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頭上の猫は今日も口うるさい  作者: 橘 日々季


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1. 猫と夜会

橘 日々季です。初投稿で初連載です。

話が進むうちに少しずつ辻褄が合っていきます。

あたたかく見守っていただけると嬉しいです。

今宵のリュート公国の宮殿では、数年前に若くして即位した大公夫妻の第一子誕生を祝う夜会が開かれていた。


高位貴族のみならず下位貴族に至るまで、ほとんどの貴族の当主とその家族が招かれ、稀に見ぬ規模の盛大な祝宴である。


そんな煌びやかで華やかで、多くの貴族達で賑わう大広間の一角で、 一枚いくらか考えただけでも震えがきそうな絢爛豪華な皿に、山盛りのちょっと手前まで料理を取り分け、それらを大口にならないように気を付けながら、ソフィアはひたすら食事を堪能していた。


もちろん周囲から「貴族令嬢がはしたない」と眉をしかめられては困るので、壁に同化するように気配を消すのも忘れない。


「このローストビーフ最高」

『いやいや野菜も食え』


「しかも薄切りじゃなくて厚切り」

『だから野菜も食えって』


「ソースが神味」

『野菜!!!』


ソフィアが一言発する度に、頭上から声が聞こえてくる。

最後は頭をペシっとはたかれた。


「痛くないけどなんか腹立つ」

『お前が好き嫌いをするからだ』


顔をしかめてソフィアの頭上でふんぞり返るのは、カボチャほどの大きさの猫。

黒・茶・白の三色の毛並みの、いわば三毛猫である。


いつもは手乗り文鳥ほどの大きさなのだが、今日は家族から「とにかく淑やかに」と厳命されていて、ならばと気合を入れてかぶっているため、そこそこの大きさなのである。


何が?

だから猫が。


何を?

だから猫を。


そう。

ソフィアは今、頭に猫をかぶっているのである。


重さも感じず、大きさも自在で、ちゃんと触れて、持ち主?飼い主?パートナー?と会話ができる猫を。


それなのに周囲はソフィア達に不審な目を向けることなく、まるでそこに誰も居ないかのように振る舞っている。


誰からも関心を持たれないことを幸いに、ソフィアは空いた皿にまた肉料理を選んで盛り始めた。


「フクのおかげで誰にも見咎めらなくて助かるわ」

『…お前、だんだん大胆になってくるな』


「だって肉料理なんて何年振りかわからないのよ。今食べないでいつ食べるのよ」

『気持ちはわからんでもないが、バランスよく食べねば育たぬぞ』


「わかってるわよ」

『だから野菜を「いやよ。今日は肉以外は絶対に食べないわ」』

『...』


頑ななソフィアの態度に、彼女にフクと呼ばれた頭上の猫はぐぬぬと歯噛みをした。

こうなっては誰もソフィアを止められない。


『カレンはどうした?』


フクは呆れたように溜め息をつくと、ソフィアの天敵とも言える姉の名前を口にした。


「あの人集りの中よ。ひときわ大きなトラ猫が見えるでしょ」


ソフィアは今度は骨付きチキンを片手に、一口噛ったそれを前方に向ける。


目を凝らせば、米俵ほどのトラ猫が大口を開けて他の猫達を威嚇していた。


「今夜は四大公爵家の令息が全て揃うらしいから、そのうちの誰かに群がっているんじゃない?」


わたしには関係ないけれど、と続けるソフィアは、皿に鶏の骨を積み上げていく。


どうやら夜会=婚活という図式はソフィアには無いらしい。


来年にはデビュタントを迎え、婚約者が居てもおかしくない年齢になるというのに、ここまで食い気が勝るとは…その原因に心当たりがあり、しかも致し方ないとわかっているだけに、フクは天を仰ぐほかなかった。


ここリュート公国は四方を海に囲まれた小国で、帝国に自治を認められ、元首である大公爵が国を治め、ソフィアの言う四大公爵家が政治の中枢を担っている。


貿易と漁業が盛んで商業にも長けたギャロット家、高品質な鉱石と宝石で利を得るドロトス家、広大な森の資源に恵まれ酪農にも力を入れるヴァイス家、公国の食物倉庫と言われる豊穣の地のラザフォード家である。


その四家が協力体制を整え、時には互いを牽制しつつ、内政と外交に貢献しているからこその公国の富であるのだが、主な取引先である帝国から金貨を掠め取っていると皮肉られることも多く、やっかみを込めて他国から【猫ババの国】と揶揄されている。


