お嬢、マーモットに敗北する
───少し過去の話───
あの子には、一旦部屋の外に出ていてもらった。
この女とは、二人できちんと話さなければならない。
もしあの子を不幸にする予感がしたのなら、この邪智暴虐の女を除かねばならない。
「雛菊さん」
「は、はいっ!」
「この泥棒猫が」
「ヒ、ヒイッ!」
「やってくれたわね。はじめてだわ。私をここまでコケにしたおバカさんは」
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」
「あの子……剛くんからは、私のことはなにか聞いていたのかしら?」
「あ、は、はい……一応……」
「なんて聞いていたのかしら?」
「あ、はい。以前暮らしていた所でお付き合いしていた女性がいて……一応書き置きで別れてくれとは伝えてきたけど……多分普通に来るって」
「もう少し痛めつけておけばよかったかしら」
「や、やめてあげて下さい!」
「黙りなさい」
「ヒィイイッ!」
「だいたいなんですか、さっきのは。粗茶ですがと言われて出てきたのがジョッキに入った熱湯というのは。なにがどうなればああなるのですか」
「あ、あの、気が動転してしまって……すみません!すみません!」
「そういった行動一つ一つが、剛くんの男としての格を下げるのです。今回は相手が私だったからよかったものの、大切なお客様だったらどうしていたのですか」
「は、はい!今後ますます一層気をつけます!」
「普段は使わなくても、急須と茶碗は用意しておきなさい。お茶っ葉は冷凍庫に入れておけばある程度保存がききます。大切なお客様に出す場合は、コーヒーだと高価な豆とカップが必要になります。日本茶なら100グラム1500円のものでもそれなりに格好がつきます」
「勉強になります!」
「……それと、お布団を部屋の隅に置いてあるというのはどういう意図かしら?なに?元カノの私に対する挑発かしら?昨日は剛くんとお楽しみでしたよと、そういう匂わせなのかしら?なかなか際どいところを攻めてくるわね」
「そ、そんなつもりはまったく!ごめんなさいごめんなさい!」
「お布団はきちんと押入れに仕舞いなさい!そういう所から生活が乱れるのです!」
「大変勉強になります!!」
「それと、私の見えるところに、歯ブラシが二本入ったコップが置いてあるのはどういうことかしら?つまり、もう布団がどうこう、そういうレベルですらなく完全に夫婦同然、つまり元カノの私などとは立っているステージが違う、そういう煽りと受け取っていいのかしら?」
「あ、いえ、ただ部屋が狭いもので!大変失礼致しました!すぐにお風呂にぶち込んでおきます!」
……まったく。
この女がこれから剛くんを支えていくことになるとは。
心配なんてものではない。
元々あまり生活力が高いほうではない剛くんのことだから、苦労することになるのは目に見えている。
「さっきのやり取りを見ていたら分かる通り、私はまだ剛くんを愛している」
「はい……」
「胸が張り裂けそうなのをさっきからずっと我慢しているのよ」
「あ、でも……あなたとても綺麗で……男性に不自由なんかまったくしない……それに、ほかの男性ともお付き合いしているって剛くんが言ってましたけど……」
「人数はまったく関係ないの。私にとってあの子はとても大切な存在なの。別れてしまってはいるけど、その気持ちは変わらないわ」
「でも……私には剛くんしか……」
「ええ、そして剛くんはあなたを愛している。それはもう承知しているわ。だからここからは落としどころの話よ」
「落としどころ……ですか?」
「あなた、正味な話、私が今日ここから帰って、そのまま二度と剛くんに会いにこない、そういう女に見える?」
「まったく見えません。諦めの悪さには定評がありそうです」
「ぶち殺すわよ」
「ヒィィィィイイイイイイッ!!」
「諦めるのはあなたのほうよ。私はこれからも剛くんに会いに来る。でも私にも常識はある。二人で会うことはしないわ。私と剛くん、それにあなた。会う時は三人よ」
「……それが落としどころですか」
「ええ、そしてこれを禁止されるようだと多分私はもうなりふり構わなくなるわ。正直、力ずくならどうとでもできてしまうの。詳細は伏せるけどね」
「あの……元サヤにとか……そういう話ではないんですよね?」
「ええ、もうそこは諦めてあげる。あなたが剛くんを幸せにしてあげなさい。でも、そこに私も加わらせてちょうだい」
そう言ってから、私は雛菊さんに正面から向き合った。
そして土下座した。
「お願いします」
「…………」
一分ほど時間が流れただろうか。
その間、私は頭を上げることはなかった。
雛菊さんが口を開く。
「分かりました」
「……ありがとう雛菊さん」
「色々教わることもありそうですし……なんだか、私、あなたのこと好きになれちゃうかもしれません」
「フフ、女にそんなこと言われても嬉しくないのだけど、まあいいわ。これから仲良くやっていきましょう」
「あの、どうすればそんなに綺麗になれるんですか?」
「ああ、これはただのエラーだから気にする必要ないわ。あなたよく見ればなかなか可愛らしいわよ。マーモットみたいで。……………………それで剛くんをだまくらかしたのね?籠絡したのね?この泥棒マーモット!」
「マーモット!?」
「まったく。私をフッてマーモットに惚れるとか剛くんはほんと特殊性癖の持ち主ね」
「ほんと私も訳分からないです。その容姿で何をすればフラれるんですか?」
「また煽ってきてる?そんなの私が知りたいくらいよ。なにか常人には伺い知れない理由があったのでしょうね」
「そのお陰で私のところに剛くんが来てくれたんだから感謝しなければならないですけどね!マーモットの勝ちです!」
私はそばにあった新聞紙を束ねるためのテープでマーモットの手足を縛り身動きを封じ、外に出ていた剛くんを呼んだ。
「ねえ剛くん、この女けっこう性格悪いわよ?やっぱ私とヨリを戻さない?」
「ああああ、ごめん!雛菊ちゃんはちょっと調子に乗るところがあるんだ!許してあげて!」
……まったく。
このマーモットとも一生の付き合いになると思うと気が重いわね。




