第三十二話 Phase2
個人的な今までの統計データですが、ドMの人って愛嬌があって優しい人が多い気がします……
【東京都千代田区 東京駅丸の内駅前広場】
「これは……一体、どういう状況なんだ?」
「謙一郎さん!」
右手の方で戦っていた謙一郎さんが、こちらに合流した。
「よかった……!向こうの悪霊は、祓い終えたんですね!」
「まあな、数が多くて手こずったけど……で、改めて聞くが、これは何が起きてるんだ?」
「それが……おれにも、さっぱり……」
相変わらず、目の前では、悪霊の軍勢と女の子たちが、広場をぐるぐる駆け回っていた。
200体ほどの悪霊たちは、「捕まったら祓われる!」とでも言いたげな形相で、必死に逃げ回っている。
「これは、助けた方がいいのか?」
「それは……どっちのことを言ってます?」
「そりゃあ……どっちだろうな?」
そんな中、ひときわ凛とした声が響いた。
「はじめまして、八戸校の引率の先生ですね?」
振り返ると、桜蘭々さんが謙一郎さんの元に歩み寄っていた。
「妾は、東京校祓い科三年、山本桜蘭々と申します
到着が遅れ、大変申し訳ございませんでした
ここに深く、お詫び申し上げます」
ぴしっと背筋を伸ばし、桜蘭々さんが美しく一礼する。
「あっ、いえ、この人は……」
──まずい。
この流れは、なんだか妙な方向に進みそうな気がする。
「祓い科の先生は白亜先生だけだったはず……ってことは、八戸校の精霊科の先生?
でもなんでここに? 負傷者の治療はもう終わったんですか?」
続けて、萌華さんが首を傾げながら尋ねた。
「二人とも、この方は精霊科の先生ではないですよ
よく見てください
この制服、拙者たちと一緒じゃないですか」
そこへ、ようやく是隠さんが謙一郎さんの制服に気づいてくれた。
その言葉を聞いた二人が「あっ、本当だ!」と驚いた顔になる。
──ふう、これでようやく謙一郎さんも、自分たちと同じ、祓い科の生徒だってわかってもらえた……
「これは失礼しました、OBの方だったのですね」
……あれ?
またしても、雲行きが怪しくなる。
「……おかしいですね?
OBってことは、祓い科を卒業した人のはず……
でも祓い科の卒業生って、白亜先生しかいないって本人が……あれ、デマだったんだ!
桜蘭々様にデマ情報を流すなんて許せない!
やっぱりあいつは祓っておかないと!」
萌華さんが拳を握りしめ、憤りながら続ける。
「で……なんでおっさんは、祓い科のコスプレなんかしてるんですか?
まさか……桜蘭々様とお近づきになるために、祓い科のフリをした──不届き者!?」
おれは恐る恐る、謙一郎さんの方を振り返った。
……地面に体育座りして落ち込んでる。
「そ、そうだよな……学生には見えないよな……制服着た変態おじさんって思われても仕方ないよな……
オレってやっぱ、老け……てる……」
──ま、まずい!
早く慰めないと……謙一郎さんがあのモードに突入してしまう!!
慌てておれは、体育座り中の謙一郎さんの元へ駆け寄る。
──えっと、何て言えばいい!? どう慰めれば……!
そうだ!この前、白亜先生から教わった、あの言葉を──!
「謙一郎さん、大丈夫ですよ!謙一郎さんは、他の人より大人っぽ──」
「二人とも失礼ですよ
きっと何らかの事情があって……数年、留年されたか、あるいは浪人してこの学園に入った方かと」
是隠さんが、あと数文字でおれのフォローが完成しそうな絶妙なタイミングで、容赦なく追い討ちをかけてしまった。
次の瞬間──
プチンッ!
謙一郎さんから、明らかに“何かが切れる音”が聞こえた。
──あっ、終わった。これは、もうダメだ。
謙一郎さんが…… あの謙一郎さんが……
──“Phase2”へと、移行する。
謙一郎さんは、すっと静かに立ち上がると、そのまま悪霊の軍勢の方へ歩いていった。
「おい、悪霊ども!!」
響き渡る叫びに、悪霊たちの一体。
りす型・火属性上級悪霊が、ぎょっとして振り返る。
「頼む……オレを……オレを──
痛めつけてくれえええええーー!!!」
謙一郎さんは両手両足を思い切り広げ、大の字になって仁王立ち。
どんな攻撃でも受け入れる覚悟を、体全体で表現していた。
『……はい?』
その姿を初めて目にした東京校の三人は、きょとんとした顔で硬直した。
──謙一郎さんは、いじられると人格が変わってしまう。
まず突入するのが ──Phase1:落込モード
このモードになると、謙一郎さんは体育座りで黙りこみ、ネガティブな言動が増す。
だがそこでさらにいじりが重なり、追い討ちをかけると、もう開き直って「自分をとことん痛めつけてくれ!」という方向に突き進む。
それがあの──Phase2:ドMモード
より多くの人から、より多くの人の目の前でいじられるほど、次のフェーズへ移行しやすくなる。
今回は、東京校の三人からの連続いじりにより、完全にPhase2へ突入してしまったのだ。
りす型・火属性上級悪霊が、びくびくと怯えたような素振りを見せながらも、その両頬に“火の円形型霊法陣”を展開。
次の瞬間——
“火の円形型霊法陣” が赤色に輝くと、両頬がぷくーっと、りすらしく丸く膨らみはじめ、
「ぷっ!ぷっ!」
くるみの形をした火の玉を、二連発で勢いよく吐き出した。
だが、謙一郎さんは、まったく避けようとしない。
ドカーーンッ!
直撃。派手に爆発が起き、火花と煙が炸裂する。
「ぐわあああああっ!!」
謙一郎さんはそのまま吹き飛ばされ、仰向けに地面へと転がった──が、
「き、き……気持ちいいいいいぃぃぃ♡」
とびきり幸せそうな笑顔で、にっこり。
もはや天にも昇る心地、と言わんばかりだった。
「悪霊から攻撃を受け、肉体的苦痛を味わうことで快感を得る
……そうか、あれが青春」
なぜか是隠さんが、真面目な顔でノートにメモを取っている。
「……あれは、“ドMクソ豚野郎”っていうんですよ、是隠先輩
きっしょい、きしょすぎる……うう、鳥肌が……」
萌華さんは、まるでゴミを見るかのような軽蔑の視線を送りながら、自分の両腕を寒そうにさすっていた。
「ほう、知識では知っていたが、実物を見るのは初めてだな
あれが“被虐性欲”、あるいは“被虐性愛”
いわゆる、“マゾヒズム”というやつか」
桜蘭々さんは、一切表情を崩さずに謙一郎さんを見つめていた。
「まさか祓い科の中に、“人型・ドM属性変態級悪霊”が紛れ込んでいたとは……
ご安心を桜蘭々様、すぐに祓っておきます
放置しては、桜蘭々様の目が汚れてしまいますので」
萌華さんが、毒の精霊短刀をすっと構える。
そして──
先ほどの爆発音に気づいた他の悪霊たちが、ぞろぞろと謙一郎さんの元へと向かっていったのだった。
※キャラクター紹介
プロフィール追加
名前:高橋 謙一郎
髪型:黒色・短髪
(真面目・努力家をイメージ)
服装:黒縁メガネ
上下制服
上衣:紺色ブレザー(ボタン3つ)
ブレザーの下にグレーのベスト着用
国立十文字学園の校章入りの紺色ネクタイ
下衣:紺色ズボン
靴:ブラウン(茶色)の革靴