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影武者殺しⅠ―魔法使いと「影」の討伐―  作者: 真柴 石蕗
第2章 出会い
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第36話 恐怖の山の回想


 アマルディアーノを手に、僕たちはオルガノ山の体験をダロドネスに語った。

 インプにオーガ、そしてグーラーとの遭遇――

 霧深い山での出来事を、身振り手振りを交えながら披露する。


 狩人は興味深そうに、時おり席から脂ぎった身を乗り出しながら、僕たちの話に耳を傾けていた。



 座談会めいた時間がひと息ついた頃。

 僕はふと、引っかかっていた違和感を口にした。



「そういえば、下山中にはぐれたとき、アドルフさんとベンジャミンさんはずっと一緒だったんですか?」



 軍人と植物学者が、一瞬だけ重い視線を交わす。

 先に答えたのは植物学者だった。



「実は、私たちも霧の中で離れ離れになりましてね」


「えっ、そうだったんですか。でも、僕と再会したときは二人一緒でしたよね」


「そのときはすでに合流できていて……私は、危うくグーラーの餌食になるところでしたが」


「グーラーと遭遇したんですか?」



 ベンジャミンは落ちかけた眼鏡を押し上げ、こくりと頷く。

 ダロドネスが「ほお」と声を上げ、前傾姿勢で話の続きを待っていた。



「私は、二人と違って武器を持っていません。正直、あの山で骨になる覚悟すらしていました」


「じゃあ、どうやって逃げたんです?」


「それが自分でもよく分からなくて……ただ、これのおかげかもしれません」



 彼が懐から出したのは――手のひらサイズの鉄製の小刀。

 山麓の民宿の店主にもらったものだ。



「それで、グーラーを追い払ったんですか?」


「戦ったわけではありませんよ。ふと小刀のことを思い出して、とっさに握ったら……なぜかグーラーが怯んだように後退して、霧へ消えていったんです」



 鉄の小刀が、グーラーの弱点?

 アドルフとオーガの一件といい、山では理屈の通らない出来事が続いている。



 ベンジャミンが持つ小刀と同じものを、僕も懐から取り出す。

 片手に収まったそれは、真冬の水のようにひやりと冷たい。

 店内の光を受けて鈍く輝く表面に、ふと影武者の横顔を見た気がした。



「眼鏡の兄ちゃんよ。それ、ちょいと見せてくれや」



 ダロドネスは、受け取った小刀を灯りに透かし、爪先で弾いた。

 酒場のざわめきに、硬い金属音が混じる。

 やがて、興味を失ったように植物学者の手元へ返すと、



「珍しい品じゃねえな。名工の作にも見えねえ」


「宿のご主人も言ってましたよ。大した代物ではないが、お守りに持っておけと」


「それが、オルガノ山での魔除けになったわけか」



 アマルディアーノを飲み干したダロドネスに、僕は思い当たって言う。



「そういえば、宿のおじいさんが言ってました。それは旅人への餞別だって。ダロドネスさんも寄れば貰えるかも」


「残念だが、俺は逆方向から山に入るつもりでな。行くなら下山後だ」


「そうですか。あそこで出たグリ草のスープ、とても美味しかったですよ」



 ベンジャミンの手持ちの小樽には、さすがに残っていなかった。

 ダロドネスが無事に山越えできることを、祈るばかりだ。



「まあ、魔物の話が聞けただけ収穫だ。ギルドじゃ、ろくな情報も得られなかったからな」


「さっきのギルド、そんなに不親切なんですか?」



 僕の問いに、狩人の男は「いいや」と首を振る。

 


「俺も新参だ。ギルドってのは、あんたらが思っている以上に縄張り意識が強い。古参優遇で、新入りはよほど気に入られなきゃ仲間にもなれねえ。特に冒険者ギルドは、新入りの()を徹底的に疑う」



 顔を疑う――その言葉に、僕は自分の頬を指でなぞる。



「あれ? あそこはたしか、旅人ギルドでしたよね」


「冒険者ギルドは、三つのギルドをあわせた呼称だ。剣の目印が冒険者ギルド、片足ブーツが旅人、弓矢が狩人。資格があれば、複数にまたがって登録できる」


「一括りにされているだけで、中身は別組織ってことですね。じゃあ、ダロドネスさんは狩人ギルドに所属しながら、旅人ギルドにも?」


「そうさ。結局は追い返されたがな……あんたらも加入するなら覚えておけ。上の連中に気に入られりゃ、入るのは比較的簡単だ」



 ドリンクのグラスを空っぽにしたアドルフが、会話に割り込む。



「その“上の人”ってのは、どうやって会うんだ?」


「ギルドによりけりだ。冒険者ギルドでは、ちょっとした加入試験がある。メンバーのお眼鏡にかなえば、上に面通ししてくれるさ」



 ギルドの世界は、想像以上に閉鎖的だ。

 僕のような()を追う者が、容易に立ち入れる場所ではないのかもしれない。



「まあ、ここで会ったのも何かの縁だ。どこかですれ違ったら声をかけてくれや」



 店を出るとき、ダロドネスは一枚の古い銀貨をアドルフに渡した。

 エルディアでは見たことのない、不思議な紋様が刻まれている。



「昔、東大陸を旅したときに貰った銀貨だ。正直、そいつにゃ金銭的価値はねえ……だが、何となく手放せなくてな」


「いいんですか? 大事なものじゃ」


 

 尋ねた僕に、猫背の男は鷹揚に笑う。



「お宝や形見なんて大層なもんじゃねえよ」



 銀貨を受け取ったアドルフは、所持金の中から古い金貨を取り出し狩人の男に渡した。



「おいおい。俺の銀貨にゃこれほどの価値はねえぜ」


「それは、俺が昔行った戦地で拾った戦利品だ。通貨としての価値はない」



 ダロドネスは大事そうに金貨をしまう。

 くたびれた帽子のつばをくいっと持ち上げ、



「あばよ、旅の三人衆。会えて良かったぜ」



 短く言い残し、あっという間に人の波へ姿を消す。

 籠を背負う後ろ姿が、別れ際の「あばよ」という台詞が、なぜか“もう会わない”と告げているように聞こえた。


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