これは大公家を含めた五家の紋章が全て猫を模していることに由来しているとも言われているのだが、にもかかわらず公国には猫が一匹も居ない。


そう。

貴賤を問わず国民がたまにかぶっている猫を除き、生身の猫が居ないのである。


そうなった契機は、リュート公国の成り立ちにあった。


遥か昔。

帝国を加護している女神には息子の小神がいた。

夫の男神は浮気性で、あちこちの女性の元に入り浸り、女神にとって愛情を注ぐ相手は小神しか居なかった。


広大な帝国には様々な動物が生息し、小神は特に猫をこよなく愛した。

それを快く思わない女神は、小神から猫を全て取り上げようとする。


これに怒った小神は、自分に付き従ってくれる猫達を引き連れ、リュート公国の元になる島国に家出をする。


女神と男神の血を引く小神は神力を備えており、その力を使い女神とそれに連なるものの島への侵入を禁じたのである。


小神の行動に裏切られたと感じた女神は、腹いせに自身の霊力の核である元神を用いて術をかけ、島に居る猫の姿を誰からも見えないようにし、新たな猫も島に入れないようにしてしまう。


元神を散らした女神は神としての力を失い、遂には自身の存在も消失してしまうが、女神の呪いにも似た術法は、たとえ女神が消滅しても解くことはできなかった。


そこで小神は自分を猫に変えることにした。

誰からも猫が見えないのであれば、同じ猫になればいいと考えたのである。


小神は猫になっても長く生き、島の猫達も齢百を超えたものは精霊になった。

その精霊猫が住みやすい環境を整えるため、人間が移住した後に島に加護を与え、他国に侵されないように豊かにしていった。


ここまでが公国に伝わる伝承である。


人々は加護を与えてくれた小神に感謝して神殿に奉り、精霊になった猫達にも敬意を込めて公家の紋章に入れ込んだ。


しかし若い世代になればなるほど、伝承がおとぎ話のように感じるのは否めない。

なぜなら小神の姿も精霊猫も目に見えないのだから。


だがソフィアには生身ではない精霊猫が見え、そればかりか触れて会話さえもできる。

それらはすべてフクがきっかけなのだが…


「ねえ、フク」

『なんだ?腹がいっぱいになったか?』


「五分くらいね。まだ足りないわ。ではなくて、あそこに立っている男性がこちらを見ている気がしない?」

『なんだと?』


ソフィアの視線の先を追うと、右前方の柱の陰に、リンゴ大のラグドール猫を頭にかぶった青年が、隠れるよう佇んでいる。


年齢はソフィアよりも上だろう。

背はそこまで高くないが均整の取れた身体つきをしていて、遠目でもわかるほど端正な顔立ちをしている。

金髪の多い公国では珍しい紺青色の髪を後ろに束ね、瑠璃色の瞳が大きく煌めいていて、その目線は確かに自分達に向けられているようだ。


『知り合いか?』

「全然。というより、フクの力で他人から見えないはずのわたし達を見ているのがおかしくない?」

『確かに』


訝しむソフィアにフクが頷いたとき、その青年が柱からすっと離れた。


『なんだ?こちらに来るのか?』

「ちっ。肉が食べられないじゃないの」


貴族令嬢が舌打ちなんかするな、とフクが叱ろうとすると、その青年がソフィアの目の前で足を止める。


「失礼。少し話せるだろうか」

「…なんでしょうか?」


姿勢良く立つソフィアが淑女らしい笑みを見せると、途端にフクの身体が大玉のスイカほどに膨らんだ。


猫かぶり度が上がったからなのだが、そんなフクの変化に青年が目を剥いた。


『こいつ、お前だけでなく我も見えておる』

「(やだ。面倒くさい)」


心の中だけで本音を漏らしたソフィアだが、腐っても伯爵令嬢なので作った笑顔は崩さない。  


そんなソフィアの取り澄ました笑みに青年は瞳を凝らせ、慇懃な態度で挨拶をする。


「突然話しかけて申し訳ない。私はアルノルト・ヴァイスだ」

「ソフィア・カッセルズでございます」


ソフィアも丁寧にカーテシーを返す。

厳しい教育係に食らい付いて身に付けただけあり、フクも感心する美しい所作である。


榛色の髪と鳶色の瞳が大人しい印象を与え、小柄で華奢な身体つきのせいで年齢よりも幼く見えてしまうソフィアだが、先ほどまで肉を口いっぱいに頬張っていたのが嘘のように、凛とした態度でアルノルトに向き合う。


