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第13話

 ──ふう。

 机に置いたパソコンの向こうに映る上官の顔が消えた直後、疲れが重くのしかかる。黒條零は椅子に思いきり背中を預けた。


 大バサミのシーザー、裏社会の帝王レーツァン。相次ぐ異人(ゼノ)の襲撃。

 戦いで傷ついて監視対象の彼女に家まで送ってもらった後、今日のことを上官に報告した。だが、支援をよこしてくれるはずもなく、冷酷なまでに与えられた指示は引き続き、


『監視を続けろ』


 たとえ、それを阻む障害があのレーツァンだとしても守るために戦わなければならない。

 ダメもとで苦言を呈したが聞き入れてもらえない。この任務は監視対象にバレれば終わりなのだから。失敗すれば最後、ここまで積み上げてきた五年間の全てが無に帰す。


 彼が裏社会の帝王として名を馳せている所以(ゆえん)は、上官からこの任務を受けるよりも以前から強大な異人(ゼノ)として裏社会で恐れられ、その分、多くの者を敵に回しているからだ。だがその分、彼に与する者も多い。


 裏で策謀を巡らし、自ら手を汚さずに事を起こし、加害者も被害者も立場関係なく、全てを嘲笑う。破壊と殺戮、絶望を愉しむ神出鬼没の道化。

 いざ戦闘になれば、並大抵ではないその混沌のチカラで挑んだ者を圧倒する。彼を完全に消し去ることはもはや不可能に近いのかもしれない。

 現に戦おうとした矢先に奴の姿は目の前から消えた。そこにいるはずの彼が途端にどこにいるのかが分からなくなった。そして急に殴られた。あれも彼の言う、混沌(カオス)のチカラの一部なのだろうか。


 これからは──気が抜けない。

 監視対象である彼女を欲しがる者がおり、その相手がよりによって混沌を司りし裏社会の帝王。


 <部流是礼厨(ベルゼレイズ)>の前身ベルブブ教と円川組の抗争も、元々池袋に拠を構えていた後者が新興勢力を排除して自分達のナワバリを防衛する形で終わった。

 あれも円川を含めた元締めであるレーツァンがどこかで一枚噛んでいたのかもしれない。バラけた残党に都合よく接触し、手駒として利用していただけに。


 諒花を監視し、守ること。それをやり遂げ、自らを縛る鎖が外れたその先に一体、どんな真実があるのか。

 それは想像も出来ない。物心がつく前から、上官に拾われ、育てられた。本当の親が誰なのかも、自分の本当の名前が何なのかさえも。何も知らない。

 黒條零という名前も、自我が芽生えた時にそう呼ばれた名前。人間は必ず、親から生まれる。しかし、それが誰なのか。自分はどう生まれて、どこから来たのか。


 この任務を終えた時、この疑問と任務の鎖から解放される。上官が全てを教えてくれると約束してくれたから。


 監視と護衛に気を配る普段の日常の中には、この苦しみから少しだけ逃れることが出来る部分もある。監視対象の彼女も何も知らないが友達として見てくれる、クラス委員長の笹城歩美もだ。

 だが、この鎖が自分を縛りつけている。もしもこの鎖から解き放たれる時が来たら、その時は──自分はどうなってしまうのか。想像もつかない。

 

 そういえば、歩美にも仕方なかったとはいえ、偽りを貫いた挙げ句に誤魔化(ごまか)してしまった。本当は諒花の行動が正しいのに。同調したいと言うべきなのに、上官のせいで。


 上官から彼らのアジトを叩いていい許可が降りたのもその後の夜だった。

 任務のためならば親しい相手にも嘘もつく。演技だってする。不本意でも自分を偽らなければならない。

 時に罪悪感を覚えることもある──歩美のことだから仲直りしたことで水には流してくれるだろう。だが、それでも──

 罪悪感と自分の使命。それが時に板挟みとなって更なる苦痛を生む。脳裏に蘇ってくる。


 *


 諒花と喧嘩した日から二日後。

 その日のお昼休み、ちょっと来てと歩美に引っ張られて教室の外の廊下まで連れ出された。

 いつもは三人で昼食をとっているが、この日だけは会話も交わさずバラバラだった。二人で話したいからだろう。


 左側の窓から眩しく陽が差す。

「ねえ、諒ちゃんから聞いたよ。喧嘩してるんだってね」

 やっぱりだった。歩美は顔をしかめて追及した。

「話してくれたら相談に乗るよ。話してみて」

「うん……歩美だったら、いいか」


 歩美は小学校の頃からの友人。胸の内を素直に打ち明けられる存在であった。ただ一つ。自身が監視活動をしていることを除いて。


「私は諒花のことを思って反対した。でも諒花は行くって止まらなくて結果、あんな風になってしまった」

「やっぱりそうか」

「どういうこと?」

「零さんは常にわたしよりも諒ちゃんのことをよく考えてるなって」

 歩美は異人(ゼノ)ではない。戦いのことで諒花をサポートするのは自分の役目だ。

「諒ちゃんも零さんの思いに気づいてないんじゃないかな」

 歩美は諒花に非があると確信したかのように語気を強めた。


「そう。諒花は考えを曲げなかった──でも、私はどうしても首を縦に振れなかった」

「待って。それどういうこと? 首を縦に振れなかったってなに?」

 ──まずい。

 無意識につい余計な言葉が。相変わらずの上官の待った命令と自分の意志が矛盾しているゆえの無意識な不満ゆえか。それとも相手が歩美だからか。


「ごめん、歩美。なんでもない。諒花の考えも間違ってはいないってこと。でも振れなかった。それだけなの。ちょっと用事思い出したからまたね」

 慌てて弁明し、逃げるようにその場を立ち去った。たとえ歩美に不思議がられても。


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