第三十話 家族会議の行方
レンドグレイルは、愛情表現が少々鬱陶しいマリシリスティアの抱擁から抜け出した。マリシリスティアは不満げだが、いつまでも成人した弟にして良い態度ではない。
「ところで姉上様、どうして陽動で行動していたのに、父上様に叱られていたのですか?」
「マリーがランスの部屋の扉を、何の恥じらいもなく壊したからですよ」
「父上が、人目を引いた方がいいって言ってたから頑張ったのに!」
「大騒ぎにしろとは言っていません。他にも色々と工夫のしようがあったでしょう? 独身男性の庇護欲を煽るようにな工夫が! 憂いを帯びた女性の姿は魅力的なものですよ。どうして、そんなに男前に、力業で解決するのです?」
「え?! こんな状況でさえ、婚活しないといけないの?! 父上! その偏った女性像は何ですか?! それに、私はまだ彼をあきらめた訳じゃないですからね!」
「マリー、望みの薄い相手を追いかけるのはもうやめて、妥協も選択の一つですから」
「では、父上は妥協して母上と結婚したの?」
「まさか! サンドラは、私の女神です!」
「父上様、姉上様、話が逸れてるよ!」
「アレクシリスからも、父上に言ってよ! 」
「アレクシリス、マリーに言ってやって下さい。ああ、君が早く身を固めてくれれば、マリーも少しは焦ってくれるのでしょうか?」
「その話は、またにしてよ! アレクシリス兄上を巻き込まないであげて! 今は、ランスの話でしょう?!」
「レンドが言い出した話じゃない!」
「マリー、姉が叱られるのを心配する弟に、八つ当たりをしないで下さい」
アレクシリスは、同じ鳶色の髪と瞳をした三人が騒がしく話すのを眺めながら、呆れつつも、自分がこの結束の固い家族の一員として育つことが出来て良かったと思っていた。
アレクシリスの母親は、彼が五歳になる前に亡くなった。異母姉のアレクサンドリアは、殺伐とした関係になりがちな王族でありながら、暖かな家庭を築いて幼い異母弟を迎え入れてくれた。双子は、アレクシリスにとって、本当の弟同然だったし、マリシリスティアは初恋の相手だった。
先ずは、早くランスグレイルの身に起きている事を早急に解決しなければならない。ランスグレイル失踪の背景を探り、黒幕を見つけ出して排除しなければ、香澄の安全も保障できないのだから …… 。アレクシリスは、それぞれ個性的な家族に問題を提起した。
「そろそろ本題に戻りましょう。マリーが壊した扉を私も見ましたが、罅の入り方が不自然だと思いました。まるで、外からというより、内側からの力で入った様な罅でした」
「あ、そうよ! さっきランスの部屋の扉をちょっとだけ魔力を込めて叩いただけで、扉に罅が入ったの。レンド、魔術具の効果が無かったよ? これ、壊れたのかしら? 調べてくれないかな? 」
マリシリスティアは、手首のブレスレットを指さした。
「魔術具の効果とは、何の話だい?」
グレイルードは、やり取りを聞いていたが、だんだん眉間の皺を深くして、レンドグレイルに尋ねた。
「父上様は、最近の姉上が、あまり物を壊さなくなったのは御存知ですか?」
「 …… そういえば、マリーが何か貴重品を破壊した報告が、最近は無かったようです」
この場にいる者達は、しばらく遠い目をして、マリシリスティアの犠牲になった貴重品の数々を思い出していた。
「実は、姉上に改良型『物理攻撃無効』の魔術具を持たせているのです」
「改良型? 『物理攻撃無効』の魔術具?」
レンドグレイルは、マリシリスティアの手首のブレスレット型の魔術具を受け取り、調べながら説明を始めた。
「マリシリスティア姉上の余剰魔力の物理攻撃を無効にする特別製の魔術具です。普通の魔術具は、外部からの攻撃を無効化するのです。しかし、姉上の場合、無意識に魔力を運動エネルギーに変換して攻撃しているのが、物を壊わす原因だと仮定して、遊帆殿と僕達が研究して改良した魔道具です。正式な研究報告書は、既に陛下に提出されていますし、魔術具の使用許可もいただいています」
「なるほど。しかし、近衛騎士団に報告が欲しかったですね。何処かで報告が止められた可能性も視野に入れて調査しましょう。王族が身に付ける魔術具は、近衛騎士団の護衛計画に影響しますからね」
