第1話:伝説の男は、紫煙の代わりにため息を吐く
荒野に乾いた銃声が響き渡る。いや、正確には火薬の爆ぜる音ではない。
高圧縮された魔力光線が空気を焼き切る、甲高い破裂音だ。
「……チィッ。どいつもこいつも、朝っぱらから元気が良すぎやしねえか」
岩陰に身を隠した恰幅の良い男――アルフレッドは
立派な蓄えのある顎髭を苛立たしげに撫でた。
分厚い胸板と丸太のような腕。
西部劇から抜け出してきたようなくたびれた革のロングコート。
かつて裏社会で『歩く厄災』と恐れられたその男の顔には
今、不機嫌という文字が物理的な圧力を伴って張り付いている。
(腹が、減った……)
彼の不機嫌の理由は、包囲してくる十数名の武装集団のせいではない。
今朝の食事が、味のしないオートミールと白湯だけだったからだ。
本来なら、分厚いベーコンから滴る脂をパンで拭い
度数の高いバーボンで胃に流し込む時間である。
「そこだ! 追い詰めろ!」
「伝説の殺し屋も、歳には勝てねえようだな!」
岩の向こうから、統制の取れた足音が迫る。
アルフレッドは深くため息をつき、愛銃を抜いた。
真鍮と黒鉄で設えられた、無骨なリボルバー式の光線銃。
無駄な装飾の一切ないその銃身から、ジリジリと熱が立ち昇る。
「……五月蝿えハエどもだ」
岩陰から身を乗り出したアルフレッドは、一切の躊躇なく引き金を引いた。
――バキィンッ!
シリンダーが回転し、眩い光の弾丸が撃ち出される。
狙い違わず敵の胸板を撃ち抜き、その衝撃波だけで周囲の数人を吹き飛ばした。
「ヒッ……!? な、なんだあの威力は!」
「怯むな! 相手はたった一人だ!」
反撃の光線が雨あられと降り注ぐが、アルフレッドは面倒くさそうに首を振る。
(血圧が上がる。医者に止められてるってのによ……)
その時だった。
「相変わらず、朝から派手なことやってんじゃないのさ!」
頭上から降ってきたのは、艶やかな声。
見上げれば、露出の多いレザースーツを纏った
20代後半ほどの女が宙を舞っていた。
彼女の二丁拳銃から放たれた光線が、アルフレッドの死角にいた敵を
次々と正確に撃ち抜いていく。
「待たせたな、親父さん! 派手なパーティには俺も混ぜてくれよ!」
続いて、けたたましいバイクの排気音と共に突っ込んできたのは
見事な金髪のリーゼントヘアを揺らす男だ。
彼がバイクに取り付けられた重機関銃を掃射すると
残っていた敵兵たちは悲鳴を上げて散り散りに逃げ去っていった。
「……」
土煙が晴れる中、アルフレッドは無言でリボルバーをホルスターに収めた。
エロい女――『カルメン』
そして、リーゼントの男――『ブラッド』
かつて何度か死線を共にした、腐れ縁の同業者たちだ。
「怪我はない? ま、あんたに限ってそれはないわよね? 」
「親父さん、俺たちの見せ場を残しといてくれて感謝するぜ!」
二人が軽口を叩きながら近づいてくるのを見遣り
アルフレッドはコートの懐を探った……取り出したのは
太く、香りの強い葉巻。それをゆっくりと口に咥える。
「おっ、一仕事終えた後の一服か? ……火、貸そうか?」
ブラッドがカチャリとライターを取り出すが、アルフレッドはそれを手で制した。
「……いや。これはラスイチだ。今は未だ、つけるな」
渋い声でそう告げると、彼は葉巻を咥えたまま
今度は銀色の大きめのスキットルを取り出した。
……親指で弾くように蓋を開ける。
ふわりと漂う、最高級のバーボンの甘く暴力的な香り。
アルフレッドは目を閉じ、鼻先をスキットルに近づけ
肺の底までその香りを吸い込むと
――『一滴も飲まずに、静かに蓋を閉じた』――
「……ふぅっ」
大きく息を吐き出すアルフレッドの背中は、どこか哀愁に満ちていた。
カルメンが呆れたように腰に手を当てる。
「何処に向かおうとしてるのかは知らないけどさ。
あたしらを誘わず、こんなに楽しそうな状況を独り占めなんて
水臭いじゃない……」
「そうだぜ」とブラッドも鼻を鳴らす。
「あの『歩く厄災』のアンタが
大好きな酒も煙草も我慢してまで必死に成ってる位だ。
……相当な仕事なんだろ? 俺達も混ぜて貰うぜ!」
アルフレッドは眉間を揉んだ。
(違う。医者と……そして何より、娘の命令だ。
酒と煙草を辞め、俺の命を狙う有象無象を片付けて身辺を綺麗にしないと
一緒に住まわせてもらわないと……)
喉まで出かかった真実を、彼は飲み込んだ。
伝説の殺し屋が『娘に孫を抱かせてもらうために健康生活を始めている』などと
この血の気の多い若造たちに言えるはずもない。
どうせ信じないだろうし、説明するのも面倒だった。
「……好きにしろ」
アルフレッドは忌々しげに吐き捨て
味のしないオートミールの残りを消化すべく、重い足取りで荒野を歩き始めた。
その背後で「よっしゃ!」
「大きなヤマになりそうね!」と無邪気に喜ぶ二人の声が聞こえる。
だが……彼らが、実は娘から直々に
『父の健康とダイエットの監視』を依頼されて派遣されてきた事など
この時のアルフレッドは知る由もなかった。
『歩く厄災』アルフレッド……彼の、果てしなく続く健康への道と
盛大な勘違いの旅が、今幕を開けた。
第一話をお読みいただき、ありがとうございます。
※本作はカクヨムにて完結済みの作品を
小説家になろうにも掲載しているものです。
本文内容はカクヨム掲載版と同一です。
最後まで完結済みですので
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