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第三十一話 口づけの温度

 


 ビリビリと響き渡る轟音の余韻で、香澄《かすみ》の鼓膜も震え続けていた。


 とっさに皓輝《こうき》が抱きしめて庇《かば》ってくれなければ、どれほどの衝撃波が香澄を襲ったのか想像するだけで恐ろしかった。


 香澄は、そっと皓輝の腕の隙間からのぞいて見ると、落雷のあった場所からモウモウと白い煙が立ちのぼっていた。あんなに沢山いた黒い少年達も、空を覆い渦巻いていた黒い霧も消え失せていた。


 上空から、バサリと翼の音がすると、赤竜の蘇芳《すおう》が舞い降りてきた。赤竜の翼が起こしたのか、一陣の強い風が吹き、地表面の煙を吹き飛ばした。そこにあったのは、焼け焦げた雑草と地面だけだった。


「い、イヤっ!」


 香澄は、小さく悲鳴を上げた …… ! あの場所にいた、あの女性がどうなってしまったのか、想像したからだ。香澄は信じられない思いで焼け跡を見つめていた。


『香澄様、大丈夫です。あちらをご覧ください』


 皓輝の指差す先を香澄が見ると、巫女装束の美女が仁王立ちで赤竜と対峙していた。


 飯田《いいだ》亜希子《あきこ》は、怪我も焼け焦げ一つもなく、少しの髪の乱れもなかった。香澄は、さっきの落雷が夢だったのかと、彼女と焼けた地面を何度も往復しながら繰り返し見て驚いた。


「蘇芳! 酷いじゃないの! ああ、びっくりした。まだ、痺《しび》れているわ!」

『亜希子、正気に戻ったか?』

「正気よ! あれで無事正気に戻らなかったら、どうするつもりだったの?!」

「仕方がない …… 共に消滅するしかあるまい」

「あなた、馬鹿じゃないの?」

「ひどいな、これでも、真剣に悩んで決意していたのだぞ …… 亜希子とならそれも良かろうと」


 赤竜が俯いて流し目で見ると、亜希子の顔は、真っ赤に染まった。


「まあ、その、あ、ありがとう …… 蘇芳」


 亜希子は蘇芳と、ツンデレバカップルの様な会話を元気そうにしていた。特大の落雷が、直撃だったはずだ。どうしたら、無事でいられるのだろうか?


 香澄は、皓輝の手を借りて何とか立ちあがる。まだ、ガクガクと膝が震えて、力が入らないので歩く事が出来なかった。


「 …… 香澄ちゃん」


 背後から声をかけられて、香澄が振り返ると、藍白がぼんやり立っている。藍白は、一人だった。


 皓輝は、香澄を再び抱きしめた。低い唸り声を喉の奥から鳴らし、藍白に警戒している。


 香澄は、藍白の様子を観察した。まだ、何かに操られた状態なのか、正気に戻っているのか判断がつかない。


 藍白は、ふわりと微笑みを浮かべて近づいて来ようとしたが、二、三歩進むとゆらりと身体が傾き、たたらを踏んだ。その場で、またぼんやり立ち尽くしてしまった。香澄は、藍白の体調がわるいなら助けなければいけないが、迂闊《うかつ》に近づくの怖いので慎重に尋ねた。


「藍白? もう、正気に戻ってる?」

「正気? 僕は、いつでも正気だよ …… 」

「ナンカチガウ …… 藍白、まだ変だ!」


 香澄は、いつもの藍白なら、皓輝を蹴飛ばしてでも自分の隣を確保しにくるはず思った。それも、どうかと思うが、とにかく藍白を元に戻さなければならない。


『香澄様、白トカゲに雷魔法を撃ち込みましょうか?』

「皓輝、それで藍白は無事で済むの?」

『魔霧の森の近くで攻撃魔法を使うと、威力が予想外に増大します。竜族がキプトの町の中で攻撃魔法を使わないのは、威力を増してキプトの結界を壊してしまうかもしれないからです。さっきの蘇芳の雷撃は、発動時は威力を相当抑えたものでした。白トカゲも、運が良ければ無事でしょう』

