表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/42

第39話 占術師の女


「――ようこそ、旅のお方」



 揺らめく灯りの中から、低く妖しげな声が響いた。

 まだ名乗ってもいないのに、僕が旅人だと確信しきった呼びかけだ。



「あ、あの……ここは一体」


「魔の力により導かれし者だけが、立ち入ることのできる空間よ」



 臙脂色の灯りがぼうっと膨らむ。

 ぼんやり闇が引き、そこだけ異様に整えられた空間が浮かび上がった。


 幾何学模様の布が敷かれたテーブル。

 その上で、炎のように煌々と辺りを照らすランタン。

 そして――テーブルの上で、頬杖をつく女が一人。



 若いとも老齢とも判別できない、曖昧な顔立ちだ。

 つり上がった眉と垂れた目が、威圧感を与えない程度の均衡を保っている。

 白磁のような肌に、潰れた柘榴を思わせる鮮やかな赤の唇が印象的に映えた。



 身に纏った頭巾やマントには、異国めいた複雑な模様の刺繍。

 耳と首の雫型の飾りが、ランタンの光を受けて冷たく瞬いている。



 女の職業は、一目見てピンときた。



「あなた……占術師ですか」


「そういう坊やは、魔術の使い手ね。その歳でここに辿り着くなんて、見かけより優秀なのね」



 厚みのある唇が、三日月形に歪む。

 皮肉めいたい口調に一瞬だけムッとするが、それよりも尋ねるべきことがある。



「この空間は、あなたの魔術で作り出したんですか」


「そうとも言えるし、そうでないとも言える。私は、魔力の歪の中で生きる者」



 この(ひと)――まともじゃない。

 足元から背筋まで、冷気がざわりとせり上がる。



「なぜ……こんなところで商売を? 街中で道行く客を占うほうが楽なのに」


「私は、俗物的なものに興味などない。必要とする者の前に現れ、必要な知恵を授ける」


「……僕には、あなたが必要だと?」



 最後の問いに答える代わり、女は怪しくほくそ笑む。

 その沈黙が、今の僕を「力不足だ」と評しているようで居心地が悪かった。



「あの……出会ってすぐで悪いですけど、帰ります」



 まともに付き合うだけ、無駄な気もしてきた。

 つま先を女と逆の方向に動かそうとしたとき、低い猫なで声が響き渡る。



「あら、気が早いのね……坊やには、知りたい未来がないというの?」


「知りたい、未来――?」



 意味ありげな言葉に、つい足が止まる。

 占術師の女は、ランタンにゆっくりと片手をかざした。

 途端、見えない力が加わったかのように、中の灯りが一段と強い(かがや)きを放つ。



「未来を知れば、成すべき道も、避けるべき破滅も見える」



 臙脂色の灯りの中で、手帳に記した光の文字が炙られるように浮かんだ。



『旅の目的は――僕の“影武者”たちを殺すこと』



「僕は……自分の成すべきことを分かっています。そのために旅をしている」



 喉から声を絞り出す。

 心臓を鷲掴みにされているような、得も言われぬ緊張が全身を包み込んでいた。



「そう、坊やには成すべき使命がある。けれど心はまだ迷っている。本当は今すぐにでも、その使命から逃げ出したくてたまらない……そうでなくって?」



 喉の奥からヒュ、と小さな音が漏れた。

 二人きりの空間で、心臓の音がうるさいほどに高鳴り出す。

 女は、低く抑揚のない声でさらに語り続けた。



「可哀そうに。重荷を背負っているのね。坊や一人では到底背負いきれないほどの重荷を」


「べ、別に僕はそんな」


「でもね、坊や。逃げられないのよ。自分の背負った運命からは……」


「う――うるさいっ!」



 声を荒げた直後、闇に反響した声ではっと我に返る。

 柔らかな灯りの中から、冷たく尖りきった双眼が僕の瞳を貫いた。



「坊やの杖は、何のためにあるの? 腰に差した剣は、誰のために振るうの?」



 マントの内側に隠れた杖と短刀を見透かしたように、女は低い声で問う。



「坊やにひとつだけ忠告してあげる……己の感情に流されるまま、力を振るうべきではないわ」


「――僕は、どうすれば」



 気づけば、抗う力すら奪われ、(すが)るような声で尋ねていた。

 女はゆるく唇を曲げて、どこか満足げに笑う。



「自分の力を制御できるのは、いかなるときも自分だけ。自分を操る力をつけなさい……今の坊やに最も欠けているものよ」



 ランタンの灯りが、ふっと小さくなる。

 女の顔に影が落ち、洞窟全体が薄闇に沈んだ。


 思わず一歩、二歩と後ずさる。

 占術師がいる空間に背を向け、来た道へと足を向けたそのとき――。



「――坊や」



 背中から、女の声だけが伸びてくる。



「街を出る前に、男の店を訪ねなさい。本を逆さに読む男の店を」



 謎かけめいた言葉を最後に、気配は完全に途絶える。

 肺に冷たい空気を詰め込み、僕は闇の中を、今度こそ逃げ出すように全力で駆け出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