第二話 出会い
ふと、香澄は目を覚ました。
虚ろだった瞳に、ゆっくりと光が戻っていく。室内の照明は消されているらしく、暗くてよく見えない。夜更けの闇の中に、静けさだけが感じられる。
香澄は、ベッドに寝かされていた。身体の上に、羽根布団らしき物が掛けられている。その羽根布団は、高級品らしく、とても軽かった。香澄は、寒いわけではないが、上掛けをぎゅっと身体に巻き付けながら、横向きに丸くなった。普段使っている寝具に比べると、あまりに重さを感じない事が、心許なく感じたからだ。
香澄は、目を閉じて考えていた。今の自分が、日常と違う場所に居るのはわかった。だが、何があったのかよく覚えていない。目覚める前の記憶は、濃霧の朝、歩道橋の階段から落ちたらしいという様な、朧気なものだった。
では、ここは病院なのだろうか?
香澄は、人の気配を感じて目を開いた。すぐ、目の前に誰かがいた。瞬きを数回してみても、焦点が合わないくらい近くに、ぼんやり誰かの顔らしきものが見えてきた。
いつの間にか、薄暗かった室内に、ランタンの様な照明が灯り、オレンジ色に照らされた男性の顔らしき物が見えた。
だが、あまりに近い、近い、近すぎた …… !
香澄は、目を見開き固まった。何者か分からない人物の存在よりも、息が触れる程近い距離に、異性がいるのに動揺していた。
しばらくの間、覆いかぶさる様に覗いていた男性は、眉間に皺をぎゅっと寄せてから、ゆっくりと香澄の顔から離れていった。
香澄は、ほっと、小さく息をついてから尋ねた。
「 …… あなたは、誰ですか? …… ここは?」
香澄は、自分の掠れた弱々しい声に驚いた。どうにか起き上がろうとしたが、身体に力が入らなくて起き上がれない。身体を起こそうとして、初めて鈍い頭痛がする事に気が付いた。
男性は、起き上がろうとする香澄の両肩に手を置き、そっと押さえながら、首を横に振った。
「まだ、薬が効いています。朝には普通に起きられるから、無理はしないで、もう少し眠っていなさい」
香澄の耳許で囁いた声は、若く、甘い、優しい声だった。オレンジ色の照明では、正確な色彩は解らない。ただ、男性はガラス玉の様な瞳で、色素の薄いサラサラの髪と、彫刻の様な陰影のはっきりした顔立ちをしている。
おそらく、日本人ではない欧米系の顔立ちは、暗がりでも整っていると分かるほど、美しかった。
香澄は、ベッドの傍らに立つ男性の、背筋が伸びた美しい姿勢が、まるで警官か武術の師範の様だと、ぼんやり眺めながら思った。彼は、銀色の装飾の多い、黒い詰襟の軍服の様な格好をしていた。
「ここは、病院ですか? 」
「 …… ここは、『魔霧の森』の『管理小屋』です」
「はい? …… どこの森の、何の小屋ですか?」
香澄は、初めて聞いた単語の組み合わせで、咄嗟に意味が理解できなくて戸惑った。
「私は、アレクシリス=ヒンデル=ハイルランデル。貴女は、これからファルザルク王国の保護のもとに置かれます」
「ファルザルク王国の、保護のもと?」
外国人にしか見えない青年が、流暢な日本語で話す違和感や会話の内容を、色々と問いただしたかった。しかし、香澄は強烈な眠気に襲われて、言葉を続けられなかった。
「詳しい話は、後にしましょう。今は眠って怪我を完治させる事です」
「怪我を、完治? …… わたし、怪我を、したのですか?」
「ええ、そうです。だから、もう少し休んだ方がいい」
「 …… は、い …… 」
香澄は、彼の言っていた薬のせいか、あっという間に深い眠りに落ちていった。
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