだったみたい。でも、『竜騎士の契約』をファルザルク王国の第一王子と交わしてから、だんだんあの子は変わったわ。いずれ、理は崩壊し、世界は滅ぶ運命。竜族は、それを知りながら沈黙している。でも、リングネイリアは諦めなかった。契約者のランスグレイルに、未来をあげたいと願うようになったの。私も、協力して魔素の残留思念から、世界を救う方法を探し求めたわ。…… でも、駄目だった。リングネイリアは、最後の手段に『禁断の秘術』に賭けたの。代々の竜王は『禁断の秘術』を行なって、世界を救う可能性を求め続けてきたわ。そして、異世界から召喚されたのが香澄さんだわ!」
「召喚の条件に合うのが。わたしだったとしても、瀕死の状態で死にかけて、魔素に適応出来るかもわからない状態だったんですよ! そんな召喚なんで現れたわたしが、『鍵』だなんて言えるのですか?」
「『鍵』に選ばれる条件は、私も知らないわ。でも、香澄さんはここの世界で生きている! 偶然だけで、召喚は成り立たないわ!」
香澄は、自分にそんな役割を果たすだけの力があるとは、とても思えなかった。
「香澄さんがこの世界に召喚された時、『封印の扉』に封じ損ねた『異界の悪魔族』に、私は意識を乗っとられてしまった。だから、すぐに迎えに行けず、ファルザルク王国の保護下に香澄さんは『落ち人』として置かれてしまったの。 …… もしかして、香澄さんの身体に何か秘密があるのかもしれないわね。最悪、身体を引き裂いて、心臓を取り出すくらいの何かをしたら、神に匹敵する能力に目覚めるとか何とかしないかしら…… 」
亜希子の背後が何やらゆらめいて、窓が、風でガタガタ音をたてていた。香澄は、顔から血の気が引いた。
「亜希子さん! わたしは召喚された時に、身体中グチャグチャなくらいの大怪我をしていたそうですから、それはありません! 亜希子さん、目が怖いです! 暗い瞳で、不穏な事を本気で呟かないで下さい! 本当に、ご勘弁下さい …… !」
「亜希子、香澄はこの世界に落ちてきた時、いや、召喚された時、本当に酷い状態だったのです。今でも、あまり無理はできないのですよ!」
アレクシリスも、亜希子の不穏な雰囲気に焦っていた。すると、亜希子はケロリと表情を変えて明るく笑った。
「 …… そうだったわね! ごめんなさい。つい、暴走しちゃう悪いクセがあって、よく叱られるのよ。あははは~」
香澄は、亜希子が元の明るい口調に戻って良かったと思ったが、ひきつった笑顔をしか返えせなかった。
それにしても、亜希子に感じる不安定さはなんだろ? そして、アレクシリスは何を何処まで知っているのだろう?
香澄は、亜希子の話を聞いても、少しも真実に近づいている気がしなかった。
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