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第二十七話 アレクシリスの受難

 



 ファルザルク王国の王都シリンのファルザルク城は、なだらかな丘の上にある。

 建国前は、ただの地方の砦だった。城の背後は、深い谷底を激流が流れる断崖絶壁になっている難攻不落の名城だ。


 ファルザルク城は、石造りの砦跡を基礎に、歴代の国王が増改築を繰り返してきた。その為、時代毎に建築様式も建材も違う建物の棟が、複雑に連なり、まるで迷宮の様になっている。

 全て時代の建造物は、王族の性格なのか実用重視で決して華美ではなく荘厳な雰囲気を醸し出していた。砦にしては豪華で、城としては武骨なファルザルク城は、諸外国から『竜騎士王国』と呼ばれるに相応しいのかもしれない。


 王都シリンは、王城を中心に扇型に拡がり、街の発展とともに、新たな城壁を建設していった。

 つまり、初期に造られた城を囲む城壁の外側に街が建築され、その外側に新たな城壁が造られていた。その繰返しで、外側へ行くほど新しい街になっていく。王都は、何層もの壁が隔てているせいで、正に巨大な迷路と化していて、観光名所にもなっていた。


 賑わう街の上空を、一つの影が横切ってゆく。


 街の路地で遊ぶ子供たちが、口々に竜騎士だと青空を指さす。王都周辺の住民には見慣れた景色だったが、他国から観光客が訪れる程、ファルザルク王国の竜騎士団は有名だった。

 ここ数日、大空を隊列を組んで飛び立つ竜騎士が見られなかったが、気にする者は然程《さほど》いなかった。




 アレクシリスは、ファルザルク城の竜騎士団の詰所に帰還した。杜若に報告が済めば、すぐキプトに戻ると告げて別れ、副官に幾つか指示を出して、アレクシリスは王宮に歩をを進めた。


 ーーーー この世界には、『落ち人』という厄災がある。


 『落ち人』とは、複数の異世界から界を渡り、人や物が落ちてくる現象で、特に異世界人の事を指す。

 近年、『落ち人』の遺体発見の報告は増え続けている。遺体だけなら問題ないが、一緒に様々な異世界の品物まで付いてくる。物品は、城内の『茨の塔』と呼ばれる魔術師ギルドに、運び込まれて研究されている。

 違う世界からの、知識は危険だ。新しい技術や知識は利益になり歓迎するが、危険な思想や破壊兵器の類いは害悪にしかならない。


 そして、生き残っていた『落ち人』は、ファルザルク王国の竜騎士団の預かりとなる。


 何しろ、過去には世界を滅ぼそうとして討伐された異世界人も存在したのだ。他にも、下剋上を狙って、革命を起こそうとした者や、新興宗教の教祖になろうとしたり、詐欺組織を作って犯罪者になった者までいた。


 それ故、ファルザルク王国は、一年間は『落ち人』を『管理小屋』に隔離する。『管理小屋』は、ファルザルク王国の管理する魔霧の森の聖域だ。

 聖域は、上空からしか侵入出来ないので、竜騎士団の管轄下にある。魔霧の森から外に出る事も出来ない。聖域の結界は、魔霧の森への進入者を、巧みに元の聖域に戻すからだ。

  『管理小屋』なんて名付けた者のセンスを疑うが、『落ち人』に自分の立場を連想させる意味では、悪くないかもしれない。


  『落ち人』は、生き残れている時点で、膨大な魔力の持ち主だ。十分、国にとって有用な人物なのだ。

 約一年後、魔力の制御が安定した頃合いを見て、少数の貴族や知識人が接触する。『落ち人』の人格や知識のを調査、精査していく。有益な者は、身分や役職を与えて保護と言う名の監視を付け利用する。

 毒にしかならない者は、幽閉して魔力だけを利用する事になる。もちろん、当人に知られる事のないように …… 。

  『管理小屋』で、穏便な日々を過ごし、『落ち人』の本質を見極めるのが『管理者』の重大な任務だ。

 一番危険なのは、最初にここが異世界であることを告げる時だ。現実を受け入れられず、『落ち人』が精神的に変調をきたす結果はよくあった。


  『管理者』の役目は、大きく三つあった。


  『落ち人』を『管理小屋』に隔離する事。

  『落ち人』の人格と能力を見極める事。

  『落ち人』がファルザルク王国で生活出来るように教育する事。


 ファルザルク王国で、この様な制度が確立したのには、それなりの理由と歴史があるとはいえ、アレクシリスは、己の『管理者』という役目を、苦痛に感じ始めている。国に仕える騎士として、任務に忠実ではありたいのだが …… 。