『四大公爵のヴァイス家の者か』

「(ますます面倒くさい)」


思わず眉根が寄りそうになるのを気合いで堪える。

ソフィアは領地を持たない新興の伯爵家の子女であるが、公爵家に非礼があった日にはどうなるかくらいは弁えている。


しかし残念ながら世の中には分別のない人間が少なからず存在するのだ。


「カッセルズ家のご令嬢か。ソフィア嬢とお呼びしても?」

「光栄ですわ(なぜ?)」


「私のことはどうかアルノルトと」

「恐れ多いことでございます(だからなぜ?)」


「不躾ですまない。じつはソフィア嬢に訊きたいことが…」

「アルノルト様!こちらにいらしたのですか?」


アルノルトの背後にいつの間にか三人の令嬢が控えていた。

ドレスの質やデザイン、宝飾品のグレードからいずれも高位貴族と思われ、まばゆいばかりの美しさである。


「ずっと探しておりましたのよ」

珊瑚朱色のドレスの令嬢が奥ゆかしげにささやく。


「もうすぐダンスが始まりますわ」

金糸雀色のドレスの令嬢がたおやかに笑む。


「ぜひわたくしと踊ってくださいませ」

勿忘草色のドレスの令嬢がおっとりと誘いかける。


三人ともに淑やかで控えめで慎ましく、見事なまでに猫をかぶって見せている。


それもそのはず。

令嬢方の猫達は皆ワイン樽ほどもある。

最大でも米俵ほどの猫かぶりの姉カレンと比較しても抜きん出た大きさで、令嬢方の洗練された所作に一部の隙もない。


おそらく幼少の頃から猫をかぶり続け、それなりの年季が入っているからこそあの大きさなのだろう。


まぁ例え象ほどのボリュームになっても重さは感じないはずだが、やはりある程度のサイズを超えると潰されないかちょっとだけ心配になる。


本当にちょっとだけだが。


一方アルノルトのラグドール猫はというと、巨大な猫達に怯えることなく、じつに楽し気な様子でしっぽを左右に揺らしている。


全然動じないわね。

意外と大物なのかしら?


ソフィアがのんきに考え事をしているのに反して、アルノルトは表情に不快感を滲ませ、彼に触れんばかりに近づく彼女らを睨み付けている。


それはそうだろう。

格上の公爵家の人間に対し、当主でも跡継でもない爵位のないただの令嬢が、紹介もなく話しかけ、あまつさえダンスをねだるなど正気の沙汰ではない。


アルノルトの出方一つで、令嬢方の今後の社交界での立ち位置も難しくなる。


「(彼女達がどうなろうと関係ないけど、巻き込まれるのは避けたいわね)」


幸いフクの力のおかげで令嬢方にソフィアの存在は気付かれていない。

だが万が一にでも彼女達に認識された場合、この後の面倒な展開が簡単に予想できる。


そしてアルノルトがソフィアに訊きたい事もおおよそ推察できてしまうが、出来ればこちらも関わりたくない。


ソフィアがフクを見やると、心得たようにフクがワイン樽の猫達に一瞥をくれる。

すると風船が一気にしぼむように、猫達がハムスターほどに小さくなった。


いきなり身体が縮んだことに慌てたのか、気の強そうなキジ白・サバ白・茶白の三匹がわたわたしているのが何とも可愛らしい。


だがそんな微笑ましい様子に対して、令嬢方の表情が一転して険しいものに変わる。


「ちょっと!なんで自分だけ売り込んでいるのよ!アルノルト様はわたくしと踊るのよ!」

珊瑚朱色のドレスの令嬢が金切り声をあげる。


「はぁ!?伯爵令嬢風情が図々しい!わきまえなさいよ!」

金糸雀色のドレスの令嬢が横柄な態度で吐き捨てる。


「そっちこそ!いつも偉そうにして!威張るのもいい加減にしなさいよ!」

勿忘草色のドレスの令嬢が居丈高に言い放つ。


え?

かぶっていた猫が小型化した途端にコレ?

本性が出ちゃってるじゃん。

やだーこわーい(棒)


なーんて言っている場合じゃない。


いきなり始まったキャットファイトにアルノルトが呆然としている隙に、ソフィアは子豚の丸焼きが乗った皿を両手で掴み、全速力でその場を離れる。


『この期に及んでまだ肉かぁ!!』

頭上のフクが絶叫している気がするが、黙殺した。




お読みいただきありがとうございます。

少しでも面白いと感じていただけたら、お気に入りやブックマーク、★★★★★評価で応援していただけると執筆の支えになります。

何卒よろしくお願いいたします。


※次回の投稿は、6月1日(月)20時の予定です。

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