お嬢、みっともない女になる
───少し過去の話、雛菊視点───
どうしてこうなった。
私と彼女との話し合いが終わったあと、剛くんも交えて三人で食事にでかけることになった。
彼女の提案で。
久しぶりに会った元カレと一緒に美味しいものを食べたいからとか言ってたけど、ただ一緒にいたいだけだと思う。
『約束だから出掛ける時は三人で行くことになるわね。で、雛菊さん。あなたはついてくるの?体調が悪かったりしない?』と聞かれたので『行きます行きます!美味しいもの食べたいです!』と言ったら舌打ちされたし。
歩きながら彼女が言う。
「剛くん、なにか食べたいものはある?なんでも言ってちょうだい?マーモットの手料理では満足できていないのではなくて?」
「え、いや別にそんなことは……雛菊ちゃんはなかなか料理が上手いんだよ。食べたいものかぁ。僕はなんでもいいよ。雛菊ちゃんはなにか食べたいものはある?」
「はい!私は焼肉が食べたいです!カルビをお腹いっぱい食べたいです!」
「分かったわ、じゃあお寿司屋さんに行くとしましょう」
「なんでですか!」
お寿司屋さんでも十分すぎるほど嬉しいからいいけど……
お寿司なんていつぶりだろう。
私はコーンマヨとサラダのお寿司が大好物なのだ。
「えーっと、ここらへんだとス◯ローとは◯寿司がありますよ。両方とも歩いて10分もかかりません。どっちにしましょうか?」
「なにを言っているの。久しぶりに剛くんに会えたというのにそんな騒がしい所に行くわけがないでしょう。……はあ、ちょっと検索してみるから待ってなさい」
そう言うと彼女はスマホを取り出しお店を探し始めた。
1分もしないうちにお店を決めたようだ。
「よさそうなお店があったわ。ここからすぐの所よ。さ、行きましょう剛くん」
そう言うと剛くんの腕にしがみ付いて歩き始めた。
あー!それは私の居場所!
私も負けじと反対側の腕にしがみついて、そのまま三人で歩いた。
……しかし、この人の美しさは一体なんなんだろう。
歩いていると必ずすれ違った人に見られる。
それもただ見てくるだけじゃなくて、驚愕といった表情で彼女を見てくる。
なにか信じられないものでも見たとか、そういう感じ。
男の人はもちろん女の人もそうだ。
彼女はまったく気にすることもなく平然と歩いていく。
まるでそれが当然の日常であるかのように。
確かに私たちが住むアパートに彼女が来た時は、『は?住所間違ってませんか?』って思ったもんね。
こんな綺麗な人が来るようなとこじゃないし。
元カノがいたとは聞いていたけど、こんな凄い人だとは思ってなかったよ。
剛くんちゃんと教えておいてよー。
「着いたわ、ここのようね」
彼女がそう言って入ろうとしたのは、いかにも老舗といった感じの回らないお寿司のお店だった。
え、なに?こんなお店入ったことないんですけど?
戸惑う私を無視するようにして彼女はお店に入って行き、
「大人三人、予約なしなのだけど大丈夫かしら?小上がり席がいいわ」
と店員さんに聞く。
どうやら入れるようだ。
そうして案内された席に座ろうとして……当然のように剛くんの横に座ろうとしてくる。
「あー!そこは私のポジションですー!」
と私が言うと、また舌打ちして、
「じゃあ私と雛菊さんとで隣り合って座りましょう。それでいいでしょう」
と言ってきたので、
「はいそうして下さい。これから三人で会う時はこの座り方で固定です!」
と釘を刺しておいた。
油断も隙もないわねこの美少女。
「まずはお刺身から、適当におまかせで繕ってもらえるかしら? あとで握りもお願い。飲み物は……剛くんは最初はビールでいいわよね? 後で日本酒も。私はウーロン茶、この小娘には水道水をお願いするわ」
彼女はあっさり注文を済ませてしまった。
え、そういう感じなの?
それじゃいくらかかるか分からなくて怖くない?
それと小娘って……多分私のほうが年上だと思うんだけど……
あとなんで私だけ水道水?
「さて、じゃあ二人の馴れ初めを教えてちょうだい。それと最初に関係を持ったのはそこから何日後だったのかも教えなさい」
……頭がおかしいのかなこの人?
お店に入っていきなり会話のスタートがそれ?
だけど剛くんはなんの疑問も持たないようで、素直に質問に答え始める。
剛くん?
「雛菊ちゃんとはアルバイト先のコンビニの同僚なんだよ。この街に住み始めてアパートを借りて、それですぐに近くのコンビニで店員を募集していたからそこで働き始めてね。だから雛菊ちゃんは僕の職場の先輩というわけ」
「なるほど。剛くんに仕事を教えるフリをしながら身体を密着させたりして色仕掛けをしたのね」
「なんでですか!普通にお仕事していただけです!」
「雛菊ちゃんにアプローチをかけたのは僕のほうからだよ。いつもニコニコしていて同僚の誰にでも優しいし、少し抜けている部分もあったりして……そういうのに惹かれたんだ」
「あざといわね」
「なんでですか!別に狙ってやってたわけじゃないですよ!」
「それで、僕のほうから交際を申し込んでOKをもらったんだ。しばらくした後、彼女が住んでいるアパートが更新だということでね、それならもういっそ二人で一緒に住んでしまったほうがお金もかからないしということで同棲を始めたんだ」
「アパートの更新の月日まで計算に入れていたのねこのマーモットは」
「入れてないですよ!偶然に決まってるじゃないですか!」
「そこからは、どこにでもいる普通の同棲カップルだよ。特に面白いことも珍しいこともない」
……彼女はじーーっと私と剛くんの顔を交互に見つめてくる。
尋問かな?
そして、彼女は黙り込む。
私たちの目を見つめたまま黙り込む。
私も剛くんも、なにも言えない。
「私のなにがダメだった?なにが至らなかった?なにが足りなかった?教えてちょうだい剛くん」
唐突に彼女が呟くように言った。
こんな綺麗な人から出るようなセリフじゃない。
違和感が凄い。
「……ごめんなさい、もう縋り付くような真似はしないわ。でも……教えて欲しいのよ……」
彼女が言葉を続けた。
「愛情が足りなかった?お小遣いが足りなかった?会話が足りなかった?それとも私の身体に飽きた?聞かせてよ、教えてよ剛くん…………………」
もうほとんど涙声だ。
お店の人がまずビールとお刺身を持ってきてくれた。
彼女は動けないでいる。
「これから、会える回数が減ってしまうの?剛くんが別の女のものになってしまうの?私、胸が張り裂けそう。比喩じゃないの。本当に胸が痛くて痛くて、このままこれがずっと続くと思うと気が狂いそう。どうしたらいいのこの痛みは?剛くんどうにかしてよ……この女と付き合ってもいいから……この痛みをなんとかしてよ……」
「……ごめん、もう決めたことなんだ」
剛くんが少し強めの口調で言う。
それを聞いた彼女は少し身体をビクッと震わせる。
「……みっともない女よね。ごめんなさい」