「それで、父上様。普通の『物理攻撃無効』は、保護対象に怪我をさせる程の運動エネルギーに反応して働くけど、改良型は、保護対象が周囲の不特定多数の物体で、破壊させる程の運動エネルギーと、普通の行動の見極めが大変だったのです。検証実験だけでも、一年間も費やした力作で、ランスに小型軽量化を手伝ってもらって、安全性も確保されてるから …… 」
レンドグレイルが、しっぽをぶんぶん振った仔犬のように、改良型の魔術具について説明しようとするのを、グレイルードは制してマリシリスティアに尋ねた。
「マリー、その魔術具が壊れていなかったとしたら、どんな可能性がありますか?」
「改良型魔術具が壊れてないなら、かなり厄介かもしれないです」
「厄介?」
父親譲りの豊かな鳶色の髪を手ぐしで整えながら、マリシリスティアは答えた。
「レンド、ランスは研究に協力した報酬に、遊帆から何か貰ったって言ってなかった?」
「確か、個人用魔法防御装置の試作機を貰っていました。まだ、改良点が多くて二人掛けのソファー位大きくて重いんです。ランスは、ああいうの小型化するの得意だから、暇を見つけて研究するって言ってました …… !!」
「 …… それだね」
マリシリスティアは、がっくりとソファーに項垂れた。レンドグレイルは、固まっている。
「では、マリーはランスが室内に結界魔術を張ったのではなく、その個人用魔法防御装置の試作機の可能性があると考えているわけですね?」
「しかも、改良型魔術具は、私の外部に漏れる魔力を正しく相殺しているのなら、物理的攻撃に結界が反応しているかもしれないです。レンド、ランスが貰ったのは魔法防御装置だけ?」
「理想的な防御装置は、攻撃との連動型だからって反射攻撃装置の試作機も一緒にだったかも …… ?!」
レンドグレイルは、助けを求める様にアレクシリスを見た。
「『管理小屋』にいる遊帆に確認しましょう。そして、協力も要請して帰還させます。まさか、それ程危険で殺傷能力の高い物をランスグレイルに渡したりする事は無いと思いますが …… レンドグレイルも通信室へ一緒に来て、遊帆に質問して下さい」
「急ぎましょう。結界を壊して侵入しようとして、扉を開けた途端に魔術具に攻撃されて死亡なんて最悪だもの。私は、母上に報告と『裏庭』の使用許可のついでに、最近の使用者を確認してくるね。表の扉が駄目でも、避難通路なら部屋に出入り出来るかもしれない。各自、報告は女王陛下の執務室に、母上を通して情報の共有をしましょう」
マリシリスティアは、そう言って王族専用の居間を素早く退室していった。
「あの子の、ああいう所は、さすがサンドラの娘だと思わせますね。私は、最後にランスの従者の姿を確認出来た日時を特定しておきます。もう、遅いかもしれないが、王宮の出入りも監視を強化しておきましょう。アレクシリス、キプトの件で忙しいのに負担をかけます」
「ランスグレイルは、休職扱いとはいえ竜騎士団の所属です。私にも、部下の管理責任があります。それに、ランスグレイルは大切な弟です。では、我々は通信室へ参ります」
グレイルードは、今はすっかり使わないアレクシリスの愛称を呼んで礼を言った。
「ありがとう …… シシィ」
グレイルードは二人が出ていってから、しばし間を置いてから退室した。
王族専用の居間の外では、女官達が心配そうに控えていた。グレイルードは、女官達に部屋の中の片付けを頼み、近衛騎士団の執務室へ向かう為に、無人の廊下をいつもの歩調で進みながら、ため息まじりに呟いた。
「王族が揃いも揃って、慌てふためいて部屋を飛び出してはいけませんね。アレクシリスとマリシリスティアもまだまだ未熟です。息子達も成人したというのに、苦労させられますね。私もまだまだ頑張らなくては …… 。ランスグレイルが帰ってきたら、説教と地獄の訓練一週間決定ですね」
王族の失踪は、大変な不祥事だ。アレクサンドリア女王の失脚を望む貴族が暗躍していないと言い切る事は出来なかった。
だが、ファルザルクの王族達は、そんな政治的な話を無視して、ランスグレイルを心配する家族でしかなかった。
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