「 …… 他の方法にしましょう! 」


 皓輝の提案は、一々、究極の選択に成りがちだった。


 香澄が目を凝らすと、藍白の身体がモヤモヤして、黒い霧が身体から滲み出ているように見える。アレが、操られている状態の特徴なのだろう。


『香澄様、藍白から離れて下さい! 私が直接、物理攻撃を!』

「蘇芳、駄目よ! 近づくとまた支配されるわ! 藍白に憑いているのが本体だわ!『異界の悪魔族』は、結界を破る為に水に擬態して侵入してきたの!」

『水に擬態?! だから、わからなかったのか …… 我々の場合は、紅茶か ……!』

「精神支配の能力は、かなり低いみたい。精神的、外的ショックで簡単に戻るし、攻撃力防御力も低い能力しかないけど、内側から結界を破って本体を侵入させたらしいの! 」

『電撃系の魔法が一番有効だが、先ほどの威力であれだけ制御が難しいのだ。最悪、結界を破壊しかねないな。藍白から離れて、他に移られても厄介だな』


 蘇芳と亜希子が言う通り、魔法が駄目なら、拳が頼りなのかもしれないが、また誰かが操られては敵わない。


「『香澄?』」


 藍白の口から、他の人の声がした。香澄は、心臓をキュッと握られたような恐怖感に身を縮めた。皓輝が、信じられない物を見たような顔をしている。


「『君の悲鳴を、また聞きに来るよ』」


 藍白の身体から、靄のように黒い影が抜け出して消えていった。


 来なくていい! もう、二度と来ないで! 香澄は叫びたかった。謎の声は、まるで気安い友人のようなセリフを言ったが、香澄に心当たりは無かった。それにしても、地の底から響く冷たい声が耳に残って離れなかった。


 突然、上空から大量の氷の粒が、藍白目指して降り注いできた!


 バシバシと、藍白に当たり、少し大き目の粒が藍白の後頭部に当たった。


「痛っ!!」


 藍白は頭を抱えて座り込んだ。


「痛いじゃないか! アレクシリス!」

「痛くてなりよりだな、藍白」

『情けないな。キプトの町全体が奴らに支配されていたぞ』


 上空から、蒼い竜がその背に正装の騎士服を着たアレクシリスを乗せて降りてくる。


「アレクシリスさん! 杜若さん!」

「香澄、怪我はありませんか?」

「はい!」


 藍白が、頭を振りながら立ちあがった。夢から醒めた様な顔をしていたが、香澄と目があった途端、皓輝を突き飛ばして香澄を抱きしめた。皓輝は、ペションと地面に転がり子猫の姿になった。


「香澄ちゃん! 大丈夫? 僕、何かした?! 無事なの?」

「藍白も、無事で良かった …… 」


 香澄は、ほっして気が緩んだのか、はらはらと泣き出した。


「 …… 香澄ちゃん」


 藍白は、香澄の顎を掴み、潤んだ瞳を閉じて口づけをした。香澄は、自分が何をされているのか遅れて気がついた。


 香澄が、離してと言うために、わずかに開いた口に、藍白の長い舌が侵入してきた。まるで恋人の様に遠慮なく与えられる熱を、香澄は不思議と不快だとは思わなかった。ただし、それ以上の感情も無かった。


 そして、慌てて抵抗しなければいけないと、藍白の身体を押して突き飛ばした。


「香澄ちゃん! ご、ごめんね! 嫌だった?」

「あ、う、うう〜ん?」


 香澄は、異性と濃密な接触にもかかわらず、美青年とのディープキスで、お徳なのは自分の方だと考えていた。見た目だけなら、自分が可憐な美少女になっているのを、香澄は忘れていた。


 中身がオバサンの香澄の恥じらいは行方不明、恋愛スキルは永久冬眠中らしい …… 。


 亜希子は、顔を赤らめてウットリと見ているし、蘇芳と杜若は引き攣った顔をしていた。香澄に心酔している黄檗《きはだ》は脱け殻のようになっていた。


 アレクシリスは、杜若の背中の鞍から無言で地面に降り立った。


 そして、目前の二人の口づけを見て、薄っすら微笑みを浮かべながら、足元から周りを徐々に凍らせていっていた。杜若は、それを避けるように逃げ出した。


 藍白の熱の篭もった瞳は、冷めた香澄の瞳とぶつかった。それに気がついた藍白は、寂しそうに香澄に尋ねた。


「香澄ちゃんは、…… 僕が嫌い?」

「ごめんね。嫌いじゃないけど、藍白を恋愛対象として考えてみた事ない。そう言う意味なら、好きじゃない。わたしは、愛だの恋だの悩むのが、もう面倒だから …… 」






 

お読みいただき、ありがとうございます。

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