第11話
『初月諒花を監視しろ。任務を果たせば最終的にお前の望みを叶えよう』
少女は十歳を迎える年から上官より与えられた任務を忠実に守ってきた。
監視しなければならない。し続けなくてはいけない──ゆえに、死なせるなど絶対にあってはいけない。それが黒條零の使命であった。
建物の影からそっと顔を出した。歩く度に長身から伸びる長く美しい黒髪を揺らす、監視対象である彼女の後ろ姿。
放課後。夕陽が落ち始め、人々が行き交う歓楽街を一人歩く彼女の後ろ姿を尾行した。人混み、いや街中に消えないように、気づかれないよう揺れる見慣れた長髪をそっと追いかける。
──好きにすればいい。
一昨日、喧嘩してそうは言ったが当然放置してはおけない。全ては上官のため、いや、自分の望みのために。
彼女がどこまで<部流是礼厨>の情報を掴んでいるかは分からない。だが、それを言い出す以前から特別に何か準備しているとはとても思えなかった。
用意周到に動くほど、彼女の頭の回転は早くない。
小学生の頃から学校の成績面はいつも体育だけは突出して優秀だったが、勉強の成績はあまり良くなく、特に算数と理科は壊滅的。
パソコン操作もマウスだけでキーボード操作があまり得意ではない。スマホも設定画面とかに点在するカタカナ語に弱く、よく訊いてきたりもする。
また、よく教科書を忘れたりもした。これは厳しく指導したお陰で無くなったが、学業よりも体を動かす方が得意であることも相まって、先に手が出てしまう。
監視任務は今年で五年目。これだけの時間を一緒に過ごすうち、彼女のことは隅々まで理解してしまった。いや、自分から理解したというのが正しいか。
最初はこの任務は監視する対象について深く知らなければ務まらないことを心がけていた。が、いつの間にか監視対象といる時間が有意義になった。上官の命令が基本最優先。監視対象として、今日も彼女を見続ける──
尾行して放課後の彼女の様子を見ているが、今のところ適当に散歩をしているのと殆ど変わらない。聞き込み的な情報収集はせず、ただ歩き回るだけ。
きっと彼ら──<部流是礼厨>を見つけて倒して聞き出すつもりなのだろう。その姿はまさしく獲物を探し求める狼。
『前にも言ったが、今はまだ奴らのアジトを探す時ではない。初月諒花にも勝手なマネはさせるな』
一昨日の夜、彼女の動向について上官に報告したが、指示は相変わらずだった。上官の意向に沿ってあの時は彼女の意見に適当な言葉で反対した。
苦しくても正解だった。欲しい望みのためならば。だが──本当は被害に遭った子どもと母親のために立ち上がるのが理想であり、彼女の言い分は間違っていない。それを胸を張って言えることは本当にしっかりしている。
彼女と自分は凄く対照的だ。監視対象の理解が進んだのも、自分には無いものを持っているからだろう。無意識に興味深いのだ。
上官は多くを語らない。監視対象である諒花を死なせないための一時的な措置なのだろう──とこの時は思っていた。
『状況が変わった。<部流是礼厨>のアジトを見つけたのなら、二人で潰して構わないぞ』
諒花と喧嘩した翌日。逆の指令が唐突に夜遅くに舞い込んできたのだ。
彼女がアジトを突き止めることに成功したのなら、その時は適当な理由をつけて合流し、一緒に戦えばいい。しかし、突然指示を変えてきた上官の態度がどうも腑に落ちなかった。
そもそも、<部流是礼厨>は普通のギャングではない。諒花と喧嘩するよりも前に上官から渡された資料で奴らの発生とこれまでの経緯を知った。
三ヶ月前の池袋。突如、謎の教団が頭角を現した。それが悪魔グラト・ヴェルゼバルを崇拝するカルト教団、その名もベルブブ教である。
作り話から生まれた架空の存在か、本当に悪魔が存在するものなのか。不明であるが教団にとってはそれは信仰する神に他ならない。
教団は池袋裏社会を中心に布教して信者を増やしていった。しかし、元々池袋に事務所を構えていた指定暴力団円川組との抗争に発展し、壊滅した。
そして、生き延びた残党のうち、ごく一部がやがて<部流是礼厨>を名乗り、強盗やスリ、万引きを平気で行うならず者集団としてこの渋谷に現れたわけだ。典型的な裏社会の抗争に敗れて落ちぶれた敗北者たちの集団。
奴らの溜まり場には大量の異能武器が見つかり、上官に報告した。背後にそれらを提供した協力者がいることは間違いない──
人混みの中、監視対象の放課後の尾行を続ける。彼女が次の曲がり角を右に行った。急いで後を追う。人気のない通路に入った時──
「……! あなたは……」
目の前に現れた人影によって、両手で道を遮られる。
緑色のシャツから上を見上げると赤いバンダナを巻いた男がその鋭い目をこちらに向けてくる。その顔は前に見た資料に載っていた、三か月前の池袋で円川組サイドとして教団と戦っていた異人のものと同じだった。
「バーッハハハハ! 見つけたぜ。まずはお前からだ。ちょっと来てもらおうか?」