 ーーーー 川端香澄


 アレクシリスの『落ち人』は、少しでも目を離すと、トラブルに巻き込まれ、命を危うくする。

 川端香澄は、発見時から規格外の『落ち人』だった。一見、華奢な少女に見えるが、成熟した女性の思慮深さを感じさせる。艶やかな黒髪に紫に金の虹彩が混じる瞳に見つめられると、妙に落ち着きをなくして胸が騒ぐ。

 しかも、竜族の長の蘇芳は、彼女が『鍵』だという。杜若が調べたところ、『竜王しか行なえない『禁断の禁術』で召喚される『鍵』は、世界を救済する』のだという。

 すでに、女王陛下へ報告済みだが、ファルザルク王家に竜王の『禁断の禁術』について、伝承や書物の記録が無い以上、調べようがなかった。


 アレクシリスは、女王陛下に、彼女が藍白によって竜族のキプトの町に奪われた報告をしてから、三日と経たず、気の重い報告をしなければならない。


 アレクシリスは。王宮内の女王の執務室で、人払いを願い出た。


 アレクサンドリア陛下に竜族との交渉が頓挫し、ランスグレイル第一王子がキプトの町に現れた事を報告した。


 アレクサンドリア=ユフィ=ファルザルク女王は、美しく波打つブロンズの髪と、蒼窮の瞳が鋭い、凛々しい派手顔の美女だ。三人の子供の母親とは思えないほど若く美しいだけでなく、気概だけでも他者を圧倒し、王威に溢れる人物だった。


「宜しい。竜族の真意は未だに分かりませんが、『落ち人』の庇護権はファルザルク王国にあります。盟約に従い、彼女を『管理小屋』に保護しなさい。ランスグレイルの件は、一端、保留で構いません」

「御言葉ですが、陛下、ランスグレイルの捜索をいち早くするべきではありませんか?」

「ランスグレイルが『契約竜』を目の前で亡くしたのは、酷な経験でしたね。あの子は部屋に閉じ籠って、弟のレンドグレイルさえ、近づけなかったそうよ。あの子に必要なのは、時間だと一人にした事が仇となりました。ランスグレイルの事は、マリシリスティアとレンドグレイルに任せています。ランスグレイルが逃げたのが、魔霧の森の中では、捜索すら無為《むい》でしょう。貴方は、任務に専念なさい」

「承知いたしました」

「それから、川端香澄さんが無事で良かったわ。ランスグレイルの為にも、貴方のためにも、 …… ね」


 ふんわりと、アレクサンドリアは微笑みながら呟いた。アレクシリスは、常々女王として激務に励む、尊敬する異母姉の珍しく柔らかな表情に目を見はった。


「そんなに、香澄が心配?」


 アレクサンドリアは、女王の仮面を外して執務机の向こうから、にんまりと口角をあげながら言った。


「 …… ええ、只でさえ不測の事態が続き、彼女の精神的なケアが必要と思われますから、早急に戻るべきだと考えております」


 通常、冷静で淡白な態度の異母弟が、川端香澄には、珍しく甲斐甲斐しいものだと、アレクサンドリアは思っていた。アレクシリスの返答が、微妙に揺れている事を感じて、それ以上の言及はしなかった。彼女は、アレクシリスに、女王としての労《ねぎら》いの言葉をかけた。


「わかりました。貴方には、キプトの竜族相手に、難しい対応を強いて負担をかけます。他の対応は副官に任せ、すぐにキプトに向かいなさい。御苦労」

「私の事よりも、ランスグレイル殿下が無事発見される事を願っております。では、失礼いたします」


 アレクシリスが執務室を出ると、第二王子のレンドグレイル=ヴァイス=ファルザルクが神妙な顔で待っていた。


 レンドグレイルは、父親と同じ色彩の鳶色の髪と瞳の美少年だ。ランスグレイルと双子だが、柔和な表情が年齢より幼く頼りなげに見せる。

 最近は、魔術に興味を持ち『茨の塔』に出入りをしているらしい。今日は、魔術師見習いの灰色のローブを身に付けていた。


「アレクシリス兄上 …… 」

「公式な場で、兄上呼ばわりはいけません。第二王子殿下」

「ランスグレイルの事で相談があるんだ。お願い。兄上!」


 アレクシリスは、兄弟同然に育ったアレクサンドリアの子供たちの性格は熟知していた。

 わざと、兄上呼びまでして、食い下がる甥っ子の態度に、嫌な予感がした。


「 …… マリシリスティア殿下は?」

「そう! 姉上が、ランスグレイルの部屋の扉が抉《こ》じ開けられないなら、壁を吹っ飛ばすっ …… 」

「早くそれを言え!」


 最後までレンドグレイルの言葉を聞かず、アレクシリスは、既に廊下を走り出していた。あまりに素早いアレクシリスに、レンドグレイルは置いてきぼりになった。




お読みいただき、ありがとうございます。

